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勇者の扱いが雑なんだが。  作者: 二ツ木十八
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14話「山中の攻防」

 ──旅人よ、そなたが勇者か──?


 魔物の中でも上位に位置する鳥型の魔物・シンシーは眼前の少年に訊ねた。この魔物は魔王に刃を向ける存在──勇者──を即座に討ち取るのが最善としている。

 相手は情報が降りてきていない、連携不足などの不満で怒りに満ちていて相見えるには危険にも感じるが、この魔物は情報に重点を置いている。ここで見逃せば瞬く間に勇者が旅に出たという情報が広まるだろう。

 

 こちらが取る一手は一つ──。

 

「……いえ、違います。僕達は生き別れの両親を探して旅をしている所です」


 堂々と嘘をついた。今、少年は耐えがたい程の空腹に襲われていた。今後の旅の危険より目の前の空腹の解消を優先させようとしたのである。

 魔物は二人を凝視している。ユーシャに緊張が走る。そして──。


「何とそういう事だったか。では君達に用はない。さらばだ」


 少年の虚言を鵜呑みにして魔物は飛び去った。勇者さえ討ち果たせば良し。それ以外はどうでもいい──と。

 

「ねっ、ねえユーシャっ。あんな嘘ついちゃっていいの⁉」

「いいんです! もうすぐ麓だし早く町に行こう。ダメだ、腹減って集中できねえ」

「そんな理由で⁉」

「今の状態じゃあ勝てないかもしれないしな」


 取って付けたような理由だった。そして情けないくらいお腹が鳴っていた。腹の音聞こえてないよな──? 少年がそんな事を考えていると遠くから羽音が聞こえた気がした。いや、気のせいではない。徐々に大きくなるその羽音が何に因るものか分かった時には、それはユーシャ達の目の前に現れていた。


「って、嘘かーい!!!」


 鳥型の魔物・シンシーはツッコミとともにこの場に舞い戻ってきた。遠くからでもしっかりと二人の会話が聞こえていたのだ。しかもユーシャという呼び名で魔物は少年を勇者だと認識したようだ。勇者っぽいという理由でつけられた名が完全に裏目となっていた。


「ツッコミながら戻って来るとはノリがいいな」

「鳥だけに?」

「何も掛かってねえだろ!」


 魔物は少年を舐るように見ている。そして得心行ったかのように頷いた。


「そうか、君が勇者だったのか。成程、確かに勇者っぽい顔をしている」

「どんな顔だ!」


 この魔物といい、父といい、何で勇者の顔のイメージが一致してんだ──。そんな風に訝しそうにしているユーシャの顔をエーダもじっくりと眺めていた。


「た……確かに勇者っぽい顔をしているかも……!」

「エーダ! 周りに流されないで‼ 自分をしっかり持って‼」


 この魔物にとってユーシャとここで遭遇したのは僥倖だっただろう。魔王様への最上の土産が向こうからやってきたのだから。

 さて、どうしてくれようか──。シンシーは鋭い眼光を目の前の二人に向けていた。さながら獲物を狙う鷹のように。


「そちらの噛み応えがありそうな可憐なお嬢さんは裸にひん剥いて魔王様に捧げるとしようか」

「え……は、裸……っ⁉」


 魔物のおぞましい口振りに、エーダは動揺を隠せずにいる。

 ……だがそれ以上に目が輝いていた。


「えっ、えっ、ユ、ユーシャっ。私どうしよう」

「裸ってワードに反応するんじゃない! 何心ときめいてんだ‼」

「そっ、そんなんじゃないわよ! ただ何か、ギャランドゥ象さんとか言われて驚いちゃったっていうかっ」

「どこからそんな言葉出てきたの⁉ もしかして『可憐なお嬢さん』の部分か⁉ ほらもう記憶が適当になるくらい心奪われてんじゃん!!!」

「さて、勇者の方はどうしてくれようか」

「あ、まだ話続いてたのかよ!!!」


 たとえ眼前の獲物が自分を除け者にして騒いでいようと、上位の魔物・シンシーの精神はまるで揺らがなかった。

 

「勇者を殺した証拠として死体を魔王様の御前にお持ちする必要は……ある、な。では原型を留めておくとして……ふむ、適当に裂いて……まぁ何かアレするか」

「何で所々雑だ。もうちょっと細部詰めろよ」

「誰かにくれてやった所で、好きで喰らう奴はいないだろう。男の肉は総じて旨味がないからな。と、すると……そう、だな……。……そうだな、クク! 勇者の方は串刺しにして田んぼにでもおっ立ててやろう‼」

「俺の死体をカラス除けに使うんじゃねえ!!!」


 何が悲しくて死後まで雑に扱われなければならないのか。まずは死なないよう努めるべきだが、違う意味での悲惨な末路に思わずツッコまずにはいられないユーシャだった。

 

 シンシーの眼光が一層鋭くなる。表情に乏しい面持ちではある魔物だが、それでも口角を上げ、笑みを浮かべているように見えた。そしてすぐに険しくなる。獲物を狩る時の不敵さと、自ら油断を戒める老練さをシンシーは持っていた。


