10話「キセキ」
「おや、無事に帰ってきたようだね。キセキの洞窟から」
息を切らしながら全力で戻ってきたユーシャとエーダを見るなり、倒置法の癖が抜けない老婆はそう口にした。
──やった! 自分達の姿が認識されている──! 無事、目標が達成できた事を喜ぶ二人を前に、老婆はこれまでの悪態を淡々と白状した。
「……え⁉ 今までもちゃんと見えてた……?」
「悪かったね、心ない事をして」
老婆の名はホー・トーチ。ここヘイサ村の村長である。
他所から来た人間を見て見ぬ振りをしていた理由は大きく分けて二つ。長居せずさっさと出ていけば良し。この村に害を与える人間ではないと判明すればそれも良し。そういう事らしい。
切っ掛けは十数年前──。一人の旅人がこの村に来訪したのが始まりである。
それまではこのような辺ぴな村をよくぞ訪ねてくれたと村の皆で歓迎していたが、旅人の来訪で事態は一変する。この村に滞在した一晩で悪行の限りを尽くしたのだ。
「手を出そうとしたのさ。私を含めたこの村の女という女にね」
「アイツかーーーーー!!!」
「ん? どうしたね、少年。あるのかい? 心当たりが」
「い、いやっ、何でもないっ」
すぐに海辺の小屋で眠っているセクハラじじいと結びついたユーシャだったが、話の腰を折ってはいけないと押し黙った。すると村長は続けた、話を──。
「すぐに追い出したよ、夜明けを待たずしてね。その日以来あんた達にしたような意地悪をこの村の慣習にしたのさ、村長である私の主導でね。苦しむ者もいた、当然ね。だから私は言ったのさ。皆は家の中に入っていてくれと。全て追い払うから、この村を守るために。でも皆は出てきてしまうんだ、私一人に背負わせられないと」
ヘイサ村は一蓮托生だと皆で覚悟を決めた。全ては自分達を守るための苦渋の決断だったのだ──。
もし、この村にやってきた者が優しかった時のために二段構えのルールを設けた。
まずは心を鬼にして、来訪者をいないものとして無視し続ける。それで村を出ていくならそれで良し。中々出ていかず、また害があるようだと見受けられない者は、村の人間が一人いなくなったとそれとなく話し、魔物が棲みついているという洞窟に向かわせる。もし、洞窟に行ってまたここに帰って来るようならその時歓迎しよう。心優しき旅人を──。
「しばらく滞在する者もいたんだよ、今までに何人かね。でもあんた達が初めてさ、キセキの洞窟まで行った子は」
ちなみに洞窟に棲みついていた魔物はヘイサ村の人間が差し向けたのではない。
昔はこの辺りを荒らす凶暴な魔物だったが、一人の淑女を食らってやろうと後を付いていって洞窟に入っていった。そこであの雫を飲んで骨抜きになり、嘘のように大人しくなったのだという。
──淑女──。
話を聞いていたユーシャは洞窟の最深部に現れた霊を思い出していた。
嫌な予感がしたユーシャは村長を問い質す。
「……。やはり見たんだね? あんた達も。ハツヨと言うのさ、彼女の名は」
「もしかしてあの人、あの魔物に」
「違うよ」
「それじゃあ、セクハラじじい、いや旅人に襲われた事を苦に……」
「単に洞窟の奥ですっころんで頭打ってお陀仏したのさ」
「紛らわしいな‼」
むしろ、ハツヨと魔物は雫を愛する者同士、意気投合して仲良くなっていた。
ある日、洞窟の中で倒れているハツヨを見つけて慌ててこの村に運んできたらしい。だから魔物と村の者は顔見知りなのだが、魔物は魔物で悠長に洞窟で暮らしており、この件には一切関与してなかった。
だが、一つ気になる事がある。何故、淑女は霊となってあの場に留まり続けたのだろうか──。
淑女の名はキセキ・ハツヨ。東の島国から移り住んできた女性である。
彼女は村で唯一あの雫を好んでいた。いつものように洞窟に通っていたある日、ヌメヌメと滑る地面に足を取られて転倒し、そのまま死んでしまったのだ。
以来、最深部の雫を飲む者の前に霊として現れ、問いかけるのだった──美味しいかい──と。
「未練があるのだろう、あの雫の美味しさを分かち合えないと。何度か挑戦したのさ、私達もね」
もし、あの雫を美味しいと言えたならきっと彼女は満足して成仏するのではないか? そう思って村の者は何度も洞窟へ足を運び、何度も雫を口にした。だがクソ不味いものはクソ不味い。村の者は正直者揃いで、彼女の問いには苦笑いを浮かべて黙って帰る事しかできなかった。
それでも何とか成仏してもらおうと、彼女のファミリーネームから名づけ、崇め奉ったのだ。
彼女が眠る場を「キセキの洞窟」
そして彼女が愛した雫を「キセキの雫」として──。
「成仏したのかい? 彼女──ハツヨさんは」
「あ、あぁ。多分……」
どんな様子だった──? 村長の問いに、ユーシャは満足したのではないかと答えた。……とても小さな声で。後ろめたかったのだ。あのような上辺だけを取り繕ってたっぷり濁した答えで成仏してくれたなどと、とてもじゃないが自信を持って言えなかった。
だが、いつの間にやら外に出てきていた村人達から口々に感謝された──ありがとう──と。
周りの様子を見て村長もユーシャに向かって微笑む。その時の少年の顔はとても気まずそうだった。
「ああああああの、あの、あの、あの」
するとしばらく口を閉ざしていたエーダが壊れたラジオのように声を出した。
血の気が引いて虚ろだった彼女の顔が徐々に赤らんでいく──あ、そういえば──。
「私の姿……最初からずっと見えてたの……?」
……。……今度は村人達が気まずそうに目を伏せた──。その反応は「イエス」である。つまり──。
村人全員が彼女の裸体を目撃していた。
「っ何で何も言わなかったのぉー⁉ ねえ何よルールって!!! そんなのどうでもいいじゃない見えてますよって一言言ってくれてもよかったじゃない!!!」
エーダは涙目で訴えた。村人は変わらず目を伏せている。だが、この村の名誉のために言っておこう。
まず、脱ぎだしたのは間違いなく彼女の意思によるものである。次に、一瞥した──彼女に視線を向けたのは事実だが、それは一瞬であり決して見てはいけないと二度と目を向ける事はなかった。最後に、話し合わずとも皆の見解は一致していた。
──あの頭がおかしくなった可哀想なおなごに関わってはいけねえ──。
「イーーーーーヤァーーーーーー!!!」
その場にいた皆に哀れみの目で見られた痴女の叫びが、ヘイサ村にこだました──。
「仲間」につづく。




