第372話 戦闘開始ですわッ
夏が過ぎ、冬が過ぎ。
気づけばもう一年が経とうとしていた。
一年。
それは転移門の封印限界。
オルガンと運営さんの読みは概ね正しかったらしく、大阪梅田ダンジョン最下層にある扉は如何にも限界といった様子で、それはもうパッツパツに膨らんでいた。例えるならシュールストレミングの缶といったところか。見様によっては非常にシュールで、いっそコミカルですらあった。
念の為ということもあり、大阪ダンジョンは一月程前から完全に閉鎖状態となっている。
現在は週に一度ずつ、協会の依頼を受けた探索者パーティーが、扉の様子を確認するために潜るだけとなっている。
故にここしばらくの大阪支部は閑古鳥が鳴いており、普段の喧騒が嘘であったかのような、そんな空気に包まれていた。
しかし今日この日。
すっかり静寂に支配されていた大阪支部は、最盛期をも超える盛り上がりを見せていた。
ロビーを埋め尽くす人、人、人。しかもその全てが探索者か、或いは協会関係者。
一階部分は疎か、二階までもが人で埋め尽くされている。吹き抜けからは大勢の探索者達が顔を覗かせ、まるでどこぞのテーマパークのような様相を呈していた。『魔女と水精』や『魅せる者』、『茨の城』はもちろんのこと、名だたるパーティーも軒並み顔を見せている。そんなほとんどテーマパークと化した支部ロビーであったが、しかしその中央部分だけは不自然にぽっかりと穴が空いている。
一体何故か。
決まっている。
そこに彼女達が居るからだ。
「ついにこの時がやってきましたわね!」
トレードマークとなって久しいジャージに、今日もまた身を包み。
鼻息は荒く自信満々、もはや待ち切れないとばかりにドヤ顔で仁王立ちしているのは、もちろん我らがアーデルハイトである。
「長いようで短かった――――みたいな話をするのが定番なのでしょうが、基本暇だったおかげで普通に長かったですね」
その傍らにはやはり、いつもの通りメイド服姿のクリスが控える。
少し下方に視線を向ければ、身体の十倍以上はゆうにありそうな、そんな超巨大サイズのリュックを背中に括り付けた肉もいた。
「カメラの最終チェック、オッケーっス!」
テーブル上には大量の機材がぶちまけられており、それら全ての確認を終えた汀がぐっと親指を立てている。
あちらの世界の映像を配信することは出来ないだろう、とは運営さんより言われていた。しかしだからといって、はいそうですかとはいかないのが配信者の性である。駄目で元々、もし成功すればラッキー。やらないよりはやったほうがいいの精神により、配信準備は本日も行われている。
結論から言えば、汀の転移魔法は完成した。
しかしそれはつい先日、ほんの一週間前のこと。それから大急ぎで試験運用を行い、今日に至るというわけだ。
転移門が破裂寸前のスナック菓子状態になっていたことを考えれば、本当にギリギリの完成であった。
もちろん完成とは言うものの、自由自在に世界間の行き来が出来るというわけではない。
汀の転移魔法は、謂わばトンネル工事の施工図のようなものだ。実際に開通させるためには、掘り進める人員が必要になる。それをこちらの世界で担うのがオルガンであり、あちらの世界で担当するのがシーリア――もちろん無茶振りである――である。つまりオルガンはまさかのお留守番というわけだ。
といってもここ最近のオルガンの行動パターンはといえば、日がな一日研究に没頭するか、或いはゲームをするか、はたまたゴロ寝をしているかのどれかである。仮にトンネル堀りの役目が無かったとして、この腐った豆に魅了されたぐうたらエルフが、あちらの世界に帰っていたかどうかは甚だ疑問ではあるが。
「アーデ、ちゃんとおぼえてる?」
「もちろん、ちゃんと覚えておりましてよ。まずはシーリアに会って、預けてあった『比翼の珠』を受け取る――――ですわね?」
「うむり。マーカーがないと転移魔法の座標指定が出来ない。戻ってこれなくなるので注意すべし」
遠足前日の夜よろしく、最終チェックを行う二人。
『比翼の珠』とは、シーリアとの通信を試みた際に使用していた、例の宝玉のことだ。
