第354話 スター拾い食いしたでしょ
仮に制覇され資源用となったダンジョンであっても、ダンジョン内に蔓延る魔物が尽きることはない。それこそダンジョン内に満ちる魔力が、全て無くなりでもしない限りは。そうである以上、アーデルハイトが変異体魔族を抑えているからと言って、他の場所が安全だとは言えない。むしろ変異と同時に垂れ流された魔力の所為か、魔物たちは一層活発になっていた。
如何に汀のナビがあるとはいえ、山賊チームとの合流は至難の業。月姫は当初、そう考えていた。
しかし今、月姫の脳内では無敵用のBGMが流れていた。
「確か……『だんだんなんか簡単になったん』――――だっけ?」
月姫は確かにオタクだが、その知識は偏っている。故にうろ覚えのネットミームを呟いてみるが、いまひとつピンとこなかった。普段であれば視聴者に話を振り、コメントで正解を教えてもらうところなのだが――――残念ながら今はカメラを所持していない。クリスが持つ二台のカメラの内、片方だけでも借りてくればよかっただろうか。いやでも咄嗟のことだったしなぁ。などとどうでもよいことを考えながら、月姫がダンジョン内を駆けてゆく。
当初の予想とは異なり、合流までの道中は大層余裕あるものであった。少なくとも、そんな『ながら走行』でも問題ない程度には。では何故、今の月姫にはそれほど余裕があるのか。その答えは、脳内に流れる無敵用BGMにあった。
実は現在、月姫は最後尾を走っているのだ。
彼女の少し前方では、もふもふとした白黒のケツがふたつ揺れていた。言うまでもなくオルとロスのケツだ。撫でれば大層気持ちが良いことだろう。そしてその更に先、一団を先導するように駆ける小さな生き物がいた。長く白い尻尾――――もとい毒島さんをびたびたと引きずりながら、猛スピードで走るのはもちろん肉である。
「絶対どっかでスター拾い食いしたでしょ」
猪突猛進とはまさにこの事。
鬼と遭っては鬼を斬り、とでも言わんばかりに、行く手を阻む魔物をポコポコと撥ね飛ばしてゆく肉。最早月姫の目には、肉の姿が虹色に輝いて見えていた。無論、これは少々控えめな表現だ。肉の本気の突進を受ければ、『ポコ』などという可愛らしい音など出はしないのだから。大抵の魔物は衝突と同時にミンチだし、そうでなくとも吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてミンチだ。月姫達が通った後は壁から天井まで血みどろで、むしろ飛散する返り血を避ける事に意識を割かねばならないほどであった。
と、そこで月姫の耳へと新たなナビが届く。
【月姫ちゃーん、次の三叉路を右ッスー】
「了解です汀さん!」
汀から月姫へ、そしてその指示は月姫から毒島さんへ。
「毒島さーん! 次は右でーす!」
月姫からの声を受け、毒島さんが自身の尾で舵を取る。『蛟丸』の所有者ということもあってか、毒島さんと月姫は存外仲が良いのだ。
毒島さんに操られ、肉は壁にぶつかりながらもどうにかコーナーを回る。ついでに毒島さんも壁に擦り付けられ、その後に二匹のサモエドもどきと月姫が続く。気分はさながら犬ぞりレースといったところか。
丁度その時、大きな破砕音が通路に響き渡った。遅れて地震のような振動も。
「うっ、ぉゎ……一体何してるんですか師匠ぉ……?」
出どころなど明らかだ。
既に随分離れた筈だというのに余波が届くとは、それだけで戦いの激しさが窺い知れるというものだ。成程確かに、アーデルハイトが月姫を遠ざけたのも納得出来る。惜しむらくは師の戦いを自分の目で見られない事だが――――。
「頼みますよぉー師匠ぉ」
少なくとも配信アーカイブである程度は見られるだろう。またぞろ尻でも出していなければの話ではあるが。
* * *
剣が宙を踊る度、硬質な剣撃の音と血がフロアを舞う。
「やはり圧倒的ですわー! 見せかけばかりで肝心なときに使えない、貴方の六枚羽とはワケが違いましてよー!」
アーデルハイトが振るうのは、ひとつひとつが凄まじい力を持つ神器だ。
といっても、貴く尊き我が心は登録者数のリチャージ中であるため能力は使えない。加えて天楼都牟刈も試用が終わっておらず、ただ振り回しているだけなので真の力を発揮しているとは言い難い。実質稼働している神器は八本中六本だけだというのに、それでもアーデルハイトの力は圧倒的だった。
:いつにもまして上機嫌で大変よい
:調子乗り公たすかる
