第359話 乳圧で気分が悪くなってきとるんじゃ
「実はウチ、リアルでアニメの必殺技とか見るのが夢だったんスよ」
:どんな夢やねんw
:分かるけど分からない
:いやまぁ、好きな技とかは真似しちゃうよね
:コスとかは色々出来るけど、必殺技は流石に出来ないしな
:とりあえず雨の日の帰りは逆手で傘持つよな
「オッサン乙ッス」
:なにおう!?
:なっ……何故バレた!?
:オメーが言い出したんだろうが!
:ネタはしっかり分かるんだなw
:まぁ女の子はあんまそういうのしないか……
「いやまぁ、ウチはしてたッスけど」
:してたんかいw
:根っからのオタクで草
:やっぱミギーはそうでなくっちゃ
:今どき性別なんて関係ねぇよなぁ?
「それで結局、何が言いたいのかっていうと……」
ダンジョン攻略配信の裏枠で。
そう前置きし、汀は高らかに拳を突き上げた。
ガタリと揺れるテーブルの勢いに、隣で寝ていたオルガンが顎を強打する。
「っしゃああああ! 遂にリアルで見れたぞォー! しかも一番再現が難しいであろうロボアニメっス! いえーい!」
配信チェック用のモニタに映っていたのは、煙を上げながら地面を滑るウーヴェと、そしてただの一撃で爆散したオルガンコレダーの無惨な姿であった。
如何に創聖オルガンの作った魔導具といえど、ウーヴェの拳と魔力の過負荷には耐えられなかったらしい。莉々愛から貰った――勝手に使ったとも言う――有り合わせの素材で作ったという事情もあるだろうが。
「いやぁ、お嬢はすぐにアレンジしちゃうから完コピはなかなか見られないんスよねぇ……」
:あーね?
:わかる
:ネーミングセンスはマジでどうにかして
:俺は好きだよ、お嬢のダサ技
:ダサいだけならまだしも、アデ公たまに嘘つくじゃん
:ノーブルスラッシュ(突(大嘘(ビジュアルで差をつけろ
汀が懇切丁寧に説明しても、アーデルハイトはすぐにアレンジしてしまうのだ。最終的には怪しい技名まで付ける始末で、もはや汀の求める必殺技とは別物になっている場合が殆どだ。故にこうして素直に再現してくれるウーヴェは、汀にとっては貴重な存在であった。余談だが、オタク仲間である筈のクリスは頼んでもやってくれなかったりする。『自分がやると本家のイメージが壊れる』という微妙にやかましい理由で。
そうして汀と視聴者達が盛り上がっていた時。
つい先程まで鼻提灯を膨らましていたオルガンが、半開きの眼を擦りながらむくりと起き上がる。テーブル上に顎を突き出す格好で寝ていたためか、或いは先程打ち付けた所為だろうか。彼女のぷに顎はほんのりと赤くなっていた。
「あ、起きた」
「…………なん?」
「ちょうど今、ウチが見たかった必殺技を宇部さんが再現してくれたところッス。ちなみにオルガンコレダーは壊れた」
「…………ほーん」
自らの作った装備が壊れたというのに、しかしオルガンは何の興味も無さそうにそう呟き、再びテーブルへと突っ伏した。
これまでに製作した数々の生活魔導具にしてもそう。いつぞやの『百腕の巨人くん』にしてもそう。先の『収納カバン』にしてもそうだ。彼女にとっては作るまでが楽しいのであり、完成した魔導具のその後には一切の興味がない。それはオルガンコレダーとて例外ではなかった。そもそもからして、ただの手慰み程度で作ったオモチャに過ぎない代物だ。完成品が実際にどのような効果を発揮しようと、それすらもどうだってよいのだ。
「いや自分の発明に興味なさすぎでしょ。っていうかもう寝てるし」
そうして一分も立たないうちに、再びすやすやと寝息を立て始めるオルガン。
本人は知る由もない事で、かつ知ったところで興味を示すことはないだろうが――――そんなオルガンには大量の投げ銭が飛んでいた。
「まぁ納豆代は自分で稼いでるから、別にいいんスけどね」
:働かざる者食うべからずという慣用句に真っ向から立ち向かう女
:働かないが食うエルフ
:いやオルたそは種族がズルいじゃんね
:よーしよし、おじさんが好きなだけ納豆食わせてやるからな
:通報した
:何でだよ!!
