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勇者の扱いが雑なんだが。  作者: 二ツ木十八
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18話「海上の戦い」

 来る──! 人間のような上半身とイカのような下半身を持つ異形の魔物・コラーゲンは煩わしい量の髭に隠れていても分かる程に大きく口を膨らませている。

 奴の狙いは俺だろう──。魔物から目線を切らず、その挙動に集中しながらユーシャは大声で呼び掛けた。船員とエーダには自分から離れるように、そして兵士にはクロイエを守るように、と。

 コラーゲンは勇者に狙いを定め、神経を研ぎ澄ます。そして目一杯膨らませた口からビーム状に黒い墨を吐いて攻撃してきたのだ──!


「オエエエエエエエエ!!!」

「きったねえ声を出すんじゃねえ!!!」


 汚く響くえずきと共に吐き出された墨を、ユーシャは持ち前の強靭な足腰を以て俊敏に避け切った。後ろに下がっていた皆も血の気が引きながらもなんとか被害を被ることなく逃げおおせたようだ。

 船乗りが海に出れない間も丹念に綺麗にしていた甲板をはじめ、至る所が黒く染まってしまった。だが、それ以上に鼻を刺すようなツンとした臭いに皆は顔を歪める。


「ユーシャっ! 墨からしこたま吐いた時のゲロ酸っぱい臭いがする!」


 いち早くその臭いを言語化したのは、ユーシャに比較的近い位置にいたエーダだった。

 ゲロ酸っぱい──。可憐な女の子から出てくる言葉としてはニッチな層に受けそうな類のものだろう。だがしかし、不快感を漂わせるこの臭いの表現としては中々に的確だとユーシャもうなずく。

 限定的な足場と宙を浮く敵。許婚であるクロイエ同様に初めて船に乗ったユーシャは経験した事のない揺れに加え、鼻を刺す臭いに気分を悪くしていた。

 ──戦闘を長引かせるのは得策ではない──。意を決したユーシャは眼光鋭く魔物を睨み、そして叫んだ。


「おい! コラーゲンっつったか‼ ゲロ臭えからその墨吐くな!!!」

「臭いなどとは余計だろう‼ それに敵である貴様の戯言に誰が耳を貸すか!!!」


 コラーゲンは即座に撥ね付ける。

 一見失敗したかに思えたユーシャのいちゃもんだったが、魔物の顔が次第に曇っていくのが明らかに見て取れた。


「……。……そんなに、臭かったか?」

「傷ついとんのかい」


 荘厳に髭を生やし、見る者に圧を与えるような強面の顔を持つコラーゲンの精神は思いのほか脆弱だった。

 そんな魔物を見て、さらに畳みかける。はぁと息を吐き、自らの息の臭いを確かめているどこか乙女チックなおっさん面にユーシャはなおも強気に出た。


「確か俺の情報を提供すると報酬が貰えるんだったよな? だったら一旦退いて俺の情報を魔王に持っていけばいい! あんたはそれで報酬を貰うって事で手打ちとしよう!」

「それはこちらの話で貴様には関係ない」

「そこは冷静なのかよ」


 ユーシャの戦闘を回避するような提案も空振りに終わった。コラーゲンは心は傷ついても魔王に仇成す者の調子には決して呑まれない。自身は自由に動き回り、相手は地を、この場においては甲板の上しか行動が出来ない絶対的に有利な局面を手放す事はしなかった。

 今のユーシャの発言で船上のサンミアークの面々はにわかにざわついている。この国を苦しめる魔物を討つためにわざわざこの船に乗ったユーシャがその仇敵を逃がそうとしていたからだ。

 敵前逃亡に等しい我らが王女の許婚の愚行に、クロイエの護衛として同乗した兵士達は一体どういう了見かとユーシャに問い質した。

 兵士の怒号にユーシャは振り向き、言葉を返す。


 ──兵士さん──。


「桶か……何か袋、でも……用意してもらってもいいかな……?」

「船酔いしてしまわれたのですかユーシャ殿ーーー!!!」


 船旅の序盤こそ楽しさの方が勝っていたが、次第に強くなる波の揺れ、グロテスクな見た目の魔物のきったねえ墨とくっせえ臭い。そして自分の逐一出るツッコミ、もとい息を強く吐くような語調がもはやトドメとなって顔面蒼白のユーシャはギブアップ寸前だった。

 

 ここが好機と言わんばかりに、最悪甲板の上で吐いても構わないかと船乗りにジェスチャーで確認しているユーシャを倒さんと、頭上に浮いている魔物・コラーゲンは口を大きく膨らませて第二撃目を繰り出す。船酔いでふらつくユーシャ目掛けて黒い墨が汚いえずきと共に勢い良く飛び出した。


 ──危ないっ──! 危機を察したエーダが駆け出す勢いのままにユーシャを突き飛ばし、その場から押し退けた。

 間一髪直撃を回避するもエーダのなびいた衣服までは避け切る事が出来ず、長年愛用してきた母がくれたローブはゲロ酸っぱい墨まみれになってしまった。

 だがエーダは、気に留める事もなくユーシャのもとに駆け寄る。彼女の表情は悲観など微塵も感じさせていない。……いや、むしろその表情は輝いてさえいた。


「ねえユーシャっ! 服が汚れちゃった! 汚いし臭いしっ、これもう脱ぐしかないよねっ⁉」

「嬉しそうにすんじゃねえ‼ 何だお前これを狙っていたのか⁉ まさか計画通りか⁉」


 突き飛ばされたユーシャの顔には血の気と元気が戻っていた。

 先程までと打って変わった様子に思わずきょとんとするエーダの目には、ユーシャの口元からきらりと光るものが映っていた。それだけではない。魔物の汚い墨の臭いに隠れてはいるが、ユーシャの口からもほのかに酸味のある臭いがエーダには感じ取れた。よく見れば目が充血し、少しだけ涙ぐんでいる。

