第366話 上から大量のローパー
『魅せる者』の溜まり場であり、かつモザイク系男子こと、ウーヴェも勤務していることですっかり有名となったDekee’s渋谷店。その最奥のテーブル席では現在、異世界方面軍の面々が管を巻いていた。
否、管を巻くと言うと少々語弊があるか。
彼女らは今日、ある人物とここで待ち合わせをしているのだ。
しかし道が珍しく空いていたため、約束の時間よりも随分と早い到着となった。
そこで時間を潰すため、食事をしながらダラダラと雑談しているというわけだ。
「喫緊の課題は、あのヘタレ下半身男にどう対処するかですわ」
「私はあまり覚えていないのですが……やはり見間違いではありませんでしたか」
あれから一週間ほど。
しわクリもすっかり元通りである。
会話の内容は当然、先の一幕――――つまりは勇者についてであった。
「これまでと同様、あの聖女が送り込んで来たと見るべきですわ。であれば、これで終わるとは思えませんわね」
「そうですね…………聖女の狙いは依然として分かりませんが、今まで以上の本気度を感じます」
アーデルハイトは事あるごとにこき下ろすが、しかし曲がりなりにも彼は勇者である。勇者のみが使用できるという聖剣が、その役目の大部分を占めていたとしても、最終的にそれを振るうのは勇者なのだ。本人がまるで役に立たないようでは話にならない。少なくとも、魔王と対峙してある程度打ち合えるくらいには強くなければならないのだ。
つまり勇者は、あれでそれなりに強いということだ。
事実、勇者は六聖に次ぐ実力者だと言われている。
そんな勇者を送り込んできたということは、聖女の切れるカードがいよいよ無くなったということ。
あるいはまだ他にもあるのかもしれないが、仮にそうだとしても、勇者以上のカードだとは考えにくいのではないか。
そんな事実上最強のカード――若干、巨獣のほうが強いような気もしたが――を切ってきたということは、このふたつの世界を跨ぐ意図不明な攻防も、いよいよ最終局面を迎えたのではないか。クリスが言いたいのは、つまりそういうことだ。
「いずれにせよ、アレを放置しておくわけにはいきませんわね。あんなモノが野に放たれたとあっては、わたくし達のスローライフ計画に支障がでますわよ」
「初手で叩き返したのは正解でしたね。あとはあの封印がどれだけ保つのかですが……」
クリスの言う封印とは、『天楼都牟刈』を使った閂のことである。
アーデルハイトが咄嗟の判断で行った簡易封印だが、今のところは不思議と機能している。
しかし運営さんいわく、そう長くは保たないだろうとのこと。
あの転移門が持つ『ふたつの世界を結ぶ力』というのは、それほどまでに強力なのだそうだ。
さもありなん、あの転移門には間違いなく女神リーヴィスの力が働いている。それを抑えているのは運営さんの作った神器だ。
運営さんの神力が弱まっている今、干渉力はリーヴィスに軍配が上がる。故にそう遠くないうち、再び門は開くだろうと。
「罠を仕掛けてリスポーン狩りでもしてみます?」
「扉を開けた途端、上から大量のローパーを降らせるのはどうですの?」
どうせ封印が解けるのならばと、邪悪な計画を練り始めるアーデルハイト達。
とはいえ、そのほとんどはただの嫌がらせに近いものであったが。
再び現れる勇者、そして投下される大量のローパー。そんな組んず解れつ、一体誰が得をするというのやら。
視聴者のお姉様方にはそれなりに需要がありそうだが、配信などしようものなら当然、一発センシティブである。
「もちろんウチは事情とか何も知らないッスけど、とりあえず散々な言われようで草」
「しゃーない」
そんな二人の計画を、汀とオルガンの二人が他人事のように締めくくった、丁度その時だった。
新しい客の来店を告げる電子音と共に、一人の男が姿を現した。
俄にざわめく店内。
それを受け、入店するやいなや居心地が悪そうにする男。
男は受付の店員に何事かを告げたあと、きょろきょろと店内を見渡す。
そうしてアーデルハイト達の姿を認め、どこか安心した様子で席へと向かってきた。
「すみません、遅くなりました」
開口一番、男――――大和は謝罪から入った。
待ち合わせの時間まではまだ三十分ほどもあり、むしろ早い方ですらある。
「あら、来ましたわね。別に遅刻というわけでもないのだから、気になさらずとも結構でしてよ」
「呼び出したのはこちらだし、先に着いて待っているつもりだったんだけど……ですけど」
