第355話 この気配、恐らく強敵だ
アーデルハイトがしたり顔でピンチに陥り、クリスが地に伏し萎んでいるその一方で。汀からの連絡を受けた山賊チーム一行もまた、月姫と合流すべく移動を開始していた。
「楽しくなって来たじゃねェか。こういうのでいンだよ、こういうので」
明らかに数を増し活発になっている魔物を切り捨て、レベッカは獰猛な笑みを浮かべた。元よりスリルを楽しむ質である彼女だ。暫くの間拠点で待機していたこともあってか、いよいよ退屈が限界寸前だったらしい。大量に垂れ流された魔力と神力により活動限界が大幅に削られたことを考えれば、実際にはそれほど楽観できる状況ではないのだが――――そんなことは知ったことかと言わんばかりに、レベッカはダンジョン内を駆けてゆく。
流石は六聖の弟子とでもいうべきか。
このあたりに出没する魔物はかなり強力な部類だというのに、その殆どを一刀のもとに処理している。ウーヴェに師事する前から戦闘力が高かった彼女だが、闘気などという怪しい技術を習得してからこちら、すっかり化物の仲間入りを果たしている。もちろん異世界組にはまだまだ及ばないが、少なくとも現代に於いては頭がふたつみっつ抜けているだろう。近頃では月姫と並んで二強などと呼ばれているが、それも納得の戦闘力である。副作用なのか、ついでに頭のネジもふたつみっつ抜けている気がするが。
「油断はするなよ。迷っても探してやらんぞ」
「心配すンなって旦那。どっかの誰かみてェに、迷った挙げ句落とし穴に落ちるなンてヘマはしねェよ」
「む……何処の間抜けの話だ、それは」
「さァな」
怪訝そうな顔をしているあたり、どうやらウーヴェは本当に覚えていないらしい。穴に落ちるのが日常茶飯事だからなのか、穴に落ちたくらいではどうにもならないが故に、些細なことだと忘れてしまっているのか。いずれにせよ探索中に交わすような会話ではないのだが、しかしこの二人にはそれだけの余裕があった。なお、現在進軍しているのはレベッカとウーヴェ、そして莉々愛の三人だけである。リナや莉瑠を始めとした残りの面子は、キャンプ地の防衛と撤収準備、及びスタッフの護衛の為に待機となっていた。
「ねぇ……私、本当にこっちで合ってるワケ? 蛮族のお目付け役で選ばれた感が凄いんだけど?」
「アタシとイタい嬢ちゃんだけじゃ、前衛ばっかでバランスがわりィからだろ? ここの大ボスが何なのか分からねェ以上、遠距離キャラは居た方が良い」
遠距離攻撃手段は用意しておきたいが、しかし進軍速度が重要な今、大勢でぞろぞろというわけにもいかない。その点莉々愛は便利だった。確かに月姫やレベッカとは違い、本人の戦闘力はそれほど高くない。だが異世界の怪しい技術介入により、莉々愛は一人で何人分もの火力を出すことが可能なのだ。純粋な火力という点だけで見れば、莉々愛もまた十分に化物側へと足を突っ込んでいる。加えて英語も堪能な為、バランサーとしての役割も期待出来る。そうした点を鑑みれば、この人選はある意味当然の帰結だったと言えるだろう。なおこちらの世界の実力順で言えば、次いで大和と枢、そして英国のアルマとエドといったところだ。
「え……もしかして私、知らない間に変なカテゴリに入れられてる?」
「異世界感染者側へようこそ、ってなァ」
「イヤぁぁぁぁ!」
叫び頭を抱える莉々愛だが、世間的には彼女も六聖――――怪しいエルフの弟子的なポジションとして見られている。ネット上の一部では、実は既に魔法を習得しているのでは、などと噂されている程だ。実際はそんなこともないし、どちらかと言えば勝手に愛銃を改造されただけの被害者なのだが。
そんなくだらない会話を交わしつつ、怒涛の勢いで階層を進むこと暫く。
目的の階層に到着した途端、大きな戦闘音と振動が遠く伝わってくるのを三人は感じた。
「ほう……あの剣聖が珍しく真面目に戦っているらしい」
「なンつー戦闘だよ。クソ、姫さんの方も見に行きてェなァ」
