第352話 URって感じする
魔法とは、術者の技量と想像力によって如何様にでも変化する技術である。
そして優れた才を持つ魔術師とは、大抵の場合オリジナルの魔法を持っているものだ。
自らの得意分野を突き詰めた、オルガンの『妖精星域』のように。
圧倒的な範囲殲滅力を誇る、シーリアの『激痛の雨』のように。或いは、こちらの世界特有の概念を形にした汀の『魔力振伝播』のように。そのどれもが何かしらに特化し、殆どの場合、それらは凄まじい効果を発揮する。
そしてそれは、アーデルハイトも例外ではなかった。
普段は剣技ばかりのアーデルハイトだが、彼女は魔法が苦手というわけではない。ただ剣の方が自身に合っているから、好きだからというだけで――――素養に関してのみ言えば、凄まじいものがある。無論修練を積んでいるわけではないため、魔法専門の術者には技量で劣る。しかしこと身体強化系の魔法に限れば、現時点でも専門職にも引けを取らない腕前を誇っているのだ。もしも彼女が本気で魔法の修練に取り組めば、恐らくは魔法使いとしてもトップクラスになれただろう。
そんな彼女が編み出した、彼女だけの魔法。
それこそがこの『剣姫の誓約』である。
その大本となっているのは、ごく単純な強化魔法である。しかし『誓約』という言葉の通り、『剣姫の誓約』はいくつかのリスクを負うことで、その効果が及ぶ範囲と量を爆発的に高められてるのだ。
一般的な強化魔法の効果は『対象者の肉体的制限を緩和し、魔力によって動きを補正する』というもの。これにより対象者の身体能力には、ざっくり二~三割程度の上昇補正がかかる。それに対して『剣姫の誓約』は、『術者の持つあらゆる制限を撤廃する』という効果に置き換わっている。こちらの世界風に言い換えるとすれば、『バフ効果を削除した代わりに、ありとあらゆる上限突破効果を付与する』といったところか。
そしてそれらの効果を得る代わり、術者――――アーデルハイトはいくつかの能力低下を受けることとなる。
ひとつは『効果適用中の戦闘能力全損』。つまり『剣姫の誓約』使用中、アーデルハイトは一切の戦闘能力を失う。
ふたつ目は、『効果終了後、適用時間に比例して能力の全損が続く』。このペナルティは、五分間の使用で大凡五日間ほども続く。
そしてみっつ目。『術者は自身以外の者を守護対象として設定し、その対象がダメージを負った時点で効果を終了する』というもの。
つまり『剣姫の誓約』とは、『あらゆる能力の制限を取り払う代わりに、その恩恵がバカバカしくなるほどのリスクを負う魔法』である。戦闘用の魔法だというのに、その場で戦闘不可になるとは一体なんの冗談なのやら。大層な名前とは裏腹に、まるで用途の分からない魔法であった。
しかしこれは紛れもなく、アーデルハイトの切り札のひとつである。
何故ならば――――この『能力の制限を取り払う』という効果こそが、アーデルハイトにとって最も重要な効果なのだから。
「久しぶりの感覚ですわー!」
そんなセリフと共にくるくると回るアーデルハイトが、眩い光に包まれつつその装いを変えてゆく。ダンジョン内すらも明るく照らす、無駄な輝きであった。一体何の意味があるのやら、僅かだが宙に浮く始末である。白を基調としたデザインはそのままに、煌びやかだった聖鎧アンキレーがより華やかに美しく。無駄な輝きと相まって、その姿は純白の天使のようで。加えて背後には、彼女の保有する神器全てが浮かんでいた。まるでそれぞれが意思を持っているかのように、恭しく付き従うかのように。そうして激しい光がようやく収まったとき、そこにはまさに『剣姫』とでも呼ぶべき装いのアーデルハイトが立っていた。
右手にはローエングリーフを。左手にはローエングランツをそれぞれ握りしめ。背後には失墜の剣、回天の剣、雨夜の煌き、無垢の庭園、高く尊き我が心、そして天楼都牟刈が控えている。そう――――本来同時には存在し得ない、同一の剣である筈のものまで全てが、だ。これこそが『剣姫の誓約』の効果。『あらゆる制限を撤廃する』という、その真意である。
神器を複数所持している者は、少ないながらも存在する。だがアーデルハイト程の数を所持している者は皆無であり、神器の保有数でいえば間違いなく彼女が世界一であろう。
しかしそんなアーデルハイトといえども、神器の同時使用は二本が限界だ。そもそもからして神器とは、ひとつ使用するだけでも凄まじい負担がかかる武器なのだから。そんな強力に過ぎる武器を複数同時に使用する。そのために編み出された魔法が、この『剣姫の誓約』なのだ。
言うまでもないことだが、これは破格である。チートと言い換えても差し支えないだろう。
バカバカしいとさえ思える数々のデバフも、さもありなんと納得してしまえる程度には。
「無尽合体アーデルハイト、見参でしてよ!」
ふんすと鼻を鳴らし、ドヤ顔でポーズまで取って見せるアーデルハイト。彼女にとっても久々の『剣姫の誓約』であるが故か、随分と機嫌が良さそうにしている。
:うぉおぉぉおお!!
:アデ公かっけぇぇぇぇぇぇ!
:ADK!ADK!
:待て、ちゃんと説明してから変身しろォ!
:考えるな、感じろ
:つーかなんで無尽合体知ってるんだよw
:とにかくゴージャス感は増した
:代わりに露出はちょっと減った
:普段のドレスアーマーがSSRで、こっちがURって感じする
もちろん視聴者達も大喜びである。
一切の説明もなしに変身したため、詳しいことは何もわからない。だがそんなこと、彼らにとっては些細な問題に過ぎないのだ。推しが変身して喜ばないファンなど、この界隈には存在しない。それが下方修正ならともかく、より可愛く美しくなったというのであればこともなしであった。
そんな意気揚々としたアーデルハイトと視聴者達の裏で、密かに萎びている者がいた。クリスである。
『剣姫の誓約』の使用にはリスクが存在する。だが今のアーデルハイトを見るに、そうした制約は一切受けていないように見えた。アーデルハイトがやる気満々といった様子で動き回り、援護役であるはずのクリスが萎びている理由。それは『剣姫の誓約』とは別の、とある魔法の所為であった。
アーデルハイトが変身する直前、クリスが使用した魔法の名は『献身』という。
効果は『効果対象者の受ける能力低下を、術者が代わりに引き受ける』というもの。それほど難度が高い魔法ではないが、クセが強く扱いづらい魔法とされている。そのため使い手は殆どおらず、専らパーティの壁役が回復役を守るために使用する魔法である。本来アーデルハイトが抱える筈だった『戦闘能力の全損』という制約を、クリスが代わりに引き受けているのだ。これによりアーデルハイトは、大量のデバフを踏み倒すことに成功している。アーデルハイトの圧倒的戦闘力を活かす、ハイパーキャリーの究極系とでもいうべきか。互いが厚い信頼関係にないと到底行えない、謂わば『誓約』の悪用であった。
「お嬢様! さっきも申し上げましたが、五分だけですから!」
「承知しておりますわ! わたくしに任せなさいな!」
わかりやすさ重視ということで、あえてゲーム的な表現を多用しております。本作における魔法は歴とした技術であり、よくある「スキル」といったようなものではないため、実際にはもう少し複雑な挙動をしております。




