第339話 知らんけど
『魅せる者』は名実ともに、世界最強パーティの一角だ。個々の力量は勿論のこと、チームワークにも秀でている。互いが互いの欠点を埋めるように、彼らは戦場を縦横無尽に駆け回る。世界中の探索者から憧憬を向けられ、世界中の探索者の模範とも言える存在、それが『魅せる者』。
――――ならよかったのだが。
首無し騎士が巨大な剣を振るう度、その軌道上へとウィリアムが滑り込む。手にした大盾を構え、その巨体を活かして真正面から攻撃を受け止める。そうして次の攻撃に備えるため、一度距離を取ろうとして――――。
「さっさと移動しろボケェ!」
その鍛え抜かれた強固なケツを、レベッカに激しく蹴り飛ばされていた。
ウィリアムはその役割上、探索者にしては重装備の部類だ。故に機動力は低く、こうして頻繁にケツを蹴り上げられている。
当然ながら集団戦に於いて、壁役というのは重要なポジションだ。パーティ内で最も頼りになる存在であり、そうした性質上、パーティリーダーを兼任することが多い傾向にある。パーティのまとめ役であり大黒柱。それが一般的なパーティでの壁役だ。しかし『魅せる者』では違う。というよりも、この兄妹の間では違うのだ。
「見ろレナード、俺のケツが割れたぞ。うちの妹はどうやら育成失敗のようだ」
「今更過ぎる」
ウィリアムの嘆きを軽く流しつつ、レナードが短刀を投擲する。放たれたナイフは狙い過たず装甲の隙間を穿ち、首無し騎士の動きに小さな隙を作った。
レナードはパーティの指揮役、兼後方支援だ。直接的な戦闘力はそれほどでもないが、彼は戦況を細かく把握し、常に冷静な判断を下すことが出来る。壁役のウィリアムが大黒柱なら、レナードは司令塔といったところか。あくまでも一般的なパーティに当てはめるならば、であるが。
そうしてレナードが作った僅かな硬直の間に、切り込み役のレベッカが敵の間合いへと入り込んでゆく。パーティの攻撃役といえば、当然ながら敵にダメージを与えることが主な仕事だ。壁役が攻撃を凌いでいる間に回り込み、敵の死角を突き、如何に効率よくダメージを蓄積するか。極端な話をすれば、それのみが求められるポジションである。断じて『正面からドコドコと突っ込む』のが仕事ではない。
「こいよ、勝負だゴルァァァァ!!」
首無し騎士の大振り攻撃に対し、レベッカもまた大剣の大振りで応えた。大剣と大剣、真っ向からの打ち合いである。刃鳴と火花が仄暗いダンジョンを彩る。この光景を現役の探索者が見れば、誰もが頭を抱えることだろう。つまりは『まるで参考にならない』と。
「うーわ、魔物と正面からやり合ってる……この人、馬鹿なんデスか?」
「ッせぇ!」
チンピラと魔物の激しい鍔迫り合い――迫っている箇所は鍔ではないが――を横目にしつつ、敵の急所を目掛けて鋭く槍を突き刺してゆくリナ。側面から鎧の継ぎ目を突き、背後へと回り込んでは関節部分を破壊する。『魅せる者』の行う戦闘の中では、恐らくリナの動きが最も参考になるだろう。彼女のとっている戦法自体は、比較的オーソドックスなものだからだ。真似が出来るかどうかはともかくとして、だが。
この光景は、レベッカがウーヴェに弟子入りする以前から変わっていない。レベッカの突破力を活かした超攻撃的布陣と、個々の技量に任せた大雑把なチームワーク。総じて『魅せる者』の戦いは、他のパーティが参考に出来るような代物ではなかった。
戦闘開始から大凡十分ほど。
レベッカが闘気による攻撃を制限――闘気は消耗が激しく、レベッカでは連続して使用出来ない所為だ――しているためか、戦況は思いの外拮抗していた。否、『魅せる者』側が僅かに優勢か。このまま三十分も続ければ、単独パーティによる討伐は容易に成るだろう。『勇仲』が首無し騎士の討伐に一時間程かけたことを考えれば、これは驚くべき早さと言える。