「私は絶対に嫌よ。こんなバカみたいな戦闘が間近で起きたら、命がいくつあっても足りないわ。後からアーカイブで見られるだろうし、我慢してよね」
戦闘の余波が階層の入口にまで伝わるほどの戦闘だ。莉々愛の言う通り、見学するだけで命がけとなるのは間違いない。まともに混ざれるのはそれこそウーヴェくらいのものだろう。仮に安全が担保されていたとしても、三人にそれぞれ別の役目がある以上、観戦や加勢に向かうわけには行かないのだ。莉々愛にそう諭され、レベッカが渋々といった様子で再び走り出す。なんだかんだといいつつも、莉々愛はしっかりと蛮族共の手綱を握っていた。
緊迫しているのか弛緩しているのか、いまひとつよく分からない空気と会話の中。
先頭を走るレベッカの服の首根っこを、不意にウーヴェが引っ張った。
「おぐぇっ」
「待て」
「どう考えても声と行動の順番が逆でしょ……」
莉々愛のツッコミを聞いているのかいないのか。ウーヴェはムスっとした顔のままレベッカを引っこ抜き、自身の背後へと乱雑に投げ捨てる。そのまま立ち止まり、後ろの二人を庇うように先頭に立つ。そうして気持ち程度に険しくなった瞳を、前方の暗闇へと向けていた。なお強制停止によって首が完全にキマったのか、レベッカは地べたで白目を剥いて痙攣している。そんなレベッカには一瞥もくれず、ぼそりとウーヴェが呟く。
「……何か来るぞ」
「え、魔物? 今までみたいに倒しちゃえばいいんじゃないの?」
「いや。この気配、恐らく強敵だ」
「ってことはまさか……死神?」
いつぞやあったアーデルハイトの話に曰く、死神は『ダンジョン内の魔力異常を監視するアンチウィルスソフト』である。そしてイヴリス――――ズラトロクが変異時に撒き散らした魔力は、通常のダンジョンではありえない量であった。つまり今、このダンジョンは非常に死神が発生しやすい状況にあるということだ。アーデルハイトが危惧し、わざわざウーヴェを動かした理由。それこそが『死神』の存在なのだ。
『死神』の本質は魔力の集合体であり、物理的な攻撃が一切通用しない。ファンタジーっぽく言えば霊体系の魔物である。実体を持たぬが故、防御面は言わずもがな、攻撃面も苛烈でそのうえ執拗だ。倒すための手段は限られており、今の月姫やレベッカではとても太刀打ち出来ないだろう。或いは莉々愛の『レーヴァテイン・EL』なら可能性もあるだろうが、この二人では射撃までの時間を稼ぐことが出来ない。故にこその拳聖である。
「もし死神だったら、そいつを引きずって先に行け」
「えぇ……じゃあなんで気絶させたのよ……」
「そんなつもりはなかった」
「そ、そう……まぁでもオッケー、了解よ。要するに手筈通りってコトね」
そもそも前述の通り、死神には物理攻撃が通用しない。アーデルハイトが容易く死神を倒せるのは、偏にローエングリーフの特性あってのことだ。あちらの世界の冒険者でも、死神を倒せるような者は極々僅かしか存在しない。実力よりも相性がモノを言う相手、つまりはウーヴェにとっても不得手なタイプの敵である。闘気によってある程度はカバー出来るし、足止め程度であれば十分に可能だ。しかし倒せるかといえば、正直に言って微妙なところであった。少なくとも、これまでのような強行突破は難しくなる。
今後の方針を再確認し――床の一人はそれどころではなかったが――、再び前方へと意識を向けるウーヴェと莉々愛。すると薄暗闇に包まれた通路の奥から、何か声らしきものが聞こえてきた。
「――――お゛ォォォオ」
それはまるで、地の底から響く怨嗟の声のよう。次いで感じたのは、地鳴りのような空気の揺れ。
「来るぞ」
「え、えぇ」
莉々愛の喉から、ごくりと唾を飲む音がした。
そうしていよいよ姿を現したモノ、それは――――。
「わぁぁぁぁぁあ! ストップ! ストぉぉお゛ォォォオップ!」
馬鹿みたいな速度で駆ける小さな獣と、その尻に齧り付く白蛇。
そしてその白蛇の体を握りしめ、まるで犬ぞりのように引きずり回される月姫の姿であった。
知 っ て た




