第346話 異世界カツアゲ
イヴリスが吊るされた柱を中心に、ぐるぐると歩き回る肉達。どうやら既に格付けは済んでいるらしく、二匹のサモエド(?)もそれに続く。なおこの二匹、黒い方がオルで、白い方にはロスという名前が付けられた。これは視聴者達からの案であり、その中からクリスが採用したものだ。決してアーデルハイトが付けた名前ではない。
アーデルハイトの命名ではまた酷い名前になってしまう、ということで急遽決定された名前だ。もちろん、自身のネーミングセンスに疑義を挟まれたアーデルハイトはぷりぷりと膨らんでいたが。
「貴方、聖女の差し金ですわね?」
そうして漸く始まった尋問タイムは、初手から核心を突くものであった。少しずつ真実を明らかにしていく、などといったつもりは彼女らにない。それもその筈、ダンジョン内での滞在時間は限られているのだ。
「……」
そんなアーデルハイトの問いかけに、イヴリスはただ黙秘するばかりであった。ちらちらと肉達の様子を窺いつつ、つんと顔を逸らしている。どうやら一先ずは襲われないと判断したらしい。
「なんという態度ですの……」
「コレ、もう肯定しているようなものですよね」
とはいえこの状況での黙秘など、殆ど正解だと言っているようなものだった。加えてアーデルハイト達も、問いかける前から『間違いなくそうだろう』と考えていた。つまりこれは質問というより、ただの答え合わせに近い。あちらの世界からこちらの世界にやって来た者は、これまでの全てが聖女の手によるものなのだから。
「魔族ともあろうものが敵――――聖女の言いなりだなんて。あぁ、なんて情けない。どうせボコボコにされて、力ずくでこちらに送られたのでしょう?」
煽るようなアーデルハイトの言葉。それを聞いた途端、それまでそっぽを向いていたイヴリスの目が細く鋭いものへと変化した。
「ふん。ただ利害が一致しただけだ。私は聖女を利用しただけに過ぎず、そしてそれはあちらも同じ。断じて聖女に敗れたわけでも、降った訳でもない」
魔族には好戦的な者が多く、基本的に煽り耐性が低い。そんなチョロめの性質を利用した、アーデルハイトの見事な誘導尋問と言えるだろう。
「どうかしら。負け犬は皆、揃いも揃って似たような事を言いますわよ?」
「ッ……ふん、安い挑発だな。それに私がこちらの世界に来たのは、あくまでも一時的なものだ。ほとぼりが冷めた頃には元いた世界へ戻り、人間どもを再び恐怖の底へと叩き落としてやる」
「想像以上にちょろいですわね……というかそんな有り様で、よくもまぁそんなセリフが吐けますわね……」
イヴリスはアーデルハイトのことを恐れていた筈だったが、しかし彼女の挑発に負け、その事を忘れたかのようにぺらぺらと喋り始めた。誰も聞いてなどいない展望を、不敵な笑みと共に。
とはいえどれほど凄んだところで、現在のイヴリスは柱に吊るされ、周囲をぐるぐるとペット達に巻かれている状態だ。そんな状態で強がられたところで、微笑ましいを通り越して情けないばかり。アーデルハイトが呆れるのも無理はないだろう。
そこでふと、アーデルハイトには気になることがあった。
顎に指を添え、訝しげな表情でイヴリスを眺めるアーデルハイト。ただの強がりにしか聞こえなかったイヴリスの発言が、しかしどうにも引っかかった。
「……はて。貴方今、『戻る』と言いましたわね?」
アーデルハイトの知る限り――情報などほとんど無いに等しいが――では、聖女による『転移』は一方通行の筈である。術者があちらの世界に居るのだから、それは当然の事だ。だからこそオルガンは帰還手段を構築するため、自らこちらの世界へとやってきたのだから。しかし先ほど、イヴリスは『元いた世界に戻る』と言った。もし先の発言が勢いだけのものでないとしたら、それはつまり、イヴリスは何かしらの帰還手段を所持しているということになる。
「当然だろう。この世界は謂わば隠れ蓑。永住などしてたまるか」
「へぇ……? ちなみにですけど、一体どうやって戻るつもりですの?」
「……? 聖女から渡された『楔』を使って、だろう?」
「あっ、ふーん……」
成程どうやら、イヴリスが聖女と手を結んだというのは本当のことらしい。そのうえで、こちらの世界のことやアーデルハイト達の存在については、まるで知らされていなかった様子。『貴様もそうなのだろう?』とでも言わんばかりの態度から察するに、彼は最低限の情報と帰還手段のみを持たされ、聖女の手によってこちらの世界へと送られてきたようである。表情を見た限りだが、少なくともイヴリスは嘘を言っているように見えなかった。互いに利用し合う関係だというのも、あながち嘘ではないのかもしれない。尤もアーデルハイトには、ただイヴリスが一方的に利用されているようにしか見えなかったが。
同じ人類側勢力に属しているからだろうか。
魔族であるイヴリスから見れば、アーデルハイトと聖女はどうやら仲間のように見えているらしい。アーデルハイトやウーヴェもまた、何かしらの目的があってこちらの世界に来ているのだろう、と。微妙に会話と認識が噛み合わない気がするのは、恐らくその所為であろう。
もちろんそうではない。
聖女の目的は未だ不明であり、唯一分かっていることなど、女神リーヴィスと手を組み悪巧みをしているというその一点のみ。なんとなれば帰還手段すら、まだ構築の途中である。アーデルハイトにとっての聖女とは、もはや魔族よりも余程面倒な存在と成り果てている。不倶戴天の敵でしかないのだ。
ともあれ、だ。
イヴリスが帰還手段を渡されているというのであれば、話は早い。ここから先は異世界カツアゲの時間である。アーデルハイトの瞳が据わり、雰囲気が変わる。
「寄越しなさいな」
「な、何?」
「その『楔』とやらを、わたくしに寄越しなさいな」
「!?」
突如始まったノーブルヤンキーによる強請りに、イヴリスが再び恐怖を思い出した。音に聞こえた数々の異名と、先程味わった圧倒的な力の片鱗。挑発によって忘れていたそれらが、瞬く間にイヴリスの脳内を支配する。
「い、今ここにはない……」
「は?」
「ッ、この先の拠点に保管している、から、今は持ってないッ!」
「ふぅん……それはどこですの?」
じろり、と。
アーデルハイトがその美しい瞳を細め、イヴリスを睨めつける。どこぞのアメリカンヤンキーですらもビビりそうな、底冷えのするような視線であった。アーデルハイトがこのような表情を見せるのは珍しい。騎士団長として部下を叱責する時か、或いは勇者と目が合ってしまった時くらいだろうか。少なくとも、こちらの世界に来てからは一度も見せたことがない。そんな表情が出てしまう程度には、聖女へのあれやこれやが溜まっている――――ということだろうか。
「お嬢様」
「……あら、失礼」
クリスに窘められ、アーデルハイトの表情がいつもどおりのものへと戻る。見ればそのあまりの迫力故か、オルとロスが肉の陰に隠れてしまっていた。流石というべきか、肉と毒島さんはけろりとしていたが。
小さく息を吐き出し、アーデルハイトが自身の頬をむにむにと揉みほぐす。そうして再び、イヴリスへ向かってこう言った。今度は小さく微笑みかけながら。
「その『楔』とやら、わたくしに寄越しなさいな」
――――が、内容は先ほどと全く同じであった。
エアコンでお腹ひえひえです




