13話「ベリロングの魔物」
ベリロング山脈の一山の中腹にあるオカノウエーとサンミアークの国境関所を出たユーシャとエーダは港町・コーロに向けて、今度は山を下っていた。サンミアーク側の山道を少し進み、山頂への道に出たらあとはその道を逆にひたすら下に進んでいくのみである。
二人は道中周囲に警戒を払っていた。──上位の魔物──。何気なく付け加えたであろう兵士のその言葉が気になっていた。上位とは? という事は下位もあるのか。その境目は、その差は一体何なのだろう──。
「上位って、どういう事なんだろうな」
「そうねえ。魔物の種族の中のボスって事とか?」
「あー、そうか。そうかもしれねえなー」
「兵士さんに聞けばよかったわねえ」
……! しまった。盲点だった。確かにその場で聞けばすぐに解決した事だったのだ。
ユーシャはあの時ツッコミを入れた事で一仕事終えた気になってしまい、足早に関所を離れてしまっていた。
どうする? 戻るか? 道中であれこれ逡巡するよりその方がいくらか建設的だ。だが、颯爽とその場を去ったのに、また戻ってきたって恥ずかしくはないか──?
「エーダ、戻って話を聞こう」
しかしユーシャは恥など知ったこっちゃない。
「ええー? また山を登るのー? 体力消耗したところに魔物と対峙したらそれこそ不利にならない?」
「……ん、それも……そうだな! このまま進むか」
……。風見鶏のようにクルクル回るユーシャとエーダはさらに歩を進め、山道を下って行った。
「おっ、すげー。滝がある」
しばらく下っていくと、遠く離れたところで勢いよく水が流れ落ちているのが見えた。
関所を出てしばらく経つが登りと同様に、いや登り以上に道は遠く、その中で違う景色が見えるのは緩んだ意識に喝が入るようだった。とりわけ国を出ての活動がほとんどないユーシャにとっては初めて生で見る滝に気持ちが弾むのだろう。
「なあエーダ。ちょっと近くで見ていかない?」
「それは危ないわよ。人が作った道から外れた途端に直角に近い傾斜だったって事もよくあるし、繁った緑がブラインドになって見えない危険が沢山あるんだから」
何より元のルートに戻れなくなったら最後だと、山は本来人がいつくような場所じゃないんだからと冷静に諭されるユーシャだった。しかしごもっともであると何も言い返さず、野外生活においては一日の長があるエーダの言葉に素直に耳を傾けた。
さらに進むと、不格好な橋が架かっていた。その下には川が流れている。先程見た瀑布から続くものだろう。橋を渡り、せせらぎを聞きながらエーダは昔を懐かしんでいた。
「どこへ行くにもやっぱり川ってあるものなのよねえ。お父さんと色んな所を旅したけどよく川に入って遊んでいたわ」
楽しそうに話すエーダを羨ましながら見ていたユーシャもまた、楽しそうに聞き入っていた。
「お父さん……すっごく楽しそうに泳いでたなあー……全裸で」
…………。果たして露出癖というのは遺伝するのだろうか? エーダと父のこのエピソードを聞くと否定の方が難しそうだ。
今まで度々エーダの話に登場していた父だったが、今は何しているのだろうかとふと気になった。
エーダが一人で旅をしている所を見ると今は落ち着いてどこかに根を生やしているのだろうか? 少し突っ込んだ話をすると、エーダは何だか寂しそうに口を開いた。
「……。お父さんは、ちょっと遠いところに行っちゃってて……」
「あ……ご、ごめん……」
エーダの言葉の先を察して、何の気なしにデリカシーのない事を聞いてしまったと後悔し、即座に頭を下げた。
「『人類未踏の地に行ってくる』って」
「親父さんバイタリティとんでもねえな!!!」
──遠くに──その言葉を察して思わず亡くなってしまったと早とちりしたが、人類未踏の地と言うのなら確かに途方もなく遠いだろう。
いや──。そんな危険な所に行ったのなら命を落としていてもおかしくはないんじゃないだろうか──? しかし、それを聞くのはさっき迂闊な発言をしたばかりで憚られた。しかし──。
「え? 生きてるわよ? イカダで海を渡ってた時に泳いでるお父さんとすれ違ったもの」
生きていた。しかも大海をその身一つで泳いでいた。ユーシャの何か聞きたそうな顔を見て察したエーダが話を続けたのだった。
何だろう、お父さんの生命力がもはや人類未踏の域に達している気がする。残機が百くらいあるのではないだろうか? どれだけチートだ。
「『北極の澄み切った空気の中でスッポンポンは気持ちよかったぞー!』だって。ふふ、馬鹿ねえ。風邪引いちゃうかもしれないじゃない」
