第340話 あの、なんか色塗るやつ
攻略班の様子をモニター越しに観察しつつ、ぽりぽりとお菓子を齧る汀とオルガン。モニター映像は丁度、莉々愛が『レーヴァテイン・EL』を取り出したところであった。
「っていうか、銃って勝手に作ったりしていいんスか?」
「しらない」
「協会で買うのはともかく、自作は色々怪しい気がするんスよねぇ……」
探索者はダンジョン内に限り、銃の使用が認められている。そもそも魔物に対して効果が薄いため、銃を使うものは多くないが。しかし探索者を始めるにあたり、遠距離武器はやはり敷居が低い。魔物と直接戦わなくともよい故に、初心者がダンジョン内の雰囲気を味わう分には、まずまず悪くない選択肢といえるだろう。
また弓のように専門的な技術がほぼ要らず、誰が使用しても安定した効果を発揮するというメリットもある。それこそ初心者が使っても、あるいはベテランが使っても、双方に火力の違いが出ないのだ。重ねて、そもそも火力が出ないという問題はあるのだが。
そんな不人気武器の筆頭でもある銃だが、しかし莉々愛の持つ『対魔物専用狙撃銃・レーヴァテイン』は違う。莉々愛が協会の許可を得て独自に開発した、コスト度外視のワンオフ武器だ。
ではその改造品は、果たして新たな認可を受けなくてもよいのだろうか、というのが汀の懸念だった。無論、オルガンはそんなことまるで考えてはいない。というより、許可制であることすら知らない可能性がある。ただ興味があったから改造に手を貸した、莉々愛を叩けば大量の魔物素材が出てきたから、興が乗って好き放題いじくり回した。その程度の意識だろう。
なお、元となった武器が認可済みなのだから、『レーヴァテイン・EL』もまた認可済み扱いでいいだろう、というのが莉々愛の主張であった。オルガン然り、莉々愛然り。技術者という生き物は大抵、興味と好奇心だけで動く生き物だ。自分にとっての不都合は、しれっと見て見ぬふりをする生き物である。
「今の段階で協会からお咎めがないんなら、私はもうなんでもいいッスけどね」
「うむり……どちらにしても、あれは厳密には銃じゃないから、まぁよかろ」
「……いや、どこからどう見ても銃なんスけど?」
『レーヴァテイン・EL』は、誰がどう見ても銃であった。大きくなっているような気はするし、外観も少し変わっているが、以前の面影はしっかりと残している。そうだというのに、しかし『銃ではない』と言うオルガン。汀にはなんとなく、嫌な予感がした。
「なんか取り付けてるッスね」
「あれはエルフ汁」
「それちょいちょい出てくるけど、結局なんなんスか?」
「……企業秘密」
むっつりとした無表情のまま、汀の問いに黙秘を貫くオルガン。どうやら答えるつもりはないらしい。といっても、汀とて既に魔法ユーザーなのだ。説明を聞かずとも『エルフ汁』の正体には大凡の予想がついている。
エルフ汁の正体とは、わかりやすく言えば『液体魔力』である。誰もが体内に持ちつつも、殆どのものが気づかない。ダンジョン内に溢れているものの、目には見えない。それが所謂『魔力』だ。エルフ汁はそれを加工利用しやすいよう、液体状に変化させたものである――――というのが汀の予想だ。
そのエルフ汁を装填したということは。
つまり『レーヴァテイン・EL』とは、魔力を利用して威力を高めた狙撃銃である。というのが、魔法使いミギーの見立てであった。
「――――みたいな感じでどうスか? 当たってる?」
「ところで、じつは最近ハマっているゲームがある」
「聞けよ。ていうかいきなり話飛びすぎだろ。バッドコミュニケーションってレベルじゃねーんスけど」
「まぁまて。答えをあせるな、若造」
「うぜぇー!」
汀が木魚バチで頭を叩けば、オルガンの頭がポコポコとリズミカルに跳ねる。そうして一頻り叩いたあと、汀は満足そうな表情で話の続きを促した。
「なんだっけ……あの、なんか色塗るやつ」
「色……ああ、『手ブラティーン』ッスか?」
「おお、それそれ」
ハマっていると宣った割に、オルガンはゲームのタイトルすら覚えていなかった。仕方がないと汀が助け舟を出せば、まるで今思い出したかのようにオルガンが手を打った。
