12話「サンミアーク国領」
「山って言うからどれだけ厳しいかと思ったけど、しっかり道は整備されてるのねえ」
「あぁ。まあそれでも山道だからしんどい道のりだよなあ」
ショークニーより南、オカノウエーとサンミアークを分断するベリロング山脈の一山の急勾配をユーシャと彼の旅の仲間に加わったエーダは進んでいた。サンミアーク領内の港町から違う大陸に渡るためだ。
ユーシャの出身国であるオカノウエーと隣国のサンミアークとの国境は山の中腹にあり、ひとまずとして国境に設置してある関所を目指す事にしていた。
山道を登り始めて既に一時間は経過しているが、関所までの道はまだまだ長い。
「ふぅっ。やっぱり動いていると暑くなってきちゃうわねえ」
「……脱ぐなよ」
「ぬっ脱がないわよ! 何よもう! 私に変なイメージつけるのやめてよっ!」
「既にもうついてんだよ」
──隙あらば脱ぐ。最初の出会いのインパクトが強すぎてエーダにはその印象が真っ先に来ていた。
そして、先刻のリリーとのやりとりで感じたのが、おそらく彼女は押しに弱い。守るという意味の中にコンプライアンスや貞操観念など余計なものまでひっついていてユーシャは気が滅入りそうだった。
そんなユーシャの顔にも、暑さと相まって相当量の汗が滲んでいた。
「……ユーシャ。衣服が邪魔ってくらいに暑くない? 『こんな暑さじゃ脱いでも仕方ないよな☆』って言っても私は構わないわよ」
「言質を取ろうとすんじゃねえ‼ あと記号を付けて俺のキャラクターに味付けをするな‼」
すべては「脱ぐ」になる。彼女のその精神はどんな思想よりも危険に感じた。
「ねえユーシャーアー」
「なーあーにーいー」
山の中腹まであと少し。二人とも体力は申し分ないのだが、急勾配をただ歩くという単調な行程に飽きてきたのか、話し方までだれてきた。
話題に上がったのは、容姿端麗な酒場の女主人・リリーの事だった。
去り際に彼女はユーシャが驚くような事を口にしていたのだ。
「私も旅に出ようかしら」
「え? 何で⁉ 酒場の仕事はどうすんの?」
「酒場も大切だけれど、それよりも私の周りには誰もいなくなってしまったから……」
「それは自業自得だろ」
酒場を営んでいるリリーは他にも旅の同行者の斡旋業を兼ねていた。登録していた女性のメンバーが何人かいたのだが、魔王復活に際して彼女らが登録を解除してしまうのではないかと危惧したリリーはあろう事か媚薬を盛って襲い掛かろうとしたのだ。同性であっても決してやってはいけない愚かな行為をである。──ちなみに男は一人もいない。野郎はどうでもいいらしい。
結果として、直感が働いたメンバーは全員リリーという檻から抜け出したのだった。
「斡旋業は廃業するの? 俺にメンバーが集まるよう宣伝してくれっていうのは?」
「もちろん仕事は続けるわ。ただ勧誘する側に回ろうかなって。以前に冗談半分で一階のマスターとそんな話をした時に、こっちの事は任せておきなよって言ってくれたから、もし旅立っても当てはあるの」
「はあ……。でも、当てにするのはどうだろう。以前っていうなら今は──」
──今も昔も変わらんよ。こういう性分だからな──。そう言って一階の酒場を経営しているマスターが話に割り込んできた。それに斡旋業は元は私が始めた事だとも付け加えた。
今のような形になったのはリリーが当てもなくこの町にやってきて、マスターが彼女の世話を焼いてからである。それまではマスターが斡旋業を営んでいた。かつて数々の腕利きな職人がいたこの町では、他の町からの要望に応え職人を派遣していた。その際に道中の危険から職人を守るために用心棒を同行させたというのが斡旋業の起源である。
「お世話になってばかりではいられないから、二階部分を間借りして斡旋業を引き継ぎ、真似事みたいに酒場もやっていたのよ。結果、今回のようにめちゃくちゃにしてしまったわけね」
「それを自分で言うか。あんたのメンタルどうなってんだ」
「はっはっは。任せると言ったのは他ならぬ私自身さ。責めるつもりもない。まぁ失敗から何か学んでくれればいいよ」
白髪混じりの酸いも甘いも味わってきたマスターは寛大な心の持ち主だった。しかも奉仕の精神も併せ持つ。
酒場のマスターは宿屋の息子として生まれた。父である主人が先立ち、その後切り盛りしていた女将が店を畳む決断をするその時まで幼い頃から何十年も親とともに人に奉仕する立場にいた。だからかなと、マスターは呟く。
