第363話 下半身直結男
生きとし生けるもの、その全ては『魂』を持っています。
まぁ、魂というのはただの例えですが――――リソース等と言い換えてもよいかもしれません。とにかくそういった、世界を構成するひとつの要素を持っています。地を這う虫けらだろうと、そこらの雑草であろうと。魔物も魔族も、そして人間も。命あるものならば例外なく、皆等しく魂を持っています。
ですが、魂の大きさはそれぞれ違うのです。
一の魂を持つ者もいれば、十や二十、或いは百。果ては万にも届こうかという大きな魂を持つ者が存在します。
得てして、そうした者たちは強大な力を持っていることが多いと言えるでしょう。ですが真に重要なのは、その者の生命としての質。
例えば。
塵芥の如き路傍の蟻でさえ、稀に極上の魂を持つ個体が現れることもあります。
その場から動くことすら叶わぬただの植物だというのに、世界を照らさんばかりの生命力を発揮する存在がいます。
それぞれの社会に於いての地位や名誉などは関係なく、ただ一個の生物として最上の輝きを放つ者。深い闇の中でさえ、その眩い光で道を照らす者。そういった存在を指して、我々は『煌めく者』と呼んでいます。『魂』の質が高いということは、生命力に溢れているということ。魔物であれば強く、大きく、頑強に。植物であれば太く、高く、広範に。人間であれば強く、若く、長く。
ああ、なんと醜悪なことでしょう。
輝くのは私だけでいいのに。
それはさておき――――この世界には、保有できる魂の総量に限りがあります。
何か不都合があるのか、あるいはこの世界を創造した神の力にも限界があったのか。理由は知りませんが、とにかくそういう風に作られているのだそうです。無制限というわけにはいかないのです。どこかの誰かが命を落とし、それによって『魂』が世界の限界量を超えた時、その『魂』は輪廻を外れ消滅してしまうそうです。もったいない事ですね。
とはいえ、もちろん余裕はたっぷりあります。
ある種、超常的な存在で溢れるこの世界ですから。ちょっとドラゴンが大繁殖した、という程度で限界を超えてしまうのでは話になりません。
少なくともこの世界に於いては、そのような事態にはならないでしょう。たとえ『煌めく者』がどれほど命を落とそうとも、また新たな『煌めく者』が世界のどこかに生まれるだけなのです。
では、そうした圧倒的な質を持つ『煌めく者』の魂を、それほど容量に余裕がない世界に送ればどうなるでしょうか。仮にその世界で『煌めく者』が命を落としたとして、その魂はどうなるでしょうか。先程私が申し上げた例に当てはめるとすれば――――。
そう、消滅するんです。
何度でも言いますが、これは非常にもったいないことなのです。
もったいないので、私が使って差し上げようと思ったんです。
他者の魂を取り込めば、当然ながらその分の質が向上します。そんな手段があるとは知りませんでしたが、どうやら彼女はその手段を持っているらしいのです。祈りを捧げていた私の下へと天啓が降りた時、私は歓喜の涙が止まりませんでした。だってそうでしょう。それだけ良質の魂であれば、私の魂を磨くのにうってつけだと思いませんか。
世界に唯一、輝くべきは私のみ。
そうでなくてはならないのですから。
つまりこれは利害の一致で、これは私と彼女の取引なのです。
自らが受ける筈だった信仰――人ならざる身で、随分とまぁ俗っぽい欲だとは思いますけれど――を阻害する存在、幾度消しても現れ続ける目障りなイレギュラー。それを動けない彼女に代わり、私が排除する。その対価として、私は自然消滅するはずだった魂の研磨剤を頂く。彼女は信仰を集められてハッピー、私も自分磨きが出来てハッピー。あぁ、誰もが幸せになれるなんて、なんて素晴らしいお仕事なのでしょう。
だというのに、です。
