一方通行の恋にのぼせる、哀れな女の出来上がりだ。
そうして始まった学舎生活だったが、正直な感想を言うと、暇、のひと言だった。
授業はほぼすべてジルからもっと発展的なことまで習った内容。女子生徒と男子生徒では一部授業が分けられていて、興味があっても男子生徒用の授業には参加出来ない。
つまり授業がつまらない。
では交流はと言えば、ロゼメアリの悪評が広まり過ぎていて、まともな者は関わろうとせず、そうでない者と言えば。
「ジルって、桁違いの美人だったのね」
昼休みにカフェテラスの片隅で本を開きながら、しみじみと言う。王侯貴族の学舎だからかここの昼休みは転寝が出来るほどに長く、昼食後はこうしてジルとお茶をお供に読書をするのが、私の日課になっていた。
授業は退屈な学舎だったが、図書館の蔵書は素晴らしかった。
辺境では本はあまり手に入らない。
新旧も玉石も混淆の、世界中から集められた蔵書が、今のところ唯一、この学舎で得られた収穫だ。
そんな私の横でティーカップを傾けながら、ジルは首を傾げる。
「さあ、ヒトの基準はわかりません」
本来、令嬢と従者と言う身分差のある私たちが、同じテーブルに着くのはおかしい。だが、私は敢えてジルを食事にもお茶にも、授業中にさえ隣に座らせていた。
従者に恋して周りが見えなくなっている、馬鹿な女を演じるために。
そんな馬鹿な女だと言うのに、遊び人の浮き名を信じて、声を掛けて来るものはいた。男性でも、女性でも。
だが、ジルと見比べてため息を吐いて見せれば、多くを語らずとも自分からすごすごと立ち去ってくれるのだ。
ひと目で敵わないと思わせてくれる、ジルの美貌さまさまだ。
「ジルがついて来てくれて良かったわ」
にこにことご機嫌にジルにもたれ掛かり、肩に頭を寄せる。人目がないところであれば微笑んでくれるジルだが、今はわずかに眉を寄せて見せた。
一方通行の恋にのぼせる、哀れな女の出来上がりだ。
「紅茶も、ジルが淹れてくれるものがいちばん美味しいもの」
ふふっと笑い、ジルに身を寄せたまま本に目を落とす。こうすれば、誰も声を掛けて来なくなる。読書中に邪魔をされるのは嫌いだ。
「お嬢さま」
読書に夢中になっていると、ふと、ジルが私を呼ぶ。
「もう少しで、午後の授業のお時間ですよ」
「あら、もう?」
本当は授業なんて放り出して、読書だけして過ごしたい。けれど、王族皇族ですら真面目に出席している授業を、高々侯爵令嬢ごときがサボるなど、許されることではないから。
どうせなら、愚かな女の小芝居に利用させて貰おう。
息を吐いて本を閉じ、目を閉じて呟く。
「行きたくない」
「お嬢さま」
ジルの声が、批難の色を帯びた。
「ジルが」
目を閉じたまま、片手を前へ。
「エスコートしてくれるなら、行くわ」
閉じた視界の向こうで、ジルはどんな顔をしただろうか。息を吐く気配のあとで、出した手を掬われた。
目を開ければ、前に立つ無表情のジル。
「では、参りましょう、お嬢さま」
そんなジルに、とろけるような満面の笑みを。
「ええ!」
ジルの手をぎゅっと握って立ち上がる。私が立ち上がるが早いか踵を返したジルは、ツカツカと歩き出す。普通の箱入り令嬢であれば、少し速過ぎると感じる速度だろうか。箱入りは箱入りでも辺境育ちなので、私には苦でない速度だけれど。
「きゃっ」
わざとらしくよろけてしなだれ掛かれば、ジルは今にも舌打ちしそうな顔で歩く速さを緩める。
「せっかくエスコートしてくれるのだから、もっとゆっくり歩いて、ジル」
「授業に遅れますから」
「そんなに遅い時間じゃないじゃない。でも、そんなに急ぎたいなら」
ぐっとジルの腕を引いて、顔を覗き込む。視線は合わない。
「抱き上げて運んでくれても良いのよ?」
無言のまま、ジルは私の手を引いて歩く。私はそんなジルの様子なんて見えないように、クスクスとご機嫌に笑っていた。
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