現状、世界の壁を越えて情報のやり取りをする手段は『比翼の珠』以外に存在しない。故に回収を忘れてしまうと、転移魔法の出口が指定出来なくなってしまうのだ。もちろんシーリアにも転移魔法を習得してもらう必要があるため、仮に忘れていても、それを伝えるタイミングで思い出すであろうが――――不要になったと勘違いしたシーリアが、珠を捨ててしまったらコトである。早めに回収しておくに越したことはない、というわけだ。
バタバタと慌ただしく、しかしテキパキと準備を進めてゆく異世界方面軍。
そんな彼女たちの元へ、一人の青年が近づいてきた。
「お待たせ、こっちも準備オッケーだよ」
さわやかな笑顔と共に現れたのは、真新しい装備に身を包んだ大和だ。
いよいよこの日がやって来たからなのか、少し線の細い印象があった昨日までに比べ、決意を秘めた良い表情へと変化している。
彼はアーデルハイトから素材の供与を受け、オルガンや莉々愛の技術を借り、今こちらの世界で作れる最高の装備を新調した。これならばあちらの世界でも通用するだろうと、オルガンからのお墨付きまで出ている代物である。なお素材と製作手間賃は出世払いとなっている。
「遅いですわ! まさか緊張して眠れなかった――――なんてことはありませんわね!?」
「もちろん。ただちょっと、しばらく戻れないことを考えて…………色々思うところもあってね」
大和はこの一年、アーデルハイトの鬼特訓によりそれはもう厳しく鍛えられた。
『光魔法』という、あちらの世界でも中々に珍しい魔法まで身につけている。今では月姫とレベッカに並び、世界で最も強い三人――ただし異世界勢を除く――などと呼ばれるほどに成長した。少なくとも単純な剣技のみであれば、例の勇者にも引けを取らないレベルにまで引き上げられている。事前に『もしダメそうなら連れて行きませんわ』などと宣言されていたのが効いたのかもしれない。
「自分の身くらいは守れる程度に鍛えたつもりですけれど、油断だけはしないように。あちらの世界ではまだまだ中の上、甘く見ても上の下といったところですわよ」
「肝に銘じるよ、先生」
アーデルハイトが軽くプレッシャーを与えてみても、大和は動じること無く、小さく笑ってすら見せた。
元より実力は高かったが、しかしその反面メンタルは割とポンコツ気味であった大和。だというのに、なかなかどうして化けたものである。これも剣聖の薫陶を受けた結果であろうか。
そんな大和を、ムスッとした顔で睨みつける少女が一人。
アーデルハイトにとっての唯一の弟子、月姫である。
何故彼女が不機嫌そうにしているのかといえば、それは偏に大和への嫉妬である。
前述の通り、月姫はアーデルハイトにとって唯一の弟子である。
であればこそ、月姫は当然自分も連れて行ってもらえると思っていた。しかし彼女はお留守番を言い渡されたのだ。弟子である自分が連れて行ってもらえないのに、ポッと出の大和は連れて行ってもらえるのだ。成程確かに、月姫がぷぅぷぅと膨らむのも無理はない話だろう。
そしてそんな彼女の隣には、同様にお留守番が言い渡されたヤンキーの姿が。
「師匠! やっぱり納得出来ません! 私も行きます!」
「汚ェぞテメェ! そこの青瓢箪は良くて、何でアタシらが留守番なンだよ、おうコラ! ッコロすぞテメェ!」
やいのやいのと声を揃えて、まるで狂犬のように抗議する二人。
月姫にしろレベッカにしろ、『六聖』にとって唯一の弟子である。
当然ながら、戦力としてはこちらの世界に於ける最高。戦力を期待するのであれば、まず最初に連れて行くべき二人である。
もちろん、この二人を連れていけないのには理由がある。
というよりも、大和だけを連れていく理由というべきか。
「シャラップですわ! もう何度も説明しましたわよ!? 貴女方まで来てしまっては、こちらの界隈はどうなってしまいますの? そもそもこれはわたくし達の世界の問題で、元より誰であろうと連れて行くつもりはありませんのよ! ありませんけれど――――聞けばそこの青瓢箪は、あの勇者の親族だというではありませんの」
「あ、青瓢箪は同意見なんだね…………」
「であればこそ、この黄瓢箪には権利がありますわ! もちろん引き取り責任も! というわけで渋々、本当に渋々連れていきますのよ! 分かりましたわね!? 以上、説明はおしまいですわ!」
そう。
この二人を連れて行かないというより、アーデルハイトは誰であろうと連れて行くつもりがなかった。