:久しぶりに使うって言ってたし楽しいんやろなぁ
:見るからにヤバそうな相手を挑発する女
:魔物相手にマウントを取る女
「大変気分が良いですわ! 帝国のマウンティングデーモンとはわたくしのことでしてよー!」
攻撃チャンスの少なさから、未だ致命傷は与えられていない。だが敵のダメージは確実に積み重なっており、傷の再生こそ始まっているものの、アーデルハイトの攻撃に追いついているとは言えない。戦闘前の緊迫した空気から一転、このまま行けば存外あっさり倒せるのではと視聴者達が思ってしまう程度には、現状はアーデルハイトが押している。
ズラトロクには痛覚がないのか、切り落とした腕一本以外は初期の頃と殆ど変わっていなかった。
転移能力が失われたわけでもなし、纏う氷炎も健在。故に実際は、言葉と見た目ほどに余裕があるわけではなかったりする。多少衣服に汚れはあるが、それはアーデルハイトの激しい動きで巻き上げられた塵埃によるところが大きい。アーデルハイト自身に目立った外傷はなく、その点で言えば巨獣 戦のほうが余程ピンチだったといえるだろう。総じて有利ではあるが油断は許されない、といったところだろうか。
雨夜の煌きが間隙を縫うように敵を穿ち、ローエングランツが外皮を削り取る。受ける、斬る、削ぐ、貫く。神器での波状攻撃は殆どチート、反則スレスレの制圧力を見せていた。派手な衣装と美しい武器、そして華麗な剣さばき。当然ながら視聴者達も大喜びで、コメント欄は今日一番の盛り上がりを見せていた。一体どういった攻防が行われているのか、視聴者達には速すぎていまひとつ分からないが。
その優れた動体視力で、戦闘中だというのにちらちらとコメントを確認するアーデルハイト。滝のように流れるコメント、色とりどりのスパチャ、そして増え続ける登録者数。アーデルハイトは別段承認欲求が高い方ではないが、それでもやはり応援してくれる声があるというのは嬉しいもの。騎士団長の頃より、部下から慕われ声援を送られることが多かったアーデルハイトだ。世界は違えど所詮は同じ人間。部下から慕われて嫌な気分になるはずもない。そうなると次は、彼ら彼女らにもっと喜んでもらいたいと考えてしまう。
その是非はともかくとして――――そう考えるようになってしまった。
その結果が撮れ高への執着であり、またその結果が今日の人気に繋がっているのだ。圧倒的ビジュアルの良さと、自称公爵家令嬢でありながらも親しみやすい性格。どこかズレているように見える反面、時折見せる芯を食ったような発言。こちらの世界に来て一年と少し、アーデルハイトは見事にこちらの世界に順応していた。
「よいですわよ! 盛り上がって参りましたわー! それではここで、とっておきの大技を皆様にお見せいたしますわ!」
敵の攻撃を弾き返し、隙だらけとなった腹部へと狙いを定める。まるで号令でも発するかのように手を突き出し、全ての神器へと指示を出す。これからアーデルハイトが行おうとしているのは、展開した神器とアーデルハイトによる同時攻撃だ。これといったひねりはないが、故にこそ破られ難い必殺の一撃。展開された神器は敵と視聴者に畏怖を与え、見るもの全ての心を奪う。それだけの圧と神々しさがそこにはあった。
そんな『撮れ高』への執着。
開花したエンターテイナーとしての才こそが、現在のアーデルハイトの弱点であった。
「刮目なさいませ! 我が必殺の! ノーブル――――あら?」
不意にぷすりと、どこからか空気が抜けるような音がした。
先程までアーデルハイトが纏っていた神聖な気配は霧散し、それと同時にいつものアンキレー装備状態へと外見が戻ってゆく。展開されていた神器は輝く粒子となって消え去り、今にも解き放たれんとしていた、その光の残滓だけが周囲をふんわりと照らしている。その様ときたら、まるで隆盛を極めた貴族家が没落するかのようで。
突如発生した不意の出来事に、目をぱちくりとさせながら動きを止めるアーデルハイト。
そうしてゆっくりと背後を振り向き、自身の背後にそれを発見した。撮れ高を気にするあまり戦闘に夢中となり、時間を忘れて視聴者たちへサービスを行った、その結果が――――。
「ははーん……なるほどなるほど……」
振り返るアーデルハイトの視線の先にあったのは、尻を突き出した状態で白目を剥き、小刻みに痙攣しながら地面に突っ伏すクリスの姿だった。
「これはもしや、時間切れというやつではなくって?」
獲物を前に舌なめずりはやめよう!