 ……。何の事はない。コラーゲンの口から飛び出した墨を避けるために突き飛ばされ、船側に打ち付けられた拍子にユーシャの口からもなにがしかが飛び出したのだ。結果としてユーシャは身も心もスッキリした。目に光が戻り、意識は完全に魔物を倒す事へと転じていた。


「こんな臭い耐えられないから脱ぐわよ⁉ これはもう止むを得ないわよねユーシャ! 皆さんも見ないで! 絶対に見ちゃダメだから!」

「フリにしかなってねえよ‼ 船員さん‼ この船にシャワー室あったらこの子案内してあげて‼」


 間髪を入れず、再び攻撃態勢に入るコラーゲンだったが、今のユーシャは見逃さない。口を大きく膨らませて墨を吐き出すよりも前に一足飛びで距離を詰め、ユーシャは渾身の飛び蹴りを繰り出す。しかし魔物は即座に宙へと飛び上がりユーシャの攻撃を何とか回避した。

 

 ──これが、勇者の実力か──。

 

 勇者の身体能力を目の当たりにしたコラーゲンは、冷や汗混じりに愕然としていた。

 接近戦を仕掛ければあの蹴りが来る。かといって遠距離からの墨攻撃も俊敏な動きで避けられてしまうだろう──。魔物は勇者のたった一回の攻撃で手詰まりになってしまったのだった。

 一方のユーシャも光明を見出せずにいた。宙を移動する相手にどうやって攻撃を当てるかに焦点を当てているが、肝心の答えが出てこない。

 場が膠着する中、サンミアークの王女クロイエは魔物の動きに着目していた。


「ねえ、あなた」

「……あのさ、こそばゆい呼び方やめない?」

「おい、そこの男」

「だからと言って急に雑になるんじゃねえ」

「あのイカゲソ、揺れ方が規則的ね」


 ……。魔物の呼び方はともかくとして、ユーシャはクロイエの言葉を受け、コラーゲンに目を向けてみた。

 言われてみると、確かに僅かながら左右に揺れている。その様はどこか振り子のようにも見えた。──ん、振り子──? 目線を魔物のさらに上へと向けると、そこには二匹の鳥の魔物がコラーゲンの真上で均等に並んで飛んでいた。まさかと思い、再び視線を落として魔物の肩辺りを注意深く見てみれば、光に反射された糸状のものが見えた。何とその糸は頭上の魔物と繋がっていたのだった。

 ユーシャは魔物が宙に浮いているカラクリを理解した。おっさんとイカの特徴を併せ持つ魔物・コラーゲンは自由に海を歩き、自在に宙を飛んでいたのではなかった。鳥型の下位の魔物に吊り下げさせて移動していただけだったのだ──。


「イリュージョニストかあいつは」


 自由自在に飛べるわけじゃないなら──。すぐに何かを思いついたユーシャは船員と兵士、そして船室で全裸になっていたエーダを呼び寄せ作戦会議を開く。あとは確信めいたアイデアを煮詰めていくのみである──。

 



 空中にて勇者をどう倒そうかと思案に耽っていたコラーゲンは、いつの間にか船が向きを変えていることに気付く。

 

「勇者め! 逃げる気……いや、違う──!」


 すぐさま船を追いかけたコラーゲンは、帆柱の裏にユーシャが隠れているのを見つけた瞬間にこれは罠だと察した。

 逃げたと見せかけ、追いかけている所を隠れていた勇者が隙を突いて攻撃してくる作戦に違いない。

 ならば勇者が他の者と離れている現状を逆手にとって誰か人質に取ってやるまでだと、コラーゲンは船首の方へと飛び上がった。

 甲板にいた墨で汚れたローブを着た女を視界に捉えたその時である──。帆船の死角に隠れていた船乗りの投げた縄が自身の体に巻き付いた。人質を捕らえるはずが逆に捕えられた格好となってしまったのである。

 慌てて頭上を飛ぶ魔物に引き上げてもらおうとするも、時すでに遅し。エーダによって吊り下げていた糸を切られてしまっていた。

 無論、捕えただけで終わるはずもなく、狼狽する魔物を作戦通りに海に突き落とさんとユーシャが甲板に現れた。


「おっ、落とすなよ⁉ 落とすなよ⁉ 落とすなよ⁉」

「フリにしかなってねえよ‼」


 魔物はユーシャに蹴られて勢いよく海に落ちた。決して沈むまいと必死でもがくコラーゲンは泳げない者を海に突き落とすとは鬼畜の所業だと自分を見下ろす人間達を罵倒しはじめた。

 下位の鳥の魔物に吊り下げさせていた理由はそれかい──。得心が行き、色々スッキリしたユーシャは操舵手に指示を出し、船は魔物を目掛けて進む。そしてユーシャは思いの丈を口にした。


「だったら海に出てくんなよ!!!」

「馬鹿者! 海の生き物の特徴を持った奴が陸にいたら何か変だろうが‼」 


 心は繊細で、上はおっさん、下はイカゲソの魔物・コラーゲンは数々の船を自分の手で沈めたこの海で船に轢かれ、散ったのだった──。

 


「サンミアークの過去」につづく。

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