聖女に端を発する一連の事件について、あちらの世界の人間としてアーデルハイトには責任と義務がある。しかしこれはあくまでもあちらの世界の問題であり、関係のない者を巻き込むわけにはいかないのだ。加えていくら二人が強くなったとはいえ、聖女との戦いでは何の役にも立たないであろう。
しかし大和だけは違う。
戦力的には月姫やレベッカと同程度、或いは僅かながらも下回る程度でしかない。
しかしあの産業廃棄物の身元保証人として、彼には引取責任があるのだ。端から戦力としては微塵も期待していない。
勇者の説得に失敗したとしてもそれは東雲家の問題で、他のことなどアーデルハイトの知ったことではない。
だから仕方なく連れて行く。ただそれだけのことである。
それこそ何度目になるか分からない説明がアーデルハイトより行われるも、やはり月姫とレベッカはぶうぶうと文句を垂れ続けている。アーデルハイト達の見送りに来ていた父・東海林になだめられるも、しかし機嫌は悪くなる一方である。とはいえアーデルハイトの決意は固く、最早取り付く島もないといった様子であった。
そんな弟子達はさておき、着々と準備を進めるアーデルハイト、クリス、肉、そしてウーヴェに大和。
そしてこの四人と一匹に加え、実は最後にもうひとりだけ、今回の旅に同行する者が居た。
「その理屈だったら、私は行かなくてもいい筈じゃないですかっ!?」
くりくりとした丸い瞳に、すこし子供っぽい印象を与える八重歯。
低めの身長を背伸びでカバーしつつ、精一杯の抗議を行う女性。
探索者協会を代表し、異世界方面軍担当こと国広燈が同行することとなっていた。
理由はもちろん『監督』である。
今回の異世界殴り込みイベントだが、公式には『特殊ダンジョンの調査及び攻略』という扱いになっている。
もちろんただの建前ではあるが、得てしてこういった組織では建前が大きな意味を持つこともある。故に建前とはいえど、一応の体裁は整えなければならない。そこで白羽の矢が立ったのが、異世界のノリに最も馴染んでいる職員――――つまりは彼女である、というわけだ。
「話を聞いた感じだと、私なんて秒で死んじゃいそうな世界なんですけど!?」
「心中はお察ししますけれど、そこは協会の都合ですもの。わたくしの知ったことではなくってよ!」
「左遷ってレベルじゃないですよっ!?」
「まぁ冗談はさておき、ちゃんと守って差し上げますから安心しなさいな」
このなんともバランスの悪い六人が今回の異世界ダンジョン攻略メンバー、その全てである。
異世界方面軍にとって――――アーデルハイトにとっては、いつものダンジョン配信と何も変わらない。
目的はもちろん最下層に潜む聖女、および女神の撃破。手段は単純、ただ斬って捨てて攻略するのみ。
強いて違う点を挙げるとすれば、攻略に要する時間が如何ほどになるか分からない、という点くらいだろうか。
そうしていざ、ダンジョンへ。
その一歩を踏み出そうとしたアーデルハイトの背中へと、どこか泣きそうな声が投げかけられる。
「師匠! 大丈夫ですよね!? ちゃんと帰ってきますよね!?」
そんな月姫の問いかけに、アーデルハイトは満面の笑みでこう答えた。
「任せなさいな! わたくしを誰だと思っていますの? まぁ――――わたくしにかかれば、最長でも一年といったところですわね。余裕ですわ!」
そんなアーデルハイトの宣言に、澄まし顔のクリスが続く。
「同じ相手に二度もしてやられるなど、絶対に有り得ません。出来れば次のコミバケには間に合わせたいところですね」
そんな二人を最もよく知る汀が、どこか呆れるような声でボヤく。
「お嬢がやたらとドヤッてる時って、ちょっと怪しいッスよね」
そしていつの間に作ったのやら、オルガンが小さな帝国旗を振り適当な声援を送る。
「がんばえー」
それと同時に、見送りに来ていた探索者パーティー達からも大きな声援が送られた。激励の言葉や愉快な野次、中には何故だか泣き声――――否、鳴き声のようなものまで混じる始末。
アーデルハイトがこちらの世界に来てから、凡そ二年と半分ほど。
「さぁ! 戦闘開始ですわッ!!」
すっかり人気者となった彼女達が、異世界へと向けて進撃を開始した。
何も語るまい




