第365話 報告回でヤンス
大阪梅田のダンジョンを制覇(?)してから数日後。
久方ぶりの通常配信は、いつもの配信部屋から始まった。
「こんアデ! というわけで、今日は通常配信と言う名の報告回でヤンス!」
:こんアデ!
:大阪遠征おつかれー
:なんて?
:待ってたでぇ!
:なんかトーク回は久しぶりな気がするな
:まーたアデ公が何か変なこと言ってる気がする
:……ヤンス?
「あら、ご存知ありませんでヤンス? これは廓詞という雅な言葉遣いらしいですわヤンス」
:げぇ、また変な知識がインストールされてるゥ
:どうしてこうなった
:妙だな……大阪配信時は普通だった記憶があるぞ
:なんかもうグダってるし、しかも何かが違う
:俺達が求めてる廓詞ってそういうのじゃねぇから!
:俺たちが好きなのは「ありんす」とか「なんし」とかそういうヤツ
:いやまぁ遊女語って意味ではあながち間違いとも言えないんだけど、でもやっぱ思ってたのとは違う
大阪からの帰りにアニメでも見たか、あるいは漫画でも読んだのだろうか。
またぞろ覚えたての言葉を適当に使い、リスナーから突っ込まれるアーデルハイト。数日前のダンジョン探索は中々にハードだった――少なくともこちらの世界基準では――筈なのに、異世界方面軍はすっかりいつもの調子へ戻っていた。
冒頭でアーデルハイトが言っていたように、今回はその後の報告回である。
普段であれば、探索後はさっさと撤収してしまう異世界方面軍。しかし今回ばかりは流石にそうはいかなかった。なにせ今回は、協会からの正式な依頼なのだから。
もちろんダンジョン攻略の様子は、配信を通して協会員達も観戦していた。だがそのあまりの情報量の多さ故、何ひとつ理解が及ばなかったのだ。
魔族がどうだの、イヌがどうだの、転移門がどうだのと――――創作上でよく聞く単語ではあるが、凡そ現代社会では聞くような言葉ではない。挙句の果てには、ダンジョン最奥から日本人らしき謎の人物が登場ときたものだ。もちろん主目的はイレギュラーの排除ではあるが、依頼にはダンジョン内部の調査も含まれている。これでアーデルハイトたちをそのまま帰してしまっては、最早何のための依頼なのか分かったものではない。
そうした諸々の情報共有や提供、そして大阪観光により、彼女らの帰宅はずいぶんとずれ込んだ。
今日まで配信がなかったのは、そうしたやむを得ない事情があったからというわけだ。
「というわけで皆様、その後が気になりますわよね? あ、口調は飽きたので戻しますわ」
:わはは、こやつめw
:気分屋過ぎるんだよなぁ
:俺達は今日ももてあそばれている
:そもそもからして、ですわ口調でキャラ濃いんだから
:チキン南蛮にカレーかけるのやめてね
:嘘みたいだろ、コレ公爵家のご令嬢なんだぜ
:しかも騎士団長なんだぜ
:おう、それでいいんだよ
おまけにストッパー役のクリスは、例の後遺症で未だに萎んだままでいる。
基本愉快犯な汀は画角の外で楽しそうにしているし、駄エルフはリビングで映画を見ている。結果として、アーデルハイトの適当なトークを咎める者はこの場に居なかった。
「あれから本当に大変でしたのよ? 月姫は何を見ても興奮して騒ぐし、ベッキーは知らないおじさまと喧嘩しますし、ウーヴェは迷子になるし……その他にも色々と。あんなやかましい方々、二度とご一緒したくありませんわ」
:全部草
:解 釈 一 致
:聴取の話じゃないのかよw
:何か問題かね君たち?
:いやまぁ確かに、むしろそっちのほうが気になるかも
「ああ、そうでしたわね。わたくしとしたことが、つい愚痴を…………ではまず、恐らくは皆様が最も気になっていることからお話いたしますわ」
そう言って姿勢を正し、如何にも『ここから真面目な話ですよ』といった雰囲気を作るアーデルハイト。
カメラをまっすぐに見据えた彼女はそのまま、何やら手招きを始めた。直後、配信画面の両サイドから白黒の毛玉が飛び込んできた。
「というわけで、オルとロスが無事に方面軍入りしましたわよー!」
:絶対そっちじゃないだろw
:うおおおおおおお!! ……うおおおお?
:ラストに出てきた謎の男の話ちゃうんかーい!
:嬉しいけどそうじゃないだろという気持ちで胸がいっぱいです
:イッヌ加入は普通に嬉しいからなんか複雑
:連れ出し許可出たのか。まぁお肉先輩とか毒島さんのこともあるし今更か?
:何故アデ公だけが可愛い生き物をダンジョン外に連れ出せるのか
:異世界パワーに決まっとるやろがい!
「もちろん、色々と条件は付きましたけれど…………とにかく、今後はこの二匹もよろしくお願いいたしますわ」
言葉が理解出来ているのか、それとも理解してはいないのか。
アーデルハイトの両サイドを固めた二匹のサモエドもどきは、ただ舌を出しながら『へっへっ』と笑うばかりであった。
「さて、次の報告ですわ。わたくしとしては話題に出すのも嫌なのですけれど…………先程からみなさんが言っている、例の怪しい男についてですわね」
:そうそうそれそれ
:どう考えてもそれが本命だろw
:俺は魔族とやらにも興味あるけど
:転移門云々の話も出てたし、ここは深堀りして欲しいところ
:むしろ今日はこの話のために枠とったみたいなもんでしょ
:頼むぞ団長……!
嫌悪感を隠そうともしないアーデルハイトの表情。
初配信からこちら、アーデルハイトとリスナー達はもうそれなりの付き合いだ。
よほどの新参でもない限り、うっすらではあるが男の正体に目星はついていた。
アーデルハイトがこのような顔を見せる相手など、リスナーたちは二人しか知らない。
それは頻繁に出てくる名前ではないが、しかし初配信から度々聞いてきた名前。つまりアーデルハイト曰くの、『いつかボコボコにするリストの上から二番目』である。それがついに姿を現したのかと、ついに詳細を聞けるのかと、リスナー達が緊張した様子でぐっと息を呑む。これまで触りしか聞いてこなかったこともあり、彼らの興味がいや増すばかりであった。
「結論から言えば、みなさんの想像通りですわ。あの男は勇者――――つまり、わたくしにとっての敵でしてよ」
苦虫を噛み潰したかのように、それはもう忌々しそうに語るアーデルハイト。
やはりそうだったのかと、これから始まるであろう異世界トークに期待を寄せるリスナー達。しかし、そんな彼らの期待は、あっけなく奪われてしまった。
「はい以上、終わりですわ。では次の話題に――――」
:あっ、おい待てぃ
:やっぱりそうなのか!?
:全く語る気無くて草
:死ぬほど嫌そうな顔たすかる
:ですよねw
:完全に名前を言ってはいけないあの人で草
:嘘みたいだろ、これで終わりなんだぜ
:知 っ て た
ずっと気になっていた話題だ。当然リスナーたちは待ったをかける。
しかし冗談かと思いきや、アーデルハイトは本当にそれ以上何も語りはしなかった。
な、なんだってー!?
まさか勇者だなんて……!