「クセになってんだ。自分殺して世話焼くの」
「どこかで聞いた言い回しだな」
だからリリーちゃん。したいようにすればいい。若いうちは好きに動いてみればいいよ──。マスターは優しく若者の背中を押した。
成程、斡旋業もかつてマスターが営んでいたというなら任せるというのはむしろ選択肢の中で一番いいのかもしれない。職権乱用、性欲全開の彼女よりよっぽど健全な経営になるだろう。
だが、旅はもう少し先の話とリリーはそう言った。旅立つユーシャとエーダを見て口をつい衝いたものの、まだここでやらなければいけない事がある。「次」は今をしっかり学んだあとで──。それが、衝動的にやらかした彼女の学んだ事だろう。
「欲求不満に耐えられなくなったら町を出るわ」
「言動を改める事をまず学ぶべきだな‼ 全部台無しじゃねえか!!!」
マスターはユーシャにも声を掛ける。
「少年。君は頼る事を覚えなさい。不安は分かち合う。未熟さを補い合う。一人で何でもしようとするのは傲慢だよ」
「は、はぁ……どうも」
マスターからのありがたい助言を頂戴した後、別れを口実にエーダにキスを迫った欲求不満の女から逃げ出したユーシャ達は、ようやく山の中腹にある関所に辿り着いた──。
「よっし、やっと関所だなぁ。エーダ、ここ休憩所あるからちょっとここで休んでいこうか?」
「あれ? ユーシャここに来た事あるの?」
「あぁ。っていっても馬車に乗ってなんだけどさ。サンミアークとの交友で何回かここを通った事あるんだ」
ずっと山道を歩いてきてさぞ疲れただろうとエーダを慮ったユーシャだったが、何だか彼女の表情が芳しくない。疲れたのならなおの事休もうかと言ったが、関所にいる兵士を見て不安に駆られているようだった。
関所と言っても今や形骸化していて、指名手配でもされていなければ余程の事でもない限りは、止められるという事もないのだが……。父と色々な所を旅して来た際に何か嫌な思いでもしたのだろうか、彼女はこの先を進もうとするのをためらっていた。
すると重い口を開き話し始める。世界中をその身一つで旅をした父の教えを──。
「関所の人間に自分達の存在が知られると食べられちゃうから絶対にバレちゃダメだよって」
「アンタら親子密入国の常習犯⁉」
入国云々でそんな考え方をした事などなかった。この親子はどれだけ危ない橋を渡ってきたのだろうか。育った環境が違うとこうも常識や考え方、物の見方が違くなるものか。エーダは関所を通るのに気が引けているようだが、天険の地で開拓されたルートを避けて行くのも危険極まりない。無駄にリスクを負うなど以ての外である。
──こうなったら──。
「エーダ、俺がいる。全部俺に任せろ。黙って俺についてこい」
「あ……う、うん。……わかった」
……。……なんかエーダの将来が不安になってきたな。君が必要なんだと言われたらどんなダメな男にも付いていきそうだ。この旅では変な壺を買わされないように目を光らせておこう。
「おや。あなたはオカノウエー国のユーシャ殿! どうもお久し振りです‼」
「あ、どうも。えっとさ。ここ通っていいかな?」
「魔王討伐の話は伺っております。どうぞお通りください! 旅の無事をお祈りしております」
「ありがとう。ところでさ、ウチの兵士はいないみたいだけどどうしたの?」
「あぁ。なにやら休暇を取りたいと。まぁいいんじゃないでしょうか」
「軽いな‼」
……。それだけ平和なんだなという事にしておこう。
それよりもサンミアークの兵士はユーシャの後ろをぴったりくっついて通ろうとするフードを被った女を気にしていた。その様子は誰もが納得の不審者である。
どこまでもめんどくせえな──。ユーシャは心底そう思ったが、旅の仲間だというと兵士はあっさり納得してくれた。つくづく日頃の他国との交友は重要なのだと思い知った次第である。
「ユーシャ殿。その年頃では無理もありませんが、あまり羽目を外しませんよう。ちなみにこれは何のプレイで」
「そんなんじゃないわ‼」
それと──。この山には近頃上位の魔物が出没するようになったようです。どうかお気を付けて──。兵士はそう付け加えてユーシャと不審者を見送った。
……。
「俺が羽目を外す心配より、そっちの方が先じゃない?」
「ベリロングの魔物」につづく。




