第361話 マジで何しに来てんスかね
「どうやらあっちの二人は終わったみたいよ。まぁ、別に心配なんてしてなかったけど」
「ククク、流石は我が師! また意味不明な手練手管で撮れ高を確保したのだろう!」
「まァ当然だな。正直、あの二人が負けるトコなんて想像出来ねェよ」
アーデルハイトとウーヴェが、それぞれの敵を倒した直後。
報告を受けた三人の反応はこうだった。言葉こそ三者三様だったが、内容に関してはほぼ同じだ。
現代では最強クラスの実力を持つこの三人だが、ではアーデルハイトやウーヴェが相対した敵と戦って勝てるかといえば、答えは断じて否である。
誰もがそれを分かっているからこそ、異世界からやってきたチーター二人組への信頼はこれほど厚いのだ。とはいえ、片方は舐めプのせいで苦戦したのだが。
なお月姫は英語話者ではない為、レベッカとの会話が成立しない。
故にこの場では莉々愛が通訳じみた真似をしているのだが――――不思議と、月姫とレベッカは意思の疎通が取れている様子であった。いつぞや有明で共闘した際もそうであったが、恐らくはトップ探索者同士で通ずるところがあるのだろう。会話の流れと身振り手振り、目線や雰囲気、そして佇まい。或いは野生の勘などといった、胡散臭い要素が関係しているのかもしれない。いずれにしても手間が省け、莉々愛にとっては大変結構なことである。
「であるならば、後は我らが此処を制圧するのみ」
「そーゆーこったなァ」
「何でアンタら会話出来てんのよ…………」
三人が今いる場所、それはここ梅田地下ダンジョンの最下層。
出雲ダンジョンとは異なり、面倒なギミックなどは特に無かった。強いて言えばただひたすらに階層が多かった、というくらいか。もちろんそれも、通常の探索であれば十分に厄介な要素ではあるのだが――――現在このパーティーには異世界動物軍団こと、肉と愉快な仲間たちが居る。雑多な魔物は蹴散らしてくれるため、三人はただ汀の案内にしたがって走るのみであった。故に、体力も気力も温存出来ている。
そんな彼女らの眼前には今、厳しい大きな扉が聳え立っていた。
鉄ではない何かしら、おそらくはダンジョン由来の金属で出来た両開きの扉だ。大きさは数メートルもあるだろうか。見たことのない彫刻に、見たことのない装飾。ここが最下層であると、汀に言われるまでもなく一目で理解る。
「如何にも『ここにボスが居ますよー』って感じね。一周回って胡散臭いわ」
「軽井沢つッたっけか? あそこにはこんなモン無かったがなァ…………」
「我が同胞と共に先ごろ併呑した、あの渋谷にも無かったな」
しかし三人はこの扉が妙に気になった。
ここまでは何の変哲もないダンジョンだっただけに、突如として現れたこの扉が浮いているように見えて仕方がないのだ。いずれにしても突入することにはなるのだが、その異様な佇まいに気圧されてしまったのかもしれない。
そうして、三人がじっと扉を睨みつけること少し。
どうやら肉の我慢が限界に来たらしい。ダンジョン内に訪れた束の間の静寂を切り裂き、彼(?)はどたばたと扉に突進していった。肉は突進の勢いをそのままに、『邪魔をするな』とばかりに扉へ衝突。あたりに轟音を響かせると同時、肉はぽよんぽよんと反動で地面を弾み、そのまま三人のところまで戻ってきていた。
「あっ、普通に開いたわね……」
「…………ま、いつまでもここで眺めてるワケにはいかねェわな」
「クク、流石は我が眷属。大義で――――あっ痛い! 噛まれた! 明らかに人語を解してる!」
先程あったはずの僅かな緊張感はどこへやら。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、ゆっくり扉の中へと歩みを進める三人と数匹。
とはいえ流石は異世界の怪しい薫陶を受けた三人、とでもいうべきか。これで気を抜いているわけではなかった。
