第347話 それそれ、そういうとこ
「なァ」
お手本のようなヤンキー座り、右手には火のついた煙草。探索者という職業の悪い部分を全て詰め込んだような女が、退屈そうに呟いた。
「暇なンだわ」
否。
退屈そうではなく、どうやら本当に退屈らしい。
それもその筈、待機組である山賊チームはイヴリスとの交戦後、もうかれこれ二時間ほどもキャンプ地で留まっていた。もちろん、階層主であるデュラハンは一時間おきに現れる。だが待機しているメンバーの顔ぶれを考えれば、それが然程の暇つぶしにもならないことは明白だった。事実、あれ以降デュラハンは既に二度も処理されている。それもごくあっさりと、何の感慨も抱けないほどの処理っぷりである。その様子は殆ど、MMORPGに於ける定点狩りとなんら変わりがない。イヴリスと遭遇するまでに戦った数も合わせれば、いい加減に飽きが来ていたとしてもおかしくはないだろう。
そんな状況にあって、戦闘バカのチンピラが満足出来るはずもなく。
とはいえ、レベッカはこれで頭がキレる。特に、こと戦闘に関することであれば尚更だ。この場所を維持する事の重要さも理解しているために、アーデルハイト達を追いかけようなどとも言い出せない。その結果、退屈と不満だけが蓄積し、こうして『田舎のコンビニ前たむろヤンキー座り』を披露することになったというわけだ。
「あークソ、やっぱ姫さんの方についていくべきだったかァ……?」
「そのガラの悪さで高貴チームは無理でショ」
「あ?」
「それそれ、そういうとこ」
リナがツッコミを入れれば、すぐさま反応してガンを飛ばすレベッカ。見様によっては険悪にみえるが、しかし魅せる者にとってはいつものやりとりだ。レベッカも本気で気を悪くしたわけではなく、ただ座っている状態からリナを見上げたに過ぎない。
「つーかぶっちゃけよ、姫さんだって結構蛮族寄りだろ。初回からゴブリン蹴り飛ばして遊ぶような女だぜ?」
「は? アーさんの高貴さはそういうことじゃないんだが? 一挙一動に表れる、洗練された優雅な動きが分からないデス? ウインナーを齧る姿だけでガチ恋必至なんだが? はぁー……これだからニワカは。天真爛漫に振る舞っているように見えるその裏――――彼女の人間としての本質、根本部分こそがまさに貴族。だからこそ全てが優雅で美しいのデス」
「お、おう……わァったから、そのヤバい目ェやめろ」
レベッカにとってはほんの軽口だった。レベッカはアーデルハイトの強さに惚れ込んではいるが、だからといって崇拝しているわけではない。しかしそれはアデ教信者のリナにとっては、聞き捨てならない言葉であったらしい。突如として早口でまくしたてるリナの姿に、さしものレベッカも面喰らってしまう。同時にレベッカは思い知らされる。オタクを相手にしたとき、軽々しく否定するような発言をしてはならない、ということを。
「まぁ、少し退屈だという部分には同意しますケド」
「だろ? つーか今、あっちはどうなってンだよ」
高貴チームとは定期的に通信を交わしているが、しかしダンジョン内では配信自体を確認する術はない。加えて、その定時連絡もきっかり一時間おきに行われている。通常の探索パーティであれば何の問題もない間隔だが、相手はあのアーデルハイトと愉快な仲間たちである。それこそ小一時間もあれば、状況が180度変わっていても何ら不思議ではない。
彼女たちが互いの情報を知るための、最も手っ取り早い方法。
それは通信ではなく、地上の待機チームを介しての連絡でもなく、視聴者達による伝書鳩行為であった。無論、鳩行為は配信界隈で忌避されている。しかし今回の配信形態に於いては、その限りではなかった。
現在特に見どころのない山賊チームに比べ、貴族チームはまさに山場とも言える状態である。
殆どの視聴者が二画面同時視聴を行っている所為もあってか、視聴者に尋ねるだけですぐに答えが返ってきた。
「配信コメントを見る限り、どうやらさっきの魔族とやらがアチラで復活しているらしいデス」
「は? おいマジかよ、そりゃズルいだろ」
先刻の戦いで現れた敵は二体。しかし階層主も魔族も、そのどちらもが怪しいビーム兵器によって倒されてしまった。不完全燃焼に終わったレベッカにしてみれば、現在高貴チームの置かれている状況は、ひどく羨ましいものであった。倒せる倒せないは別として、一度くらいは戦ってみたかったのだ。今更言っても仕方のないことだと分かってはいるが――――不満のひとつくらいは溢れてしまうというものだ。
