第337話 初めて見ますわよ!?
アーデルハイト率いる探索チームが、臨時拠点を出発して暫く。その間、都合三度ほど『首無し騎士』は再出現した。
階層主の再出現時間は場所によって異なるが、ここ大阪ダンジョンでは大凡一時間だ。そうして湧く度にウーヴェが一撃で倒したり、あるいは『魅せる者』と『茨の城』による即席チームで撃破したり。その光景は、ほとんど定点狩りといった様相を呈していた。
そして現在、残った防衛チームは小休止を行っていた。折りたたみ式のテーブルを広げ、同じく折りたたみの椅子を置き。キャンプ場でもあるまいし、およそダンジョンの最深部近くとは思えない寛ぎぶりである。なお、リナはアーデルハイトチームに加われなかったことにヘコみ、少し離れた場所であちら側の配信を見ていたりする。
そんな中、もう我慢出来ないとばかりにレベッカが口を開いた。
「ところでよォ旦那。さっき言ってた『魔族』っつーのは何なンだよ?」
「む……」
それは先程アーデルハイトとウーヴェの会話に出てきた、聞き慣れない単語についてだ。否、聞き慣れないというと語弊がある。単語自体については、現代人であれば一度は聞いたことがある単語だ。しかし誰もが知っているそれは、あくまでも空想上の存在に過ぎない。ウーヴェ達が話していたソレとは、恐らく似て非なるモノだ。そう予想したからこそ、レベッカは聞かずにはいられなかった。アーデルハイトとウーヴェの口ぶりから察するに、これまでの敵とは一線を画す相手だと思ったから。
「姫さんか旦那かクリス、少なくとも一人はいねーとヤバいって言ってたろ?」
「言ったな」
「……そんなにヤベェのか? 今回の相手っつーのは」
ウーヴェは腕を組んだまま目を閉じ、黙したまま椅子に背中を預けた。
そうして何かを考えること数分。レベッカが『寝たか?』と思った丁度その時、ウーヴェはようやく口を開いた。
「わからん」
長考した割には、誰にでも言えるクソみたいな回答であった。
分かっていたことではあるが、こういう時の説明役にウーヴェは向いていない。しかし今この場では『魔族』とやらを知っているのは彼だけだ。如何に役立たずであろうとも、今はウーヴェに尋ねるしかないのだ。
「……あァ? わかンねェって旦那、そりゃァどういうこったよ」
「む……何から説明したものか」
そうしてウーヴェは、いつものむっつりとした顔で語り始めた。
言葉足らずな部分も多かったが、そこは周囲が質問という形で埋めながら。
「魔族というのは……正直俺もよく分からん」
「ぶっ飛ばすぞ」
ウーヴェ曰く『魔族』とは、つまり『魔王』の配下であるとのこと。
言葉を解し、人と同じ知能を持ち、人よりも戦闘能力に秀でた種族。数は少ないが魔王の配下というだけあって、ほぼ全てが人間を敵視しているらしい。外見上は人型の者が多いが、しかし全てがそうだとは一概に言えないとのこと。人間と変わらぬ姿をしている者もいれば、見るからに魔物のような、あるいはそれ以上の異形の姿をしていることもある。強さもまたピンキリだそうで、下級魔族であればレベッカ達でもそれなりにいい勝負が出来る程度らしい。逆に上級魔族ともなれば、アーデルハイトやウーヴェでさえ油断が出来ない相手だそうだ。敵対理由や目的なども不明で、ただただ人類の敵であるとのこと。そうであるが故、『何なのか』と聞かれれば――――なるほど確かに、『分からん』であった。
「少なくとも人間にとっては敵だ。それ以上は俺も知らん」
「はぁン……まぁなンだ。ファンタジーで言うところの『魔族』とそう変わらねェってことか」
「恐らくな」
ちなみに、これがアーデルハイトやクリスであれば、魔族についてもっと詳しい説明が出来る。しかしながらウーヴェは、六聖の中でも特に浮世離れしている男だ。魔族と戦った事こそあれど、魔王を倒すだのという使命を抱いている訳ではない。ウーヴェにとって魔族とは、丁度いい修行相手くらいの認識でしかないのだ。今彼が語った内容も、あちらの世界では一般常識レベルの話。誰でも知っている話の表面を、ただふんわりと撫でただけに過ぎない。
「ンで? なんでまたそんなモンがこっちの世界に来てンだ?」
「分からん。まぁ、恐らくは聖女の差し金だろうが」
「聖女……あァ、例の蟹か」
「……蟹?」
これまでアーデルハイトの口からしか、語られることのなかった異世界事情。
現代人からすれば、なんともロマンのある話である。それがここに来てようやく、アーデルハイトとは異なる視点で語られたのだ。加えて情報の質こそ怪しいものの、意外と言うべきか、ウーヴェは大体のことには答えを返してくれる。その新鮮な話題には視聴者の誰もが興味津々といった様子であった。
隊を分けてから四時間ほど。