しかし今は状況が状況だった。
あまり長々と戦えば、下手をするとウーヴェの邪魔になりかねないのだ。レベッカがちらと横目を向ければ、ウーヴェとイヴリスはまだ戦闘を始めていなかった。どうやら二人は顔見知りだったらしく、もしかすると積もる話でもあったのかもしれない。だがそれはそれ、これはこれだ。この場には物資運搬用のスタッフも数人居るため、巻き込み防止という意味でも、やはり早々にケリを付ける必要があった。
だからこそ、というべきだろうか。
今回の決め手に莉々愛が選ばれたのは。
「莉瑠、アレ頂戴」
現在莉々愛が抱えているのは『対魔物専用狙撃銃・レーヴァテイン』改め『魔力充填式試製狙撃銃・レーヴァテインEL』だ。オルガンの協力により大幅な改造が施された、現代技術と異世界知識の結晶(試作品)である。以前までのレーヴァテインと比べ、ひと回り程も大型化している。
その銃身――もはや砲身と呼ぶべきかもしれない――は更に長く、より巨大に。外観の雰囲気はそのままに、それでいて完全な別物とも呼べる代物となっていた。なお名前の最後に付いている『EL』とは、エルフ語で『星』を意味するらしい。
「ん、『エルフ汁』だね。じゃ取り付けるよ? いち、にぃ、さん、とうっ!」
「ちょっと! もっとそーっとやりなさいよ! 得体が知れないんだからソレ!」
「まぁ大丈夫でしょ、知らんけど」
「……アンタ、エルフの良くないところが感染ってるわよ」
莉々愛の指示により、莉瑠が『レーヴァテイン』の上部に小瓶を取り付ける。小瓶には淡青色に煌めく怪しい汁が入っていた。装着と同時、莉々愛がコッキングレバーを引く。怪しい汁が薬室内へと流れ込んでゆき、銃身全体が燐光に包まれる。
「なんともうオッケー! 充填率百パーセント、何時でも撃てるよ!」
「この充填の早さが逆に怖いのよッ! そもそもエルフ汁ってなんなのよ!?」
「そういや異世界方面軍の料理動画で、鍋にも入れてたよ?」
「だから余計に意味わかんないのよッ!!」
ぎゃあぎゃあと喚きながら、どうにか全ての準備を終える二人。何を隠そう、この『魔力充填式試製狙撃銃・レーヴァテインEL』を撃つのはこれが初めてなのだ。試射すらもまだ行っていない、完全初使用である。
「何今更ビビってんのさ。さっきは『見せてやるわ』とか自信満々に言ってたくせに」
「仕方ないでしょ! カメラ回ってるんだから!」
文句を言いつつ、なんだかんだと射撃体勢に入る莉々愛。砲身が長すぎる為に狙いがつけづらく、故にこの銃は、バイポッドを使用しての伏せ撃ちが基本となる。そうして莉々愛が伏せれば、ひんやりとしたダンジョンの地面が彼女の腹を撫でた。
「ふぅ……なんか床が冷たくて、気持ちが変に落ち着いてきたわね」
「どう? やれそう?」
「……やれるんじゃない? 不思議だけど、そんな気がしてきたわ。まぁ――――」
試射すら行っていない怪しい兵器の初使用だ。科学者であり技術者でもある莉々愛に言わせれば、それは恐怖以外の何物でもない。そうであるはずなのに、しかし何故だか『どうにかなる』ような気持ちになっていた。この数ヶ月、共に研究へと没頭した某エルフの影響だろうか。
トリガーに指をかける。莉々愛と莉瑠は顔を見合わせ、そして二人同時に、吹き出すように笑った。そうしてやはり同時に、双子が一言。
「知らんけど」
ゆっくりとトリガーを引いたその瞬間、莉々愛は衝撃ですっ飛んでいった。
拙者、最近腸活を始めました!(大嘘




