第367話 わたくしもそうなっていた可能性が……?
人類と魔族の戦いは、遥か以前より行われてきた。
それこそ、アーデルハイトが生まれるよりもずっと前から。
だが今に至るまで、その理由が判然としていない。
もちろん、色々と原因をこじつけることは出来る。あちらの世界の研究者などは実際にそうしていた。
だがその根底は誰も知らない。人も、そして魔族も。
どちらが先に仕掛けたのかすら分からない。領土の拡大を目当てとしているわけでもない。
ただ敵だからと、互いに殺し殺されてきた。そんなどうしようもない理不尽の塊こそが、人と魔族の争いだった。そんな得体の知れない闇の正体が、よもや現代日本で明らかになるなどと、一体誰に予測できただろうか。あの稀代の天才、ミィス・ルイン・マール・ヴィルザリースでさえ、ただの一度も考えたことがなかった。
而して、蓋を開ければ全ては茶番。
誰が言ったか――――戦争とは、最も効率よく信仰を得る手段のひとつである。
人も魔族も、一柱の神が作り出した舞台装置に過ぎなかった。それも要約すれば、ただ『ちやほやされたい』というだけの理由で。
そんな舞台装置の中で、最も重要な役割を与えられた二人。
方や女神に呼び出され、方や女神に生み出され。それが『勇者』と『魔王』であり、両陣営にとっての希望でもあるのだ。
この両者が存在しているからこそ争いは続き、この両者がいる限り争いは終わらない。
ある意味では、この二人も女神の被害者と言えるだろう。
だがそうであると同時に、女神のエゴを体現する悪性腫瘍でもあった。
ではどうすればいいのか。
簡単だ。病原菌か、或いは腫瘍を切除してしまえばいい。
女神の構築した舞台を、この世界のシステムを是正するのであれば。
まぁ、どうでもいい話なのだが。
* * *
「あーーーっ! どうりで、どうりで見覚えがあると思いましたわーっ!!」
「成程……言われてみれば確かに、すこし面影がありますね」
「…………ほぉん?」
大和の顔を指差すアーデルハイト、驚きと共にしげしげと見つめるクリス、口から適当に音を出すオルガン。
三者三様であるものの、異世界勢の反応は劇的であった。
アーデルハイトと大和が初めて顔を合わせた際、思い返してみれば確かに、彼女は何か引っかかるような反応を見せていた。当時は別の理由で納得したアーデルハイトだったが、その時に彼女が覚えた違和感は、実際にはコレのことだったのだろう。もしアーデルハイトが興味を持って観察していれば、あの時点で繋がりに気づいていたかもしれない。
「うちの兄――――東雲湊は探索者だったの。数年前にダンジョン内で行方不明になってそれっきり、協会からも探索中死亡扱いで処理されてた。まぁ当然よね」
「もちろん当時は僕らも悲しんだけど、探索中の死亡は自己責任だし、探索者をしている以上は兄さんも覚悟があった筈。そう思ってたんだけど………」
「まさか生きてて、おまけに異世界で勇者? をしてるなんてねー」
あちらの世界の冒険者とは異なり、現代の探索者は死亡率が高くない。
現代人らしいと言うべきか、誰もがリスク管理を行い、無理をしないよう徹底しているからだ。
だがそれでも、死亡事故が皆無というわけではない。東雲姉弟の兄はその一例だったというわけだ。実際には死んでなどおらず、異世界で元気に腰を振っていたのだが。
「なんというか…………兄が申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる東雲姉弟。
配信でも度々口にしていることから、アーデルハイトが勇者を軽蔑し、嫌っていることを両者ともに知っていたからだ。身内の恥は己の恥、といったところか。迷惑を被ったアーデルハイトには謝罪のひとつもしなければ、ふたりの気がすまなかった。もちろん生きていたなどとは思っていなかったし、アーデルハイトの言う勇者が実兄だなどとは想像だにしていなかったのだが。
「ふたりが謝る必要はなくってよ。ボーイズ憎けりゃクソまみれ、などと申しますけれど、わたくしは個々を評価するタイプの貴族でしてよ」