先頭を歩くレベッカは、その鋭い眼差しで薄闇の中を睨みつけている。月姫も同様に、足に噛みついた肉を引きずりながら左右を警戒している。そして最後尾を歩く莉々愛は、一歩引いた場所から全体を視界に収めていた。何しろボス部屋であることには間違いないのだ。どこから敵が襲いかかってくるのか分からない以上、警戒しすぎるということはない。三人はそう思っていたのだが――――。
「……うん?」
「……何も出てこねェじゃねェか。こういうのを肩透かしってンだよ」
「痛い痛い! すみませんお肉先輩、調子に乗りました」
それだけ警戒していたというのに、実際には何も起きなかった。
フロアに足を踏み入れた瞬間に襲われなかったことが、未だ会話以外の物音がひとつも聞こえないことが、いっそ不気味なほどであった。
ゆっくりと、しかし確実に歩みを進めてゆく三人。
フロア内は薄暗いため、視覚的にはまだ部屋の全容が見えない。だが少なくとも、魔物の気配は微塵もしなかった。
「ここまでの大部屋だと、流石に照明が欲しいわね」
「でもなんか、あっちの方はちょっとだけ明るいよ?」
そう言って月姫が指差す先。
明るいというには少々語弊があるが、しかし小さな光源がみっつ、確かにあった。
「まごついてても埒が開かねェ。行ってみようぜ」
ボス戦だと息巻いていたレベッカは、すっかり毒気を抜かれた様子であった。
気配に敏感な彼女は、どうやらフロア内に魔物が居ないと確信しているらしい。警戒する様子も見せず、薄暗闇のなかをずんずんと進んでゆく。
しかしレベッカの言うことにも一理ある。敵が出てこない以上、フロアの探索を行うしかないのだ。結局、莉々愛と月姫もそれに続いた。
そうして歩くこと一、二分。
そこで三人が発見したものは――――。
「あァ? ンだよコレ、また扉じゃねェか」
そう、また『扉』であった。
先程見た扉とは異なり、今度のものはそれほど大きくはない。
高さは二メートルほどで、精々が金持ち屋敷の正面扉、といった程度だろうか。扉の外周は石造りの枠で固められており、石枠にはレリーフ状の紋章が五つ、それぞれ対角線上に配置されていた。加えて紋章レリーフのうち、みっつが光を放っている。先程月姫が見つけた光源は、どうやらこの紋章の輝きであったらしい。
そんなどこか儀式めいた怪しい扉が、フロアの中央で、やはり石造りの円形台座にぽつんと立っていた。
当然ながら、どこに通じている扉というわけでもない。文字通りの扉がフロアの中央で、ただただ立っているだけだった。
「何よコレ」
「まさかとは思うがよ、ここに来て謎解きじゃねェだろうなァ?」
扉を見つめて眉を寄せる莉々愛、辟易とした表情で煙草に火をつけるレベッカ。
ボス部屋と思しきフロアにあったのは、怪しさ満点だが用途の分からない謎の扉がひとつだけ。二人が頭を抱えるのも無理はないとだろう。しかし唯一、月姫だけは何かに気付いた様子であった。
「んー……? なんかコレ、どこかで見たような気が…………」
扉のすぐ前まで歩み寄り、じっとレリーフを観察する月姫。
この扉の用途はもちろん分からない。しかしこの初めて見る筈のレリーフが、彼女には不思議と既視感があった。
「月姫、何か知ってんの?」
「いやぁ、知らない。知らないんだけど…………うぅーん、なんだったかなぁ…………」
月姫はうんうんと唸りながら、扉の周りをぐるぐると回り観察を続ける。脳裏にこびりついた既視感。喉元まで出かかっている既視感。しかしその正体がなんなのか、月姫にはどうしても思い出せなかった。
* * *
「あれ? なーんかウチも見たことある気がするなぁ…………ミーちゃんは見覚えないッスか?」
「んぅ…………フゴッ」
「この駄エルフ、マジで何しに来てんスかね?」
一体何なんだコレは!(棒