そんな羨まし過ぎる状況に思いを馳せ、レベッカは口を尖らせた。
「クッソ……今頃あっちは楽しんでンだろォなァ」
* * *
そうでもなかった。
「はいシケ」
血湧き肉躍るような戦いを想像し、レベッカがぶうぶうと文句を垂れていたその頃。
イヴリスが拠点にしていたという場所までやってきたアーデルハイトは、開口一番そう言った。
「一体なんですの? この拠点とも呼べない小部屋は。持ち込んだものをそこらに撒いているだけではありませんの。ハトの巣だってもう少しマシですわよ?」
アーデルハイトが見つめる先にあるのは、むき出しの地面に散乱する武器や道具の数々。
恐らくはイヴリスの主武器だろうと思われる魔法剣に、食い散らかされた魔物の骨。ダンジョンに吸収されなかった残りカスだけが、片付けられもせず部屋の隅に転がっていた。単身乗り込んできたことや、ここがダンジョン内であるという点を勘案すれば、致し方のないことではある。だが少なくとも、一週間も滞在していたとは思えないような適当さであった。
つまらなそうな表情で骨を蹴り飛ばせば、それを嬉しそうに駆けてゆくオルとロスと肉。
そこはなんというべきか、アーデルハイトの言う通り――――ひどく期待外れな拠点であった。
「それで? 件の『楔』とやらは一体どこにありますの?」
「……」
アーデルハイトが振り向けば、そこにはぐるぐると縄で縛られたイヴリスの姿があった。
もちろんいくら弱っているといっても、普通の縄では魔族を拘束することなど出来ない。イヴリスの拘束に使用されているのはオルガンお手製の魔道具であり、本来は肉とエルフの荷車を繋ぐ際に使用するものだ。それ以外に特別な機能はないが、しかし巨獣が牽いても千切れない程度には強度がある。
そんな絶体絶命の状況にあって、それでもイヴリスは黙秘を貫こうとしていた。
こうして屈辱に塗れている間にも、少しずつだが力は回復しつつあるのだ。どうにか時間を稼ぎさえすれば、この場を脱する程度には動けるようになるかもしれない。イヴリスとて簡単に逃げられるなどとは思っていないが、しかしこのままでは戦闘種族としての沽券に関わる。恐怖の魔族キラーを前にして、イヴリスはまだ諦めてはいないのだ。
これは今の彼に出来る、精一杯の抵抗と言ってもいいだろう。
だが次の瞬間、そんなイヴリスの企みは崩れ去った。
「そうやって時間を稼いでも無意味ですわ。捕虜となった以上、貴方のモノはわたくしのモノでしてよ。あとわたくし、聖女の手の者には容赦しないと決めておりますの」
「くっ……」
企みを見抜かれた、というわけではない。
ただの横暴、かつ怪しい貴族イズムによってであった。
もちろんアーデルハイトは、魔族を片っ端から殺して回るようなサイコではない。ただ降り掛かった火の粉を払ってきただけのことであり、自ら進んで魔族狩りを行っていたわけでもない。先の発言は所詮、状況の有利を利用した脅しに過ぎない。謂わば圧迫面接のようなものだ。
しかしイヴリスから見たアーデルハイトは少し違う。
音に聞こえた異名の数々に、上級魔族でさえ易易と葬る実力。これ以上の時間稼ぎは危険だと、イヴリスの――微妙に間違った――勘がそう告げていた。
「……そこの、部屋の隅の岩陰だ」
イヴリスが指し示したのは、ゴミ捨て場となっていた角の反対側であった。
それを受けたアーデルハイトは若干訝しみつつも、指をぱちりと鳴らす。すると肉が前足で床を叩き、オルとロスへ指示を出す。アーデルハイトから肉へ、肉から二匹のサモエド(?)へ。出会ってまだ間もないというのに、既に完璧な指揮系統が完成していた。
巨大な白黒の毛玉が、がさがさと部屋の隅を漁る。
そうしてしばらく。二匹の大型犬のうち、オルが口に何かを咥えて戻ってきた。
例の『楔』だろうか。
アーデルハイトはそっとソレを受け取り、そうして眉を顰めながらしげしげと眺めた後、やはりつまらなそうに一言呟いた。
「……はいシケ」
オルが部屋の隅から見つけてきたもの。
それはアーデルハイト達もよく知る、なにかの紋章が刻まれた小さな石板――――『封印石』であった。
肉を頂点としたペット隊が完成しつつある……!




