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第349話 ラリっとらんわい

 興奮した運営さん(オルヴィス)が、肉の上でぴょんぴょんと弾んでいた。 


「んほぉ~! リーヴィスの神気がビンビンなんじゃぁ~!」


 なんとも緊張感のないセリフだが、しかし実際には、そう楽観出来る状況ではなかった。

 神気がどうとか、そんな得体の知れない要素を加味せずとも。ひと目で理解出来るほどに、目の前の化物は()()。恐らくは、完全な状態の巨獣(にく)と同程度の力を有している。サイズ感は比べるべくもないが、それでも神獣の一角と同レベルだ。弱いわけがない。


 なお運営さんの言う『神気』というのは、つまるところが女神の持つ干渉力のことである。そしてそれらの一部を借り受け、行使する術を『法力』と呼ぶ。聖女にのみ許された、アーデルハイト曰く『クソのような理』である。そんなクソのような術理が、過去最大級の規模で眼前に顕現している。


「金の角を持つ山羊のモンスター……さしずめ『ズラトロク』とでも言ったところでしょうか」


「名前なんてどうでもよろしくてよ。聖女の仕業なのか、女神とやらの仕業なのか、あるいはその両方なのか。それは分かりませんけれど――――問題はただひとつ、()()が、先程までとは比べ物にならないほど強くなった、という事ですわ」


 魔族には人間貴族と同様、爵位というものが存在している。

 魔王を頂点とし、その下に公爵から男爵、そして位を持たない雑多な魔族まで。

 そして、それらは強さによってのみ決められている。生まれや過去などは関係なく、ただ純然たる力の多寡によって爵位が割り当てられるのだ。無論、強さこそが絶対である魔族の世界だ。上位の爵位を持つ魔族ほど、結果として支配地域も広くなるのだが――――このあたりはどちらが先か、という話でしかない。

 

「……みたところ公爵級か、それに準ずる程度の力はありそうですわね」


「えぇ……ほぼ魔王じゃないですか。ちなみにですけど、お嬢様が以前に倒した魔族は……?」


「確か一等侯爵でしたわ。手強かったですわね」


「……ただの落ち魔族狩りだった筈が、随分と面倒な事になりましたね」


 呑気なやり取りに聞こえるが、二人は既に戦闘態勢だった。アーデルハイトはいつの間にかアンキレーを纏っているし、クリスもまたカメラを追尾式の方に切り替えている。間違いなく面倒な相手だが、しかし()()をこのまま放置するわけにはいかない。もとより魔族の排除が第一目的なのだから、撤退するという選択肢はない。


:久しぶりのガチバトルですか!?

:アデ公の顔からひしひしと伝わる真面目感

:魔族にも爵位みたいなのがあるんすねぇ

:ワクワクしてきた

:ていうか、クリスがカメラ変えるってよっぽどじゃね?

:アデ公が今まで戦った相手で一番強かったのって肉?

:宇部さんでしょ

:あ、それはそうか

:しれっと敵扱いされてて草

 

 久方ぶりとなるマジバトルの気配に、リスナー達も俄に色めき立つ。

 だがそんな時、後方から待ったがかかる。声の主は、先ほど興奮していた運営さん(オルヴィス)だった。

 

「あいや、ちょいと待つんじゃ」


「あら、トリップ状態から復活しましたわ」


「ラリっとらんわい!」


 肉の上でラリっていた運営さん(オルヴィス)が抗議の声を上げつつ、もふりと弾んでアーデルハイトの胸元へすっぽり収まる。もちろんリスナーたちからは羨望のコメントが寄せられるが、状況が状況だ。そんなものには一瞥もくれない。


「既にお主らも感じておるじゃろうが……アレが現れてから、ダンジョン内の魔力濃度が急激に上がっておる」


 運営さん(オルヴィス)の言うように、現在アーデルハイトがいるフロア一帯は、既に濃密な魔力によって汚染されていた。そもそもダンジョン自体がそういった環境ではあるのだが、それにしたって異常な濃度だ。しかもその魔力の影響は、この場所を起点として急激に広がりつつあった。フロアどころか、ダンジョン内を覆い尽くすのも時間の問題であろう。


「加えて神気もモリモリじゃ。以前にも言った通り、リーヴィスの力は創造の力。このままではダンジョンそのものが崩壊しかねん」

 

「……確かに、先程までの比ではありませんわね。コレほどまでの魔力濃度、あちらのダンジョンでもそうは見られないレベルですわよ。ですけど、その元凶は一目瞭然ですわ。とにかく目の前のアレさえ駆除すれば、何の問題も――――」

 