彼女からは『過酷な世界』と聞いていましたが、どうやら嘘――――というより、恐らくは何か認識の違いがあったようで。
あちらに送った者達は誰一人として、未だ命を落としていない様子です。送られてくる筈のモノがまだ送られてこないのだから、これは間違いないでしょう。
あの方々にはもう、ため息しか出ません。
私の役に立てるというのに、どうして素直に死んで下さらないのでしょうか。
* * *
「キミから僕を呼び出すなんて珍しいじゃあないか、ルミナ」
いっそ病的なまでに真っ白な部屋の中、男が軽薄そうな笑みを浮かべていた。
そのヘラヘラとした顔をみる度、ぶち殺してやりたくなる気持ちを抑えるのに苦心する。そんなどす黒い内心をおくびにも出さず、聖女ルミナリアはにこりと笑った。
「如何に私であろうと、そう軽々には招待できませんよ。貴方は勇者なのですから」
無論、嘘である。
そもそもルミナリアは、勇者に対して何の感情も抱いていない。
多少色目を使って操りはしたが、それだけだ。アーデルハイトは勘違いをしていたが、この二人は関係を持ってはいない。勇者は発情期の猿が如く迫ってきたが、ルミナリアはそれを上手く利用していたに過ぎない。とはいえ色仕掛けじみたことを行ったのは確かであり、売女と罵ったアーデルハイトの言葉も決して間違いではないのだが。
「キミが呼んでくれるのなら、僕は何万光年離れていても飛んでくるのに」
「何万光年……ですか? それは一体どういう意味でしょう」
「ん、あぁいや、そうだったね。まぁ要するに、どこからでも駆けつけるよって意味さ」
「誰にでも言ってそうですけどねぇ。相変わらず、冗談がお上手なようで」
なんとも微妙な空気感だった。
やはり恋人同士、というような関係には見えない。
とはいえ、このようなやりとりはいつものこと。
勇者の軽薄な態度も、歯の浮くようなカス台詞も、ルミナリアの耳を風の如く通り抜けてゆく。
「実は…………貴方の力を見込んで、お願いしたいことがあるんです」
「もちろんオッケーだよ」
「……まだ内容を言ってませんよぉ?」
「聞く必要はないね。ルミナの願いなら全てこの僕が叶えてあげるよ」
この勇者という男は、相手が美人であれば基本的にこうなのだ。
加えてほんの少し科を作るだけで、あとはもう好き放題、操り放題。所詮は他者に与えられた借り物の力でイキがるだけの、下半身直結男に過ぎないのだ。勇者としての力がなければ、ルミナリアとて相手にしたりはしない。だがその借り物の力がひどく強大なため、敵に回すには少し厄介で。聖女などと呼ばれはしても、ルミナリアは単純な戦闘力では六聖の中でも最下位クラス。恐らくはオルガンと同程度であろうか。故に勇者を従えるのではなく、操ることを選んだ。前回も、そして今回も。
「そうですか。ではお言葉に甘えて――――」
「デート一回で、ね」
「…………成功したら、考えておきます」
「ホントに? よぉっし、やる気超出てきた!」
ルミナリアは努めて冷静に、勇者へと向き直る。
そうして、まるで王命でも下すが如く鷹揚に頷いた。
「では勇者――――ミナト・シノノメはこれより、地下の転移門を用いて異世界へ向かって下さい」
「オッケー! まかせ…………うん?」
「そこに潜伏しているであろう六聖三人を、確実に始末して下さい」
「…………うぅん?」
「ああ、安心して下さい。向かう先は貴方がよく知る世界――――の、筈ですので」
「よしルミナ、ちょっと待とうか。やっぱりもう少し詳しく話を聞かせてくれ」
流石の下半身男も、これに流されてはくれなかった。
というわけで、大阪編は今回で終わりになります。
皆さんはお気づきだろうか…………
実は結構、終わりが近いんです。
もしかするとそのうち書き溜め期間に入るかもしれませんが、その際は告知致しますので!