「敵である人間とはいえ若者の未来を奪うのには心が痛むが、まぁアレだ。怨むなら自分の運命を──」

「ちょ、ちょっと待った!」


 相手の呼吸を乱すかのようにユーシャは遮った。しかし魔物はなおも話を続ける。口上が忠告に変わっただけの事である。


「……断っておくが、私は会話でどうにかなるような相手ではないぞ」

「いやー、ちょっと気になった事があって……あんた、話を聞くに今回も前回も魔王に会ってないって事だよな」

「それがどうかしたかな? それとも、私が魔王軍にハブられている哀れな」

「そこまで言ってねえよ」


 ……どこかしら自覚でもありそうな口振りなのは気のせいではないだろう。

 しかしシンシーは、ユーシャの真意を測りかねてるようだが焦りはなかった。むしろ今際の際の言葉として魔王様への献杯にでもしてやろうかと考える程度の余裕を持ってユーシャの言葉に耳を傾けていた。


「あのさー、まずは復活を祝すとかそういう意味を込めて一回挨拶した方がいいんじゃないかな? 何十年も会ってないなら、魔王の方も何かしら様子が変わってるかもしれないし、ほら、報告した相手がもし魔王じゃなかったら手柄横取りされちゃうかもしれないじゃん。それに俺ら人間の移動速度なんてたかが知れてるし、もう居場所は把握できたようなもんでさ。一旦挨拶に伺った方がいいんじゃないかな?」


 どうみても苦し紛れな提案だったが、少しでも時間を稼ごうとユーシャは必死に頭を働かせていた。

 

 ──腹減った……! 肉が食べたい! 早くどっか行けよ──!


 ……。……今にも殺されかねないような状況で食べ物の事を考えられるのは究極の暢気か、それとも──。


「ふむ。確かに一理ある! では、ご挨拶に魔王様の御前に参るとしよう。勇者よ、助言感謝する!」


 こうして鳥型の魔物・シンシーはこの場を飛び去ったのだった。そして、ブーメランのような軌道を描いて即座に戻ってきた。……ツッコミとともに。


「って、なるかーい!!!」

「やっぱりノリいいなこいつ」

「鳥だけに?」

「何も掛かってねえだろ!」


「さすがだ少年。一度ならず二度までも私を虚仮にしてくれるとは……さすが勇者っぽい顔をしているだけはある」

「顔関係あんの⁉」

「丁重にその礼をくれてやろう。まずはその喉元を…………喉元をこう……やってやる‼」

「あとちょっとなんだからボキャブラリーから何か引き出せよ‼」


 ユーシャがツッコんだのも束の間、シンシーは急降下してユーシャに突っ込んできた。


 ──正に一瞬の出来事である。信じられない速度で攻撃を仕掛けてきた魔物を間一髪で何とか避けたユーシャだったが、衣服が大きく裂けていた。

 なぜ避けれたのか、どうやって避けたのかもわからない程がむしゃらだった少年は再び空を舞っている魔物を呆然と見つめていた。


「ひええ、ど、どうすりゃいいんだ……。空飛んでるんじゃどうにも」

「ユーシャユーシャっ、多分何とかなるかも!」

「へっ? え⁉ マジで⁉」

「うん! でもトドメはユーシャに任せてもいい?」

「いやっ、それはいいけど」 


 間髪を入れず、エーダは魔物を挑発した。


「ねえー! まっ、まずは私を裸にひん剥いてみなさいよ!」

「エーダさーーーん⁉」


「フフ、ハッハッハ! その意気や良し! ではお嬢さん、君からどうにかしてやる‼」


 低い語彙力がどうにもならない魔物・シンシーは再び攻撃態勢に入る。

 しかしこの期に及んでまだ裸を見られる事に執念を燃やしているのかと呆れたユーシャだったが、エーダの変化に気づく。よく見るとエーダは着用しているローブの袖に腕を通していない。

 何かを企む彼女に向かってシンシーは急降下し襲い掛かった。しかしなんとエーダは魔物の攻撃を見切っていた。驚異的な動体視力をして紙一重で避けたその瞬間である──。羽織っていただけのローブがふわりと舞い、猛スピードで突っ込んできた魔物の頭部に絡みついた。

 視界を奪われたシンシーは思わず羽ばたくのを止めてしまった。羽ばたかなければ空を飛ぶための揚力は生まれない。もがくシンシーはそのまま落下して地に伏したのだった。

 前が見えずとも一旦空に逃げればいいものを、魔物は混乱していたがために絡まったローブを取るのを優先させてしまった。そして視界が開けた頃には、眼前までユーシャが迫っていた。


 ──ナイス、エーダ──! ユーシャは右足を振り抜いて文字通り一蹴した。ユーシャの強烈な蹴りでシンシーは断末魔を上げる間も無く遥か彼方まで飛んでいったのだった。





 戦闘後、更に歩く事数刻、ようやく山麓が見えてきた。鳥型の上位魔物・シンシーを退けたユーシャとエーダは他の大陸に渡るため、港町・コーロを目指す──。




「それにしてもあんな方法をよく咄嗟に思いついたよなあ」

「うーん。お父さんと旅した時に鳥の動きをよく見てたからかなあ」 

「へえー、観察でもしてたの?」

「ふふ、笑っちゃう話なんだけどね?」 


 大きな鳥の縄張りに入った時に群れで襲われちゃって、あの手この手で知恵を振り絞りながら死ぬ気で振り切った事があったのよ──。


 …………。


「……笑う要素、どこ?」


 女の子のかつてのスペクタクルな冒険に、少年はドン引きしていた。

「山を越えて」につづく。

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