「最近やってない筈なのに、なーんかウチのデータが動いてるような……とは思ってたんスよね。自分のデータ作ってやれよ……」
「あれはわるくない」
ふんす、と鼻息を荒くするオルガン。
過去、オルガンと汀の二人が暇つぶしで行ったゲーム配信。それ以来、オルガンは深夜にこっそりゲームをしていたのだ。その中のひとつが、先ほど名前が挙がった『手ブラティーン』というゲームであった。
『手ブラティーン』とは、多数の水着キャラクター達がチームに分かれて戦う、いわゆる対戦型のゲームだ。ルールは単純。様々な武器やアイテムを駆使し、壁や地面へとインクを塗り合い、最終的にメンバー全員が手ブラ姿となったチームの勝利となる。キッズや大きなお友達を中心に人気を博す、今話題のゲームである。ちなみにオルガンは普通に下手だったりする。おかげで汀のランクは順調に下がっているのだとか。閑話休題。
「知らねーッスけど……で、その手ブラティーンがどうしたんスか?」
「あの『レーヴァテイン・EL』は、そこから着想を得た武器」
「……? いや、確かに銃みたいな武器は出てくるッスけど……どっちかと言えば水鉄砲とか、おもちゃの類ッスよね?」
そう。
『手ブラティーン』に登場する兵器は、基本的にポップでコミカルなものが多い。一方の『レーヴァテイン・EL』だが、見た目は完全に厳ついライフルである。『手ブラティーン』から着想を得たなどと言われても、とてもそうは思えない無骨さだ。
「わははは! 何スか!? アレが実は水鉄砲だとでも言うんスか?」
「おおむねそのとおり。『レーヴァテイン・EL』は、要するに『高圧洗浄機』みたいなもの。圧縮された液体魔力を発射する武器。実弾は出ない」
「いやー、ダンジョンで色塗りバトル出来たら、たしかに楽しそ――――うん? なんて?」
「たまなし」
冗談のつもりで告げた汀の解答は、しかし見事に的中してしまう。成程確かに弾が出ないのなら、カテゴリ的には銃ではないのかもしれない。圧縮魔力を撃ち出すというその意味が、汀にはまるで分からなかったが。
ふと汀がモニターへ視線を戻せば、丁度『レーヴァテイン・EL』が発射された瞬間であった。青白く煌めく怪しい光が、一直線となってフロア内を駆け抜けてゆく。
「ははーん……ビームかな?」
ビーム兵器とはまさしく、夢の詰まったロマン武器のひとつだ。オルガンの言を信じるのであれば、実際はビームではないのだろう。しかしその見た目は、完全にロボットアニメのソレであった。回復薬の一件以来、なにやら双子に協力しているのは知っていた。だがしかし、よもやこんなものを開発しているとは汀も思っていなかった。
「莉々愛さん、吹っ飛んでったッスけど」
「うむり……」
「うむりじゃないが?」
「完成がギリギリで、試射とかまだ」
「そんな怪しいもんを、実戦でいきなり使うなァ!」
汀がオルガンの頭頂部へと手刀を叩き込む。とはいえ、オルガンに言ったところで仕方のないことだ。改造を手伝ったのは確かだが、持ち込みと使用を決めたのは莉々愛なのだ。そもそもオルガンは、改造を終えた時点で既に興味を失っている。実際の効果や威力など、彼女にとってはどうでもよい事である。
『レーヴァテイン・EL』から放たれる一条の煌めきは、莉々愛をすっ飛ばしただけでは飽き足らず、そのままダンジョンの床や天井へと深い溝を残してゆく。それは高圧洗浄機というよりも、もはや射程の長いウォーターカッターと呼んだほうがしっくりくる代物であった。
未だ莉々愛は銃を手放していなかったものの、その身体は宙へと飛ばされている。最早狙いをつけるどころの話ではない。そうしてすっかり制御を失った高圧縮魔力は、しかし奇跡的に『首なし騎士』の元へと向かう。
あっさりと、なんの感慨もなく両断される鎧。
首なし騎士を切り裂いた光条は勢いをそのままに、今度はウーヴェ達の方へと向かう。もちろん、味方の攻撃に当たるようなウーヴェではない。ひょいと軽やかに回避し、むっつりとした顔で『レーヴァテイン・EL』を見つめている。
「あっ」
「むむっ」
刹那、モニターを見ていた汀が声を上げ、オルガンが唸る。
ウーヴェと対峙していた魔族――――イヴリスの胴体が、胸元でゆっくりとずれ落ちた。
そのゲーム、本当に全年齢ですか?




