第358話 出来るだけ全力で叫ぶように
魔導具。
それは魔法が使えずとも、魔力さえあれば誰にでも使うことが出来る、あちらの世界に於ける便利な道具の総称である。
日常生活に役立つものもあれば、魔法剣のような戦闘装備まで、その種類は多岐にわたる。
そして現在。
魔導具製作分野の頂点でゴロゴロと寝転んでいるのが、他でもない駄エルフことオルガンであった。
元々彼女の専門は錬金術なのだが、錬金術は何をするにもそれなりの待ち時間が存在する。そんな待ち時間を埋めるため、片手間で始めた魔導具作りだったのだが――――なかなかどうして、暇つぶしに丁度よかった。そんなオルガンの暇つぶしで生み出された数々の魔導具達は、既にあちらの世界では無くてはならないものとなっている。
しかしオルガンが作り出す魔導具には、用途不明のゴミアイテムも多い。
割合で言えば二割が画期的な発明で、怪しいゴミが七割。残りの一割はクソの役にも立たない超ゴミである。
そしてウーヴェが借り受けたこの『オルガンコレダー』も、七割を占める怪しいゴミの一種だった。
「む……流石に裸拳とは違うな」
動作を確かめるかのように、両手に装着した手甲をにぎにぎと動かすウーヴェ。そうしてどうにも馴染みの悪い手甲を見つめ、むっつりと眉を顰める。
拳聖というだけあってか、彼は基本的に徒手空拳で戦うことが多い。全く使わないというわけでもないが、それも極稀に石を投げたりする程度の事。それもその筈、神器にも匹敵する自前の拳がふたつあり、他の武器を使う必要などないのだから。そんなステゴロ至上主義のウーヴェにすれば、手に何かを装備するというのは違和感しかなかった。それが怪しい試作品ともなればなおさらに。
とはいえ、自前の攻撃手段だけでは死神を捉えられないのだから仕方がない。
使い方についてはオルガンから説明を受けたし、汀からは必殺技まで教わっている。拳を覆う異物感には未だ慣れない上、試運転なしのぶっつけ本番という点が気がかりではあったが――――何度か使う分には問題ないだろうとウーヴェは判断した。
「よし……やるか」
そうぽつりと呟く顔には、些かの不安も見られない。
あるいは動作不良によって爆発四散する可能性もある、とオルガンから説明を受けていたウーヴェだが、そんなものは知ったことではない。仮に装備した手甲が爆発などすれば、そこらの探索者であれば当然大怪我を負うだろう。しかしウーヴェにとっては些細なことだ。その程度で負傷するほどヤワな鍛え方はしていない。
そうして再び迫る死神を睨みつけ、まるで飛ぶように駆け抜ける。
鍛え抜かれた脚力により、ウーヴェは一歩目の時点で既に最高速へと達していた。先程作った間合いを自ら埋め、ウーヴェが死神へと躍りかかる。しかし敵は生命ではなく、そうあるべくして生み出されたシステムだ。目で敵を追っているわけではないためか、ウーヴェの神速はしっかりと死神に捉えられていた。
とはいえこの程度の速さであれば、捕捉してくる相手は他にいくらでもいる。
アーデルハイト然り、勇者然り。あちらの世界で言うところの六聖クラスであれば、まず間違いなく反応してくるであろう。もちろんウーヴェも、反応されること前提で距離を詰めている。故に振るわれた死神の大鎌にも、彼は難なく対応してみせた。
「ぬるい」
禍々しい曲刃が自らの身体へ届く前に、柄の部分を左足で思い切り踏みつける。
死神本体とは違い、この大鎌には質量があるのだ。振り切る前に円運動を遮ってしまえば、支点を失った大鎌は驚くほど簡単に止まる。
もちろん、これは殆ど狂気の沙汰とも言える行為だ。間合いを見誤れば、一瞬でも反応が遅れれば、高速で動く柄を踏み外せば。何かひとつ失敗するだけで、上と下が永遠にお別れしてしまうのだから。
敵の主武装を止めたことで、死神の動きが僅かな硬直を見せる。
これが通常種の死神相手であったなら、間髪入れずにウーヴェは拳を叩き込んでいたことだろう。
しかし相手は変異種。『劫眼』を発動したウーヴェには、死神の肩口が揺らめく様子がしっかりと視えていた。
間髪入れずに射出された圧縮魔力を、素早く首を傾けることで難なく回避してみせるウーヴェ。
たとえどれだけ肉薄していようと、たとえどれだけの速度で放たれようとも。攻撃の予兆を視覚情報として視る事が出来る彼の前では、最早ただの予告攻撃でしかなかった。