防衛チームは基本的に暇ということもあり、こちら側の配信はすっかり雑談枠となっていた。異世界の事、ウーヴェ自身の事、アーデルハイトの事。魔物の事や戦闘技術の事についてまで、およそ一時間程度をかけ、それらをウーヴェから聞き出してゆくレベッカと視聴者達。そうしてそろそろ、次の階層主が再出現するかという頃だった。俄にウーヴェの目つきが変わり、虚空をじっと見つめているではないか。
「つまり剣聖は俺にとって――――む」
「お? どうした旦那」
「……どうやらアタリを引いたらしい」
「あぁン? そりゃ一体どういう――――」
その不穏な空気にあてられたかのように、ウーヴェが見つめる先へと、その場の全員が視線を送る。
フロアの奥、先の階層へと繋がる暗闇。そこにはいつの間にか、巨大な『扉』のようなものが現れていた。異質な気配を纏うその『扉』は、周囲の闇を歪ませながら、ただ静かに浮かんでいる。誰がどう見てもただ事ではなく、ダンジョンギミックとしても異様な光景だった。
ゆっくりと扉が開く。
中から静かに歩み出てきたのは、人型の何かであった。
一言で例えるならば、現代でも有名な『バフォメット』と呼ばれる悪魔をそのまま擬人化したかのような、そんな姿であった。まず目につくのは、背中から生えた黒く大きな翼。『悪魔』と言われれば誰もがイメージするであろう、典型的な翼であった。そして羊や山羊といった偶蹄目の動物を思わせる、二本の立派な巻角。一目見れば誰もが理解する。なるほど確かに、ただの魔物とはそもそもの在り方が違う、と。
そうして悪魔――――協会の呼称名で言うところの『イヴリス』が、口を開いた。
発されたのはエコーが掛かっているかのような、ひどく耳障りな声だった。
「さぁ人間共、我に命を差し出――――」
しかし最後まで言葉を紡ぐより先に、その鋭い瞳がウーヴェを捉えた。
「……何? 貴様、まさか拳聖……か? いや、まさかそんなハズ……」
「む……? 貴様、どこかで見た覚えがある……か?」
ウーヴェとイヴリス、両者が共に目を見開く。
その会話はほとんど、久しぶりに再会した老人同士のようであった。
* * *
一方その頃の探索チームはといえば。
「あっ!? ちょっ……師匠ぉー! こっち! これ見て下さい! 何かいましたよー!」
汀のナビに導かれながら、三匹のペット達と共に先行していた月姫が、突如大声で叫んだ。
「もう……あの子、すっかりはしゃいでしまって……仮にもダンジョン内ですのよ?」
「初配信から遊んでいたお嬢様にだけは、言われたくないでしょうね……」
そんな月姫の呼び声に、アーデルハイトとクリスがゆっくりとダンジョンの角を曲がる。
「まったく、一体何をそんなに慌てて――――な、何ですの!?」
角を曲がったその先では、月姫と肉達が何かと対峙していた。
それは四足歩行の獣で、見たところサイズは狼型の魔物と同じか、それより少し大きいくらいだろうか。白くもふもふとした体毛に、ちょろりと出た小さな舌。頭部にはぴんと立ったふたつの耳と、二本の小さな角。そしてふりふりと揺れる三本の尻尾。異世界出身のアーデルハイトをして、いまだかつて見たことのない魔物であった。
「な、何ですのアレは! 初めて見ますわよ!?」
「あれは……恐らくサモエドですね」
「サモエド!? あの魔物が何か知っていますの、クリス!?」
「ええ、まぁ……」
クリスと魔物を交互に見るアーデルハイト。
自身が知らない、見たことも聞いたこともない魔物だ。それをクリスが知っているということは、恐らくこちらの世界では有名な魔物なのだろう、と考えたのだ。しかしクリスから返ってきた答えは、アーデルハイトが予想していたそれとは少々異なる情報であった。
「確かツンドラ地帯などの、主に寒い地域へと適応した大型犬ですね」
「ふぅん、そうだったんですの……犬?」
「はい、犬です。まぁ目の前のアレは角があるので、一応それとは別の魔物なんでしょうけど。尻尾も三本ありますし。可愛いですね」
瞬間、じりじりとにらみ合いをしていた月姫が再び声を上げる。
「あっ! 師匠っ!」
「今度は何ですの!?」
「お肉ちゃんが我慢できずに突撃しちゃいました! 逃げられます!」
「なんですって!? すぐに止め――――あら? 魔物なら別に止める必要は無いような……?」
ダンジョンの奥へ向かって凄まじい速度で走り去ってゆくサモエド(?)と、大喜びで追いかける肉と愉快なペット達。
「ダメですよ! あんなに可愛いんですよ!? 捕まえましょう!」
慌てた様子の月姫がそれに続く。
それを見たアーデルハイトは逡巡し、そうしてすぐに駆け出した。
「確かに、月姫の言う通りですわ! よくよく考えてみれば、尻尾が三本もあっておトクでしてよ! 折角ですし捕まえますわよ!」
言うが早いか、あっという間に見えなくなってしまうアーデルハイト。
残されたクリスは小さく息を吐きだし、カメラに向かって一言だけを告げた。
「……というわけで視聴者の皆様。これから少し画面が揺れますので、もしアレでしたら目を閉じて頂ますようお願いいたします」
真面目の裏で遊ぶのは高貴な嗜みです(確信




