第371話 既に投獄済みでしてよ
汀による転移魔法開発は難航を極めた。
開始から三ヶ月経った今も、ほとんど何の糸口も掴めていなかった。
魔法の初心者だというのに、基礎知識のみで全く新しい魔法を生み出そうとしているのだから当然だ。
アドバイザーとして一応ぐうたらエルフが付いてはいるが、さりとて出来ることは少なく、結局は技術的な助言をいくつかするに留まった。
最終的にはどうしても汀頼みとなってしまう為、異世界組の三人は随分と歯がゆい思いを味わっていた。
こうなってくると、一年という猶予期間も絶妙に感じられる。そんななんとも言えない焦りを抱えつつ、アーデルハイトは今日も配信を行っていた。
「ああっ! わたくしが購入したばかりのアーデルランドが勝手に売却されましたわよ!? 先程からわたくしの後ろをついて回る、この無性に腹立たしいモンスターは一体何ですのっ!?」
「貧乏神ッスね」
「なッ…………どうしてこのわたくしに貧乏神が!?」
「ゴールから一番遠かったからッスね」
「ところでなぜわたしはお金がないのか」
コントローラーをしっかりと握りつつ、わなわなと震えるアーデルハイト。
ちなみに本日は魔法開発の息抜きがてら、汀とオルガンも演者として参加している。根を詰めたところでどうにかなる問題でもない為、適度に空気を抜いておかなければならないのだ。なお機材まわりはクリスが担当している。曰く『以前に汀とプレイした際、それはもうボコボコにされたので』とのことである。
「そもそも顔がいやらしいんですのよ! それにこの顔、確かどこかで――――あっ、思い出しましたわ! ゴルディア・エル・レ・ロディア卿にそっくりですわ!」
「なんて? ボスニア・ヘルツェゴビナ?」
「ゴルディア・エル・レ・ロディア侯爵ですわ。いわゆる悪徳貴族ですわね」
「おっほ、そういうのホントにいるんスねぇ! どういう人なんスか?」
「お金がないのだが?」
悪徳貴族といえば、異世界ファンタジーのド定番だ。
一口に悪徳貴族といっても、そのタイプは様々。物語の裏で暗躍し、王位の簒奪などを狙うねっとりタイプ。特に何も考えていなそうな、序盤に登場するとりあえずの悪役タイプ。主人公たちに協力するフリをして、その実よからぬ事を企んでいる獅子身中の虫タイプ。異世界ファンタジーが人気ジャンルとなった今、例を挙げれば枚挙にいとまがない。当然オタクの汀が反応しないはずもなく、また視聴者達もしっかり食いつく。
:名前的に財務系だな
:いいや、奴隷大好き下半身タイプだね
:平民見下し型とみた
:ボスニア・ヘルツェゴビナは草
:草越えて国
:もうそうとしか聞こえなくなったわ
:どうでもいいけどずっとアデ公に貧乏神ついてて草
:貧乏神憑いてるわけでもないのに金がないオルたそは何なのw
:茨城で納豆工場に全額突っ込んだからやろw
「夜な夜な街中を徘徊しては、突然陰部を見せつけてくるという非常に迷惑な貴族ですわ」
「ええ…………? それもう貴族っていうか裸族じゃん。え、帝国ってそういうのオッケーなんスか?」
「まさか。既に投獄済みでしてよ」
「草」
決戦準備中とはとても思えない、とてもらしい平常運転であった。
といっても、配信外では他の作業もしっかりと進めている。アーデルハイトが稽古をつけている大和などは、この短い間にも随分な成長を見せた。もとより高い実力を持っていたこともあり、また自身で考え応用するだけの器用さも持ち合わせている。そこに剣聖のテコが入るのだから、当然といえば当然の結果ではある。もちろん月姫やレベッカも同時に鍛えられているため、二人の姉弟子達にはまだまだ及ばないが――――それでもこの調子であれば、少なくとも技術面に於いては勇者と同等レベルまで持っていけるだろうと、アーデルハイトはそう考えていた。
そうして配信を続けていると、不意にひとつのコメントが投げられた。
:ところでアーデルハイトさん、遠征が終わったらそのまま異世界に帰ってしまうんですか?