「元を絶ったところで、異常が収まるまでには時間がかかる。かくなる上はボスを倒し、ダンジョンを安定状態へと移行させるしかあるまい」

 

 何故か偉そうなドヤ顔を披露――姿が子兎なため、見た目の上では変わらないが――する運営さん(オルヴィス)

 運営さん(オルヴィス)の言葉が事実であれば、状況は思っている何倍も悪いと言えるだろう。

 

「なんて面倒な……というより、元はと言えば貴女が作ったダンジョンじゃありませんの!? なんとかしなさいな!」


「ムリムリ。もうそんなに干渉力残っとらんもん。ぶっちゃけ今のわし、リーヴィスより弱い。ていうかダンジョン自体がリーヴィスの真似じゃし?」


「もぅ、使えませんわねッ!」


 胸元にすっぽり収まった運営さん(オルヴィス)、その両頬をムニムニといじくり回すアーデルハイト。

 

 状況を整理すると、つまりはこういうことだ。

 ダンジョンへの影響を最小限に抑えるため、目の前のズラトロクは真っ先に倒さなければならない。

 しかし既に垂れ流された魔力と神気に関してはどうすることも出来ず、滞在可能時間が極端に減ってしまっている。

 これらの問題を解決するには可及的速やかに、ダンジョンを安定状態へと移行しなければならない。しかしズラトロクを倒して進軍を再開していたのでは、崩壊にはとても間に合わない。

 

 要するに、ここから先は()()()()の必要があるということだ。

 そこから先の、アーデルハイトの決断は早かった。

 

「こうなったら仕方ありませんわね……月姫(かぐや)! 山賊チームと合流して、ダンジョンボスを仕留めてきなさい!」


「は、はいっ! ……ええっ!? 私もこっちがいいんですけど!? あっちはウーヴェさんも居ますし――――」


 やる気満々で居た月姫(かぐや)が、突然の撤退指示に食い下がる。

 しかし、月姫(かぐや)を撤退させるのには理由があった。この場に於いての実力不足は当然として、更にもうひとつ。


「これほどの魔力異常が発生しているということは、死神(リーパー)が大量に湧くという事ですわ。貴女やベッキーでは、まだ荷が重い相手でしてよ。つまり死神(リーパー)の対処はウーヴェが行うことになりますわ」


「だ、だったら余裕なんじゃ……」


「あの脳筋男は、物理的な肉体を持たない相手が不得手なんですのよ。負けはしないでしょうけれど、数次第では手一杯になりますわ。要するに、ダンジョンボスは貴女達だけで倒さなければならない、ということですわ! 理解出来まして!? 出来たらハイ、駆け足!」

 

「は、はいっ! 口答えしてすいませんでしたァーッ!」

 

 いつになく真面目なアーデルハイトの指示に、漸く月姫(かぐや)が動き出す。

 実力こそ付き始めてはいるものの、こういったところはまだまだ未熟だ。これが騎士団員であったなら、最初の時点で既に動き出している。


「ミギーとお肉は、合流を支援してあげて下さいまし! この場はわたくしとクリスで十分ですわ!」


 阿吽の呼吸とまでは言わないが、それでももう、それなりに長い付き合いだ。

 耳元に装着した通信機器からは、『うーす』という(みぎわ)の声が聞こえた。肉もまた鼻をピスリと鳴らし、月姫(かぐや)のあとを追う。毒島さんや二匹のサモエドも一緒だ。(みぎわ)の先導に加えて肉までいれば、合流までは問題ないだろう。


 去ってゆく一行を見送り、アーデルハイトが正面に向き直る。

 そうして小さく息を吐き出し、運営さん(オルヴィス)をむぎゅりと押し込み、ゆっくりと剣を抜く。

 

「さて――――やりますわよ、クリス」


「是非もありません」


「がんばえー」


 アーデルハイトがローエングリーフを構え、ズラトロクを睥睨する。

 突然変異の影響か、未だ膝をついた状態から動く気配はない。しかしその濁った横長の瞳は警戒の色を見せており、しっかりとアーデルハイト達を捉えていた。


久しぶりのアデクリですわよ!

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最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

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剣聖悪役令嬢、異世界から追放される 勇者や聖女より皆様のほうが、わたくしの強さをわかっていますわね!

― 新着の感想 ―
いつの間にかしっかり組み込まれてたサモエド君たちw
一段落したら、サモエドたちってどうなるのだろう
かなりガチモードな感じのアデ公がクリスにぐーやの護衛を任せるでもなく、退避させておくでもなく、一緒に戦うことを選んだ? これ、相手が強いのもそうだけどクリスが想像以上に強いことにびっくり。 なんやかん…
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