敬語とタメ口が入り混じったぎこちない話し方は、彼が異世界方面軍のファンだからだろうか。
既に何度かは顔を合わせたことがあるにも関わらず、どうやら未だに緊張しているらしい。
「こちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
ともあれ、クリスに促されるまま席に座る大和。
「とりあえず、何か注文するといいですわ。もちろん貴方のおごりでしてよ!」
「あ、じゃあお言葉に甘えてコーヒーを――――え、あ、僕のおごりか。なるほどなぁ……いや全然いいんだけど」
嬉しそうな顔をしたかと思えば、途端に落胆する大和。
おごってくれる程度には信頼を勝ち得ているのか、と思った矢先にこれだ。上げて落とすのはアーデルハイトの常套手段であるが、耐性のない大和にはそれなりに効いたらしい。
そうしてアーデルハイトが、テーブルに備え付けられたボタンを連打する。
いつもならばウーヴェか、あるいは他の一般店員が注文を取りにやってくるところだ。
しかしどういうわけか、今回は店長の東雲が直々にやってきたではないか。
それもウーヴェを締め上げている時とは全く異なる、ごくごく真面目な顔でだ。
「大和から話は聞いていると思うけど、今日は私も同席させてもらうよ。今日は店長としてじゃないから、タメ口でいいかな?」
「あら?」
そう一言断りを入れ、自然な流れで席に座る東雲店長。
今回の待ち合わせは、探索者協会渋谷支部長の花ヶ崎刹羅を通し、大和の方から申し入れられたものだ。
その際「姉が同席する」という話は確かにアーデルハイトも聞いていた。だが実際に同席するのはここの店長、東雲だという。
はてさて、これは一体どういうことか。
アーデルハイトは僅かに逡巡したのち、合点がいったとばかりに手を打った。
「あなたたち、姉弟でしたの!?」
「そう――――って、コイツから聞いてないの?」
「初耳ですわよ!?」
アーデルハイト達はこの店を頻繁に訪れているため、当然ながら東雲店長とは面識がある。
アーデルハイトから見た店長のイメージは、あの戦闘バカの手綱を握る凄腕の調教師といったところ。
しかしそれ以上でも、それ以下でもなかった。もちろん特別親しいというわけでもなく、であればこそ、大和と姉弟だなどという話はこれまで一度も聞いたことがなかった。
「私は知っていました」
「ウチも知ってたッス」
「…………うむり」
が、知らなかったのはどうやらアーデルハイトとオルガンだけだったらしい。
とはいえ、知っていたからどうという話でもない。そもそも大和とすら、別に親しいというわけでもないのだから。
「いつも弟がお世話になってます」
「いつも姉がお世話になってます」
そういって頭を下げる東雲姉弟。要するに今回の待ち合わせは、東雲姉弟からの申し入れということらしい。
大和の世話をしたことなど一度もないが、取り敢えずのノリだけで鷹揚に頷いてみせるアーデルハイト。
「苦しゅうないですわ。それで? 今日は一体どういった用件ですの?」
そうして役者が揃ったところで、アーデルハイトは偉そうに本題へと入る。
前述の通り、東雲姉弟とは特別仲がいいという訳では無い。それはアーデルハイトに限らず、異世界方面軍全員がそうである。故に呼び出された理由も、目的も、何もかもが不明であった。もちろん、呼び出される心当たりなども一切無い。
水を向けられた東雲店長が大和の方へと目配せし、深呼吸をするように息を吐き出す。
「今日みんなに来てもらったのは、うちの――――恐らくは兄についてです」
顔を見合わせ、不思議そうな顔をする異世界方面軍の――オルガンを除いた――三人。
こうして聞いてみても、話の内容がまるでぴんと来なかった。
「…………一体何の話ですの?」
兄とは一体何のことか。大和は弟ではなかったのか。
まるで脈絡のない話に、三人の表情が不思議を通り越して怪訝なものへと変わる。そんな三人の疑問に答えるべく、東雲店長は言葉を続けた。
「この間の大阪ダンジョンの配信、見させてもらったんだ。それで、その……最後の方に一瞬だけ、男が扉から出てくるシーンがあったんだけど」
「最後の方…………ああ、勇者のことで――――あら?」
ふと、何かに気付いた様子のアーデルハイト。
次いで店長の口から語られた言葉は、アーデルハイト達を驚愕させるに足る衝撃を持っていた。
「多分なんだけど、あれ…………七年前に行方不明になった、うちの兄さんだと思う」