それは誰もが気になっていながら、しかし誰もが聞けずにいた問いかけ。
今や名実共にトップクラスとなった異世界方面軍、その今後の活動について。
無論、配信外――――それこそ掲示板やSNSなどでは、この手の議論は既に何度となく交わされている。しかし本日に至るまで、アーデルハイト達がこの話題に触れることは一度として無かった。故にネット上では様々な憶測が飛び交い、一部では『事実上の引退宣言』だという話すら出ていた。やはり異世界出身などという話はただの設定であり、その設定を守るため『引退』を『帰還』という言葉に置き換えているだけだ、とも。
古参の騎士団員達はもちろん、そのような憶測に踊らされたりはしない。
しかし新規の視聴者が増えた昨今、こうした疑問が湧くのは当然であった。今まで配信上にこの話が出てこなかったのは、ただ誰も聞かないから、という同調圧力のような理由でしかない。それがたまたま今日、こうして配信中に投げかけられたというだけの話である。
「あぁ、それですの…………意外と聞かれなかったものですから、誰も気にしていないのかと思っていましたわ」
:聞いてよかったんかいワレェ!
:空気読んで聞かんかっただけじゃい!
:古参ゆえの遠慮やろなぁ
:いやまぁ初期配信から追ってる身としては、答えが分かりきってるので?
:聞くまでもないっていうか?
「あら、流石ですわね。もちろん今回の件が片付けば、ちゃんと戻って来るつもりですわよ」
:ほーらみろ杞憂民ざまぁwww
:俺は信じてたよ
:俺も。いや嘘じゃねーし
:というか初期の頃から未練はないみたいなこと言ってたしな
:そもそもスローライフ希望じゃなかったっけ
:殴れるなら殴りたいけど、そこまで固執してないみたいなことは言ってた気がする
:古参勢の記憶力、控えめに言って異常では?
なんでもないことのように語るアーデルハイトの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす視聴者達。
口ではなんだかんだといいながら、万が一に怯えていたのは確かだった。それが杞憂であったと判明したのだから、調子に乗ってしまうのも無理はないだろう。
そして先の言葉が嘘ではないと証明するためか、アーデルハイトが追加で情報を提供する。
「というよりも、既にアーデルハイト城の建設は始まっておりましてよ」
「いや城て。ちょっと大きめなだけの家ッスよ」
「ちなみにわたしの研究室もある。やったぜ」
「年内完成予定ですわよー! 今から楽しみでなりませんわー!」
そう。
実はこの三ヶ月ほどの間に、アーデルハイト達は念願のマイホームに手を出していた。
前回と同様マユマユに仲介を頼み、相談しつつ土地を購入し、ハウスメーカーに話を付け――――そうして先日、ついに工事が始まったのだ。アーデルハイトとクリス、そして汀の希望を全て盛り込み、そして何故かオルガンの研究室に、ドッグランならぬミートランまで。これまでの配信業で稼いだ資金に加え、希少素材を売却して得た資金や企業案件での収入。それらの大半を投入した、まさに理想の城とでも呼ぶべき代物である。
異世界方面軍が結成された、そもそもの目的。
最近はすっかり忘れられがちだが、最終的な目標は静かな田舎でのスローライフだ。
その目的を達成せずしてあちらの世界に戻るなど、アーデルハイトにとっては考えられないことなのだ。
聖女は殴る。勇者も殴る。そしてスローライフも達成する。
どれもやらなければならないのが剣聖の辛いところ、とでもいったところか。
「というわけで皆さん安心してくださいまし。わたくしはちゃあんと戻ってきますわよ!」
「まだ魔法完成してないけど?」
「分かってますわよ、ただのノリではありませんの! 空気を読みなさいな、この駄エルフ!」
「おぉん…………」
アーデルハイト城は小さめの洋館みたいなイメージです