「今確信した。お前の露出癖は遺伝だ。北極で全裸って風邪どころじゃねえよ魂がすっぽ抜けるわ」
──そこを道行く旅人よ──。
二人が他愛もない話に興じていたその時、背後から何者かの声がした。
振り向くとそこには翼を生やした異形の者が佇んでいた──。
「ま、魔物がしゃべってる……!」
「いや、しゃべる奴はあの洞窟にもいただろ。魔物……なんだろうけど、何だろう、襲ってくるようには見えないな」
キセキの洞窟に棲みついていた魔物も大人しく害を加えてくる素振りは見られなかった。人語を話す魔物は皆大人しくなるのだろうか。どこか知性があるようにも見える。
──知性──? まさか──。
「上位と下位の差って、もしかして人の言葉を話すとかそんなんじゃないだろうな……」
「あっ、成程。……え、じゃああいつ強いって事……?」
「かもしれない。エーダ、逃げるにしろ戦うにしろ、どっちにしても動けるように準備しといて」
「う、うん……わかった」
ユーシャの考察は当たっていた。下位の魔物は獣同様に人語を話す事はないのだが、魔物はレベルが上がっていくと進化し言葉を操るほどの知性が備わってくるのだ。もちろん進化とは知性だけに止まらない──。
眼前にいる鳥型の魔物・シンシーはいわゆる「上位」に位置する魔物である。
──旅人よ、聞きたい事がある。
「魔王様が復活したというのは本当か?」
「…………はい?」
魔物から予想外の言葉が飛び出した。
どういう事だ? 何でそんな事を俺達に聞くのか? 本当に目の前の魔物は魔王が復活した事を知らないのであろうか──。そもそもユーシャはユーシャで魔王や魔物がどう活動しているかなんて一切知らず、個々に繋がりがあるかどうかもわからない。あまりにも意表を突かれた質問に二人は声を出せずにいた。
「先日、ここを通っていった人間がどうしても伝えなければと山を越えていったのだが、そのような事を口にしていたのだ。どうだ? お前達は何か伝え聞いてはいないか?」
──! オカノウエー王国にやってきたあの友好国の兵士か──!
そうだ、あの兵士は違う大陸にある国からやってきた。この大陸の、オカノウエー王国に来るには必ずサンミアーク領の港町を経由しなければならない。そしてこの山を越えてオカノウエーに魔王復活の報せを届けに来たのだ。
──さて、どうするか。しらばっくれてしまおうか──。だがしかしこの魔物の出方がわからない現状で嘘をついてそれがバレた時、怒り狂って襲い掛かってくるのだけは避けたい。
ここは俺が何とかする──そうエーダに目配せをして、ユーシャは魔王が復活したという噂を町で耳にしたと、あえて当事者ではない風を装って魔物に答えた。
──そう、か。
「あああああああああ何だよもう!!! またかよ!!! まぁた何も聞いてねえよふざけんなって!!! この前も魔王様が倒されたって情報をして復活の話を伝え聞いたしよぉおーーーー!!! そんなに世界征服したけりゃ一致団結しなきゃダメなんだって!!! だったら情報の共有は当たり前の話だろうがよ!!! 上意下達はどうした上意下達はぁあー!!!」
……。……魔物・シンシーは怒り狂っていた。情報の共有、軍の統率が出来てない事に。
内容を聞くに前回魔王が復活した際も全くもって知らされず、先代勇者が討伐を果たしたという報せを聞いて、復活していた事を知ったらしい。
……その点人間はすげえよなあ。しっかり伝達が出来ているんだもの。
焦っている人を目の当たりにすると却って冷静になるように、怒り狂っている魔物を見て人間の連携の妙をユーシャは暢気な顔で感じ入っていた。
「はぁ、はぁ……済まない、取り乱した……鳥だけに」
「……ダジャレを言える程度の落ち着きを取り戻したようで何よりです。鳥だけに」
ユーシャはスマートに返す。──ならば。とシンシーは話を続けた。
「あの人間が誰かに伝えに行ったのなら当然その先の展開として、勇者も行動を始めるはずだ。勇者に成長する時間を与えて脅威が大きくなる前にその芽を摘む。それが最善。勇者の屍を手土産に魔王様の御前に馳せ参じ、進言するとしよう。『情報は迅速に正確に配下に伝えて頂きたい』となあ!!!」
もはや怒りのベクトルがどこに向かっているのかわからない。だが、怒り狂う鳥型の上位魔物・シンシーの姿勢は判然とした。勇者を命を絶やさんとする魔物はなおもユーシャに語り掛ける。情報に感謝する人間。そして聞く事が増えた、と。
──そなたは何故ここを通っている? そなたが勇者か──?
この魔物は殺意を伴った魔手を自分に確実に向けている。
ユーシャは顔を一層強張らせた──。
「山中の攻防」につづく。




