けれどエルフと同じくらい長生きする方法なんて、どの本にも書いてはいなかった。
GW本番につき本日二回目の更新です
R15は保険なのですが、今話に保険を必要とさせた該当箇所がございます
ご注意下さい
「ごめんなさい、ジル」
部屋に着き、長椅子に降ろされて、まず謝罪を口にした。
「少し文字を記憶するのが得意なくらいで、駒として利用価値が出るなんて、思いもしなかったわ。まして、ジルにまで手を出すなんて」
辺境では、もてはやされることのない能力だったから。
考える。
試験の出来が問題なら、次から手を抜くと言う手もあるけれど、正直、どれくらいが普通なのかわからない。手を抜き過ぎて落第したら本末転倒だ。どうせもうその点で化けの皮は剥がれているのだから、試験は小細工せずに受けることにしよう。
今日威嚇したことで、ジルに手を出すものがいなくなっていれば良いのだけれど。
「ねぇジル」
「はい」
「どこにも行っては駄目よ?ほかのなにがなくても良いけれど、ジルは一緒にいてくれなくては」
私にはジルを引き留める権利も力もない。それでも、懇願する。
「必ず一緒にまた、ふたりで帰りましょう。あの、穏やかな場所へ」
「もちろんです。メアリさま」
ジルが私の顔に手を添え、親指の腹で優しく頬をなでる。
「言ったでしょう。わたくしにとっても、メアリさまとふたりだけ、なにものにも脅かされない生活こそが、楽園であり幸福なのです」
「ありがとう」
ジルの手に手を添えて、目を閉じる。
「でもね」
本心でない言葉なんて、ジルの目を見ては言えない。
「あなたが望むなら、あなたは私を置いて、どこへ行ったって良いのよ」
ピクリとジルの手が跳ねる。
「メアリさま」
固い声が鼓膜を揺らす。
「そのように、男の前で目を閉じるものではありません」
温かいものが唇に触れ、思わず目を開く。すぐ目の前に、ジルの大きな瞳があった。満月のような、金の瞳。
「ジ、っん」
名を呼ぼうと割った唇が、私のものでない舌で塞がれる。頭を片手で掴まれて、ジルの手はこんなに大きかっただろうかと、場違いに思った。
呼吸を奪われ、苦しくなる。息が上がる。
ぱたぱたとジルの背中を手で叩いた。
それでも解放はされず、意識まで溶けかけたころ、ようやくジルの顔が離れた。
身体が必死で、空気を求める。
「っ、カヒュッ、ごほっ、ごほごほっ」
慌てる身体は呼吸さえままならず、喉につかえた空気に咳き込む。
「大丈夫ですか、メアリさま」
そんな私の背を、恨めしいほど正常な呼吸のジルがなでる。
「ごほっ、っんで、こん、な」
「許されるなら」
こちらを向いたジルの目は、ぞくりとするほど真剣だった。
「今すぐあなたを連れ去って、どこかに閉じ込めて隠してしまいたいくらい、あなたが好きです、メアリさま」
「それ、は」
「今したような口付けなど生温いほどに、あなたを乱して、暴いて、ぐちゃぐちゃにして、わたくしのことしか考えられなくなれば良い。そう言う、好きです」
ジルの言葉を、疑うつもりはない。ずっと一緒にいたのだ。嘘か本当かくらいわかる……と思う。今までそんな気持ちに気付いていなかったから、自信はないけれど。
ジルは私が好きなのだ。だから、私が地位もなにもなくしても、愛して、養ってくれるつもりがある。
「こんなところ、出て行って、ふたりで暮らしましょう、メアリさま」
けれど。
「駄目よ」
その、愛は、いつまで続くだろうか。なにも成し遂げられず、与えられた役目もこなせない。そんな私が、いつまで愛して貰えるだろうか。
「貴族に生まれたからには、家と国を守る義務がある」
「貴族らしい暮らしなど、しては来なかったのにですか?」
「いいえ。今までの私の暮らしは、民の税であがなわれていたもの。この身は血肉の一滴に至るまで、私の自由にして良いものではないわ」
名声も、人脈も、必要ない。けれど。
「メアリさま、「だから」」
ジルの手を掴み告げる。
「父から命じられたこの役目だけは、全うする。無事に過ごして、ユラニア侯爵家を守る。けれど」
一度だけでも、侯爵家の娘としての役目を果たせたなら、それで自分を許そう。そして。
「終わったら、それで今までの恩は返したことにするわ。ただのメアリになる。そのときまだジルの気持ちが変わっていなければ、残りの私の人生は、ジルにあげる」
そのときジルの気持ちが変わっていないなら、たとえいつか捨てられても良い。ジルの手を取り望みを叶えよう。
「本気で、言っていらっしゃいますか?」
「本気よ。指切りしましょうか?」
ジルの小指に私の小指を絡めて歌う。
「指切った。ね。私、約束は守るわ。ジルに嫌われたくないもの。だから、もう少し協力してくれる?私、ジルがいないと駄目だもの」
「あなたは、」
「嫌いになった?」
それならそれでも良い。私はあの辺境に戻り、ジルは自由になれば良い。
そう思ったのにジルは私を腕に閉じ込め、ぎゅ、と苦しいくらいに抱き締める。
「嫌いになんて、なりません。なれませんよ。日毎夜毎に、あなたが愛しくなるのですから」
私にとって、それは喜ばしいことだ。けれど、ジルにとっては、どうだろうか。
ジルはエルフだ。私の残りの人生を全て捧げたとしてもきっと、ジルの人生の十分の一にもならない。
「賢者の石でも、作れたら良いのに」
この学舎の蔵書は豊かだ。
けれどエルフと同じくらい長生きする方法なんて、どの本にも書いてはいなかった。
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