第357話 絶対犯人エルフじゃん……
ウーヴェの『劫眼』は魔力の流れを見て捉える事が出来る。
この能力は魔法の予兆は疎か、その発現座標までをも視認する。故に魔法攻撃には滅法強く、彼には魔法を当てることすら難しい。彼を魔法で制圧したいのならば、点ではなく面で捉える必要があるのだ。
先の矢を掴み取った時もこれと同じ理屈だ。
存在そのものが魔力の塊というだけあって、死神の攻撃はほぼ全てが魔力によるもの。つまりその身に纏った高濃度の魔力を、質量を持つまでに凝縮して放ったのが先程の矢の正体である。例えるなら土魔法の『石弾』に近いだろうか。当然魔法に近しい攻撃であったため、彼の目にはその全てが視えていた。通常の死神は使用してこない攻撃手段だが、予兆が視えているのならば――少なくともウーヴェにとっては――対応は難しくない。
その一方で、自身で魔力を扱うのは不得手であった。
『闘気』なる怪しい独自の力でカバーしてはいるものの、対死神という点ではやはり分が悪い。どれだけ強くても、どれだけ敵の攻撃が視えていても、所詮ウーヴェは人間だからだ。魔力の塊である死神には、いわずもがな物理攻撃が通用しない。それは『闘気』を用いても同じことだ。故にいずれ体力は尽き、次第に後手となってしまう。加えて時間制限のある今、この不利は非常に重い枷となる。
とはいえだ。
死神のヘイトを買うという最低限の役割を果たした今、あとは適当にお茶を濁せばそれでいい。
つまり、この変種の死神を無理に倒す必要はないのだ。だが――――。
「”一握焦土”」
いつものむっつりとした仏頂面で、ウーヴェが死神の胸ぐらへと手を伸ばす。
『一握焦土』とは掌に込めた闘気を掴んだ相手へと直接流し込み、内部で破裂させるという中々にバイオレンスな技だ。相手が通常の生命体であれば致命の一手となる技だが、しかし当然ながら死神を掴む事は出来ず、ただそこにある闇が大きく揺らめくだけであった。
「チッ……これではどうにもならんな」
苛立たしげに舌打ちをひとつくれ、素早く腕を引っ込める。
すると間髪入れず、今の今までウーヴェの腕があった空間を凶刃が通り過ぎてゆく。死神にとってはただそうプログラムされているに過ぎない攻撃だ。そこに殺意や敵意といったものは微塵も感じられない、しかし間違いなく致命の一撃だった。
というよりも死神は、表情や感情といったものが見えない点が非常に厄介なのだ。筋肉の動きや視線で攻撃を予測することが出来ない為、相対した者が強ければ強いほど対応が難しくなる。もちろん実力不足で相対すれば、そんな事を考える間もなくあの世行きである。加えてこの個体は変種であるためか、通常の死神よりも動きが良い。もしウーヴェでなければ、今の一撃で腕の一本どころか、あっさり首まで飛んでいた事だろう。
その後も何度か攻撃を試みるウーヴェだが、そのどれもが効果なし。
一方の死神は周囲の魔力を徐々に取り込み、動きが鈍るどころか、時間と共にキレが増してゆく始末であった。その証拠に、ウーヴェの手数が明らかに減り始めていた。あまつさえ、頬や腕に若干の傷すらも作っている。ダメージと呼ぶほどのものではないが、不利が大きくなっているのは見て取れる。
:もしかして結構ヤバめ?
:相性悪すぎんだろこれ
:どうせまた怪しいパンチで吹っ飛ばすんだろ? とか思ってたけど……
:物理職で霊体相手してるって考えたら、まぁそら無理よなって
:君等感覚麻痺してるよ。常人は死神と戦いすらしない
:然り。逃げの一手よな
:オーッホッホ! わたくしの足元にも及びませんわーっ
:↑ おめーも今向こうで苦戦してんだろw
:(しかも舐めプが原因)
その様子に、視聴者達の間にもゆっくりと緊張が広がってゆく。
アーデルハイトがあれほどあっさり屠って――彼女が倒したのは通常種の死神だが――見せた相手だというのに、相性とはかくも大きいものなのか、と。
そう、何度も言うがこれはただの相性だ。
やたらと所持している神器により、物理系でありながらもある程度は臨機応変に戦えるアーデルハイト。
一方で実力的には同等だが、とにかく物理攻撃に偏っているウーヴェ。どちらが劣っているという話ではなく、どちらが適しているかという話だ。とはいえ状況的に仕方のない組み合わせであり、今更論じたところで意味のない話。
しかしそんな意味のない話を、仕方ないで終わらせられないのがこの男である。
端的に言えば、ウーヴェはこれで中々に負けず嫌いなのだ。そうでなければストイックに修行など出来ないのだろうが。
「……業腹だが、致し方あるまい」
ポツリとそう呟き、一端距離を取るウーヴェ。
無論それで死神が攻撃の手を緩めるわけではないが、間合いを埋めるには多少の時間がかかるだろう。
そうして稼いだ距離を潰されるまでの僅かな間に、ウーヴェは腰元につけた小さなポーチへと手を突っ込む。
何やらゴソゴソと中を探ったかと思った次の瞬間、彼は仏頂面のまま、ポーチから怪しい何かを取り出した。それは丁度、ウーヴェの拳を覆うくらいのサイズだったそれは腰につけたポーチよりも、明らかにひと回り以上大きい手甲であった。
:!?
:……ん!?
:ちょっと待てぃ!
:サラっと何してんだテメェコラァ!
:あーあー、もうこれどうすんのよ
:異世界関連の中でも過去一でヤバいもん出てきたぞ
:真面目に戦ってるかと思ったら急に情報量がパンクして草
:いわゆる収納袋……的なヤツです?
:絶対犯人エルフじゃん……
:あの駄エルフ、いつぞや実用化は無理って言ってたくせによぉ……
視聴者達が戸惑うのも無理はない。
何故ならそのポーチは誰もが知りつつも、しかしこの世界には存在しないもの――――存在してはならないものであったから。
:見ろよ、俺達がギャーギャー言ってるうちになんか装備してら
:嘘みたいだろ? こんなとんでもないもん出しておきながら本人はもう次行ってるんだぜ?
:おっ、なんだお前ら異世界は初めてか? 力抜けよ
:ふん……収納袋くらいで喚くんじゃあねえ!
:ゴブリンサッカーで慣れてる
:実家のような安心感
:古参リスナーが訓練されすぎてる件について
それだけでも情報過多だというのに、配信などに興味のないウーヴェは――そもそも配信中だということすら認識していない――ポーチから取り出したものを淡々と両手に装備した。準備運動よろしくウーヴェが両拳を突き合わせれば、フロア内に重く硬質な金属音が響き渡る。鈍い輝きを放つ手甲は、青く小さな稲光をその身に纏っていた。
「あのエルフの実験台になるのは癪だが……剣聖に煽られるのはより癪に障る。故に、悪いが使わせて貰おう」
そうして死神へと向かって、まるで宣戦布告でもするかのようにウーヴェが拳を突きつけた。
「この――――オルガンコレダーとやらをな」
みんな忘れてたんじゃないのぉ?




