第370話 だまらっしゃい!
大阪ダンジョン最奥部で発見された転移門。
オルガンの見解と運営さんからの情報提供を合わせた結果、封印の猶予は大凡一年前後であると結論付けられた。
通常とは異なる手段で生み出された――主に女神のテコ入れによる――と推察される件の転移門は、魔力的な出力がそれほど大きくない。加えてリーヴィスの干渉力と天狼都牟刈、その拮抗度合いなどを考えれば、恐らくはあと一年程度は封印が可能だろう、とのことらしい。
実際にはもっと専門的な技術や知識、細かな魔術的理論等が関わっているのだが、オルガンと同レベルの知識量を誇る者がここにはいない。つまり詳しく説明されたところで、誰にも意味がわからないのだ。そういった背景から、アーデルハイトやクリスは『よくわからんけど、オルガンが理解ってるならいいや』というスタンスを取ることにした。こちらの世界の住人であり、魔法初心者の汀は言わずもがなだ。
何はともあれ。
異世界方面軍は、この猶予期間の間に聖女&勇者対策を行わなければならない、ということだ。
目下その最重要事項と設定されているのが、汀による転移魔法の創造、習得である。
魔法を一から作り出すという行為は、想像するよりもずっと難易度が高い。
どこからともなく湧いて出る、或いは誰かに与えられる、そんなポン出しのスキルやらなんやらとは訳が違うのだ。それを考えれば、一年という時間は長いようで短い。
魔法初心者であるが故に白羽の矢を立てられた汀だが、初心者であるということには変わりない。オルガンの補助があるとはいえ、しかし生み出そうとしているものが転移魔法という特殊魔法であるが故、あまり口を出すわけにもいかないのだ。オルガンの持つ知識や技術が、逆に障害となりかねないためだ。
「むむむ…………ふんぬぬぬぬぬぬ!」
今日も今日とて、汀は修行に明け暮れている。
汀の持つ転移のイメージはトンネル。世界を隔てる空間(?)に穴を開け(?)、どうにかこうにか(?)して点と点を繋ぐ(?)といったところか。そんな疑問符だらけの、雲を掴むような話だ。以前に習得した『ソナー』と『マッピング』とはまるで性質が異なる魔法だ。如何に妄想力たっぷりのオタク女子といえど、そう簡単に成功する筈もない。
現在汀が手にしているのは、弾力性のある素材で作られたリング状の器具だ。
サイズは丁度車のハンドルくらいだろうか。少しでもイメージがしやすいようにと、本人の意向によりオルガンが製作したもの、その名も『穴抜けくんスーパー』だ。そんな怪しい器具を手にむんむんと唸る汀の姿は、まるでいつぞや流行ったフィットネスソフトをプレイしているかのようであった。
「ふぬぬぬぬ!」
そんな汀の傍には、暇を持て余したひな壇令嬢とメイドの姿が。
謎の必勝鉢巻きを額に装着し、タンバリンやらメガホン等の応援グッズを両手に携えている。
「ファイト! ファイトですわよミギー!」
「いいですか汀、魔法に最も必要な事は集中です。あと冷静さと少しの冒険心も」
広々としたルーフバルコニー、その中央であぐらをかき、リングを手に踏ん張る汀。
その周囲をぐるぐると、ハーメルンの笛吹きよろしく肉達を引き連れ回り続けるガヤ令嬢達。
「どうしてそこで諦めますの!? 貴女なら出来ますわ! フレーっ、フレーっ、ぺーちゃーぱい!」
「力任せではいけません。そう、知恵の輪のようにスマートにやるべきなのです」
「はい、ひっひっふー! そーれひっひっふー!」
「お嬢様、それはラマーズ法といって別の――――おっと、お鍋の火を見なければ」
「だあああああああ! うるせぇぇえええええ!」
当たり前のように、二人と五匹は追い出された。
* * *
その日の午後、探索者協会渋谷支部の修練場にて。
アーデルハイトの視線の先には、至極真面目に戦う大和の姿があった。
「なんですの、そのへっぴり腰は!」
「ま、真面目にやってるつもりなんだけど…………」
今では月姫の方が上になってしまったが、これでも国内トップクラスの探索者だ。そんな彼の腰がへっぴりなワケがない。といってもそれは一般的な視点での話。剣聖アーデルハイトに言わせれば、入団したばかりの新兵と大和の間にはほとんど差がなかった。
もちろん大和が悪いわけではなく、それがこちらの世界での基準というだけの話だ。
その証拠に、アーデルハイトに師事した直後の月姫も似たようなものだった。否、むしろこれよりもひどかったか。いずれにせよ、こんな調子では異世界で通用する筈もない。
「そんな調子であの勇者をボコれると思っていますの!? あれでも一応、そこらの冒険者よりは余程強いんですのよ!?」
「別にボコりたいわけじゃ…………いや、一発くらいは殴りたいけど」
大和に稽古をつけるようになって数日。
どうやら基礎から叩き込む必要があるらしいと判断したアーデルハイトは、大和にひたすら素振りをさせていた。しかしこのスパルタ式アーデルブートキャンプには、手取り足取りなどというお優しい指導法は存在しない。たとえ相手が人気ダンジョン配信者であろうとも、だ。もしこの場が貸し切りでなかったら、同情の眼差しが大和へ向けられていたことだろう。
「貴方の目標はなんですの!? 言ってごらんなさいな!」
「それは…………兄を更生させて、出来れば連れ戻し――――」
「だまらっしゃい!」
「えぇ…………」
教官の無茶苦茶な叱責にも負けず、全力で素振りを続ける大和。
理由はもちろん、例の勇者を自身の手で更生させるためである。アーデルハイト達の言が正しければ、今の兄は東雲家にとってただの恥でしかない。しかしだからといって、縁を切るというのは心情的に難しかった。あれで昔は優しい兄だったのだ。であればこそ家族である自分が止めなければ、ということらしい。
しかし相手は腐っても勇者。
異世界という厳しい環境にあってさえ、トップクラスの仲間入りが出来る程度には高い力を持っている。女神に与えられたチートによるところが大きいため、勇者の実力なのかと言われれば甚だ疑問ではあるが――――いずれにしても、今の大和では手も足も出ないだろう。
大和が勇者と互角に戦えるようになるかといえば、答えはノー。
実力とは日々の積み重ねであり、一朝一夕で身につくようなものではないとはアーデルハイトの言である。大和もなかなかの才能を持ってはいるが、それでも一年は短すぎた。月姫級の天賦の才があって、かつ一年間みっちり休まずに鍛えて、それで初めて可能性が見えるかどうかというレベルの話だ。
だがそれを伝えて尚、大和はアーデルハイトに教えを乞うた。
であればこそ、流石のアーデルハイトも無下には出来なかった。戦いの事となるとシビアなところのある彼女だが、なにも冷血人間というわけではないのだ。もちろん最終的には自身の手でボコボコにするつもりでいるが、まぁ参加くらいはさせてやってもいいのでは、と。
それに、この手の人間は突然化けることもある。
少なくとも大和が折れないうちはと、そう考えたわけだ。
『どうせわたくしとクリスは暇ですし』という理由もあったが。
ともあれこうして、アーデルハイト達の異世界進軍準備はスタートした。
明けましておめでとうございます!
本年一回目の更新です!