「ウチが代わりにお礼しとくッスよー。エルフスキーさん赤スパありがとうございまーす。おじTAXIさん、ありがとうございますー。kururu9696さんも、上限ありがとうござ…………ん?」
タイムリミットが迫るダンジョン内とは裏腹に、普段通りの弛緩した空気に満ち満ちた裏枠であった。
* * *
一方その頃。
舐めプをした挙げ句にピンチとなってしまったアーデルハイトは、すっかり防戦一方となっていた。
「冗談じゃありませんわよ!?」
ただでさえ攻撃が通じないというのに、背後には動けないクリスが突っ伏している。
斬り飛ばしたズラトロクの腕はまだ再生しきっていないが、しかしその場から動けないというハンデを背負っているが故に、流石のアーデルハイトも徐々にダメージを受け始めていた。輝く金色の髪は砂埃で薄汚れ、額からは一筋の朱。アーデルハイトが戦闘中に傷を負うなど、同格であるウーヴェとの模擬試合を除けば、それこそ巨獣戦以来のことであった。
このまま攻撃を凌ぎ続けたところで、クリスが戦闘可能になるわけでもない。
どうにか打開する必要があるのだが、しかし攻撃が神気によって弾かれてしまうためそれも叶わない。加えて、六聖といえども体力の限界は確実にある。そしてそれは、そう遠くないところまで来ていた。撮れ高に取り憑かれ舐めプに走ったツケが、真綿で首を絞めるかのようにゆっくりとアーデルハイト追い詰めてゆく。
と、そんな時だった。
アーデルハイトが敵の攻撃を大きく弾いた時、白くモコモコとした毛玉が彼女の胸元から勢いよく顔を出した。
「んほぉー! やっと出れたわい!」
「運営さん!? いつの間にそんなところに!?」
「いや、お主がここにわしを突っ込んだんじゃろ」
「…………そう言えばそうでしたわね」
愛くるしい容姿をしているが、見た目は完全にただの毛玉、あるいは白い饅頭だ。
故に表情こそ読み取れはしないが、声音から察するに運営さんは随分とお疲れの様子であった。なお、小動物の力では乳の谷間から顔を出すのが精一杯らしく、胴体は未だに埋まったままである。
「今はちょっと取り込み中ですので、もう暫くそのままで居て下さいまし」
「早めに頼むぞい。お主が飛んだり跳ねたりするもんじゃから、乳圧で気分が悪くなってきとるんじゃ……」
マットで全身を挟まれ、そのまま揉みくちゃにされているようなものだろうか。
成程確かに、小動物形態の依代には堪えることだろう。もちろんアーデルハイトとしても早く解放してやりたいところであったが、如何せんジリ貧気味の膠着状態である。急いで倒せなどと言われても、それが出来るのならとうにやっている。否、本来は出来た筈なのだが――――それもこれも、全ては舐めプ癖のせいであった。
「そう簡単に倒せるなら苦労しませんわよ!」
「まぁほれ、それをやるのがお主の仕事じゃし?」
「他人事みたいに言いますわね!? それに、元はと言えば貴女の妹の所為ですのよ!? 一体何ですの、あの怪しい障壁はっ! 刃が通りませんわ!」
「いやあんなもん、いもバス使えば一撃じゃろ」
「神の力だかなんだか知りませんけど、あんな卑怯な――――なんですって?」
まるで痴話喧嘩のように、やいのやいのと揉める中。
アーデルハイトはふと、何か聞き捨てならない言葉を聞いたような気がした。
「『神刀・天楼都牟刈』の能力を使えば一撃じゃろ、と言うたんじゃ」
「……っどどど、どういうことですの!? 詳しく説明なさい!」
「詳しくも何も、神刀・天楼都牟刈は神を殺す為に生み出した剣なのじゃぞ? その残滓でしかない神気なぞ、人参より楽に斬れるわい」
「なっ……そんな能力があるならもっと早く言って下さいまし!」
「前に説明したじゃろ……お主らじゃんけんで所有権の押し付け合いしとったけど」
そんな運営さんの言葉を最後まで聞くことなく、アーデルハイトが虚空に左手を伸ばす。
右手のローエングリーフで敵の攻撃を弾くと同時、伸ばした左手をぎゅっと握りしめた。
次いで呼ぶ。
『入手したばかりでまだ得体が知れない』というだけの理由で振るうのを控えていた、その神器の名を。
「来なさい、天楼都牟刈ッ!」
「いもバスな、いもバス」
そこ代われ駄兎