「…………坊主憎けりゃ袈裟まで、ッスか?」
「そうとも言いますわね」
「もう原型ないじゃん」
汀のツッコミも澄まし顔で受け流すアーデルハイト。
もちろん勇者のことは反吐が出るほど嫌いだが、だからといって親類縁者まで憎いわけではない。何をどうすれば、あの勇者の下にこんなまともな家族が出来るのか。或いは逆に、どうしてこんなまともな姉弟からあんな妖怪が生まれたのか。アーデルハイトが不思議に思っていたところで、東雲姉弟はそれらを否定した。
「ただ…………実は、私たちもびっくりしてるんだ。その、アーデルハイトさんの言う湊と、私達の知ってる湊は性格が乖離し過ぎてて」
「信じてもらえないとは思うけど、ちゃんと頼りになる人だったんだ。僕も兄さんに憧れて探索者になったし」
曰く、周囲を引っ張るリーダー。
曰く、稼いだお金は家に入れるしっかりもの。
曰く、モテはするが恋愛経験は少なく初心。
二人から語られる勇者の話は、一体誰の話をしているのか分からないほどであった。
「…………どういうことですの? わたくしの知っている勇者とは、何もかもが違いますわよ? やっぱり人違いですの?」
「あるいは聖女による洗脳…………でしょうか?」
立場や見方によって、評価に差異が出るのは仕方がないことだ。
アーデルハイトにしても同じこと。騎士団内では上下関係なく慕われている彼女だが、社交界では――――特に同性からは妬まれている。上役から見れば優秀な営業マンだとしても、部下から見ればとんでもないクソ上司、などというのはよくある話だ。
だがそれにしても、だ。
これは見方の問題だとか、そんなレベルの齟齬ではない。
大きすぎる乖離の原因が分からず、うんうん唸り始めるアーデルハイト。いっそ別人だとか、洗脳されていると言われたほうがしっくり来る。もちろん、東雲姉弟にも原因は分からない。そうしてうんうん唸り始めた四人に答えを齎したのは、やはり彼女であった。
「そんな難しい話ッスかね?」
「むっ、知っていますのミギー!?」
「いや知らねーッスけど…………ただまぁ、現代人が異世界に行った途端イキりだして、ポッと出のもらい物能力で無双して、特に理由もないまま何故か異性に言い寄られてハーレムを作る――――別によくある話じゃないッスか」
「よくある話なんですの!?」
「まぁそうッスね。もちろんファンタジーの話ッスけど、これがいわゆるテンプレってヤツで。そういう意味じゃお嬢も似たようなもんだし、その湊さんって人もそうなんじゃないッスか? 知らんけど」
汀が言っているのは、もちろん現実の話ではない。
あくまでも想像上ありがちというだけで、今の状況にあてはまっているかは分からない。だがそもそもの話、その想像上のキャラクターとしか思えないような人物が、実際目の前にいるのだ。あちらの世界だの女神だの、まさに創作上でしかありえないような話が目の前に転がっているのだ。ならば勇者の変貌ぶりに関しても、絶対にないとは一概に言えないのではないか。汀が言っているのは、つまりそういうことだ。
「い、言われてみれば確かに、ミギーに借りて読んだ書物にもそういった展開が多かったですわ…………あら? ということは、わたくしもそうなっていた可能性が……?」
「初手職質のお嬢にはないでしょ」
もしかするとあったかも知れない未来を想像し、なんとも言えない表情を見せるアーデルハイト。
しかしすぐさま汀に否定され、しょんぼりとした顔に変わる。汀の予想が合っているのかどうかは分からないが、なにはともあれ勇者の正体は判明した。東雲姉弟がこの場をセッティングした理由も、そして――――どうしたいのかも。
であればこそ、アーデルハイトが尋ねるべき事はひとつしかなかった。
「とにかく! そちらの二人がこの話を持ち込んできたということは、つまり」
「あ、はい! もしアーデルハイトさん達が今後、兄と戦う予定なのであれば…………僕もその場に連れ――――」
「みなまで言わずとも分かっておりますわ! 遠慮なくブチのめして欲しい、ということですわね!?」
「あっ、いや違くて」
残念ながら、何も伝わってはいなかった。