「単調な動きだ。どれだけスペックに恵まれていても、洗練されていなければ宝の持ち腐れだぞ」
なにやら含蓄のあるセリフを吐きつつ、ウーヴェが死神の胸元へと手を伸ばす。
それと同時に、『オルガンコレダー』の親指あたりに取り付けられた小さなボタンを押す。すると手甲が青い稲光を放ち、バチリと大きな音を立てて爆ぜた。
その瞬間、先程まではまるで掴めなかった死神の胸部――――昏い闇が広がるばかりのそこが、棒か何かでかき混ぜられたかのように渦を巻き、次いで僅かに散り広がった。
「ほう……変異種とはいえ、やはり大きな魔力干渉には弱いらしい」
その様子から、ウーヴェはこの装備が死神を倒しうるものだと確信した。
死神を倒す方法はふたつ。ローエングリーフのように魔力そのものを消し去ってしまうか、あるいは巨大な魔力をぶつけて吹き飛ばし、霧散させてしまうかだ。霧や雲を風で散らすイメージ、といえば分かりやすいだろうか。今回ウーヴェが採用したのは後者――というよりも、前者の手段は世界でひとりしか選べない――だが、これがもし半端な魔力波であったなら、吹き飛ばし切る前に再び集まってしまうのだ。しかし先の反応を見た限り、このオルガンコレダーはどうやら、死神を消し去るだけの魔力波を放つことが出来るらしい。何しろ先の一撃は小手調べ、オルガンが言うところの最低出力だったのだから。
「ふむ……魔法使いは皆、このような感覚なのだろうか? 成程、確かに俺の好みではないが……存外悪くもないな」
そもそも魔導具とは、魔力を流すことで設定された動作を行うアイテムだ。
子供だろうが大人だろうが、必要魔力量さえ満たしていれば誰が魔力を流しても毎回同じ動作を行う。クリスやオルガンのような魔法使いが使っても、月姫や汀のような初心者が使っても、ほんの少し魔力を流すだけで先程のように稲光を放つ事が出来る。そんな便利アイテムだからこそ、魔力を放出するのが苦手なウーヴェでも扱えるのだ。魔導具はあたかも自分が魔法使いになったかのような、そんな気分にさせてくれる素敵アイテムなのだ。
そうしてウーヴェが珍しく、本当に珍しく楽しそうな表情を浮かべている、その眼前で。
胸元に空いた大穴を塞ぐかのように、闇が渦を巻きながら徐々に元の形へと戻ってゆく。
「そうでなくてはな。遊ぶつもりは毛頭ないが、しかしあっさり終わってもつまらん。ようやく試運転が終わったところでな」
通常種の死神と同様、外部からの魔力干渉に弱いことは分かった。
死神ほど高濃度な魔力体であっても、吹き飛ばしきれるだけの出力があることも分かった。このふたつの情報により、死神を倒す条件は全てクリアされたと言えるだろう。しかしいくらオルガンが作った魔導具といえど、ウーヴェの力にそう何度もは耐えられない。実際オルガンからも『二、三回使ったらぶっ壊れるかも。しらんけど』などという不穏なコメントを事前に頂戴している。
そうした諸々を鑑みた時、今ウーヴェがやるべきことはひとつ――――すなわち必殺の一撃であろう。
事前に汀より受けたレクチャー通り、再び死神から距離をとるウーヴェ。近づいたり離れたり、なんとも忙しのないことである。
そうして両拳を打ち鳴らし、オルガンコレダーの出力が最大になるよう魔力を流し込む。
雷の弾ける音が鳴り響き、激しい稲光がウーヴェの周囲で暴れまわる。その姿はまるで、蒼雷を身に纏う雷神のようであった。そうして準備を終えたウーヴェが、同じく再生を終えようとする死神を標的と定め、睨めつける。既にオルガンコレダーからは高く歪んだ悲鳴のような音が漏れ始めていた。
「何だったか…………そう、確か――――」
先程の突撃よりも更に深く、更に低く。
所謂クラウチングスタートの姿勢にも似た、異様なまでの低姿勢だった。
瞬間、一際大きな破裂音がフロア内を駆け抜けた。
五十メートルはあったであろう彼我の距離を瞬きよりも早く踏み潰し、そしてウーヴェが叫ぶ。『絶拳・穿』、またの名を――――。
「オルガン、フレアアアアーッ!」
基本仏頂面な彼にとって、非常に珍しいことではあるが――――汀に『出来るだけ全力で叫ぶように』と言われていたから。素直に実践するあたり、意外とノリがいい男なのかもしれない。
もうキミにラーメンを作ってあげることは出来ない




