第336話 例のなんとか言う敵
「準備運動には丁度良かったなァ」
「我が覇道を照らす光よ! 我が戦いぶりは如何に――――あ、多分見てなかったパターンだコレ!」
満足げな顔で首を鳴らすレベッカと、大型犬の様に跳ね戻る月姫。随分と余裕そうな口ぶりだが、二人共無傷というわけにはいかなかった。服はそれなりに汚れているし、致命傷こそないものの、その肌には小さな切り傷や擦り傷が見られる。とはいえ『勇仲』が突破するまでの長い間、多くの探索者達を跳ね返してきた強敵が相手だ。たった二人で討伐し切ったという事実だけでも、視聴者達が受けた衝撃は大きかった。
:やべぇ、マジで二人でやりきったぞw
:アーさんならワンパンやろ
:感覚麻痺してね? 異世界基準で考えるなよ
:これはこれで、アデ公とは違った凄さがあるよね
:チート主人公の隣にいる努力型ライバルみたいな
「あら、二人共才能はあると思いますわよ? 勘違いをしてはいけませんわ。才の有無に関わらず、努力は前提。ただの必須条件でしてよ」
:唐突な正論パンチやめて
:含蓄ありすぎて、ぐうの音も出ない
:アデ公が言うと滅茶苦茶説得力あるな
:魔物で遊べるのは才能と努力の賜物ってワケ
:正直想像出来ないけど、アデ公にも血の滲むようなあれこれが?
「白鳥だって、水面下では必死に脚を動かしているものですわ。まぁわたくしの場合は、水面下でも変わらず優雅ですけれど」
アーデルハイトは深いような深くないような、どこかで聞いたことのあるタイプの説法を行っていた。もちろん然しものアーデルハイトといえど、幼少時代は想像を絶するような苦労を重ねている。二代目剣聖という立場は、優雅なままで辿り着けるような境地ではない。だがそんな姿を微塵も想像させないところが、アーデルハイトの貴族たる矜持であった。
そうしてレベッカと月姫の二人が階層主を倒し、アーデルハイト達の元へと戻ってきた頃。今回の探索に於ける拠点、謂わば前線基地の設営がすっかり完了していた。大きめのテントがふたつに、積み重なった物資の数々。テーブル上にはマッピング用の機材。果ては折りたたみ式の椅子や簡易的なかまどまで。手早く設営したにしては、本当に基地のようなものが出来上がっていた。
「ねぇちょっと、コレはどこに置けばいいのよ?」
そんな中、莉々愛が困ったような声を上げた。彼女が指差す先には、莉瑠に抱えられたペット用の大きなバッグが。破裂しそうなほどパンパンに膨らんだそこには、肉と毒島さんと運営さんがぎっちりと詰め込まれていた。
これが通常のペットであれば、今頃はストレスやなんやらで大変なことになっていただろう。しかし相手は愉快で怪しい微妙な存在達だ。見ればバッグ前面のメッシュ窓から、みっつの鼻提灯が飛び出している。どうやらそういった繊細な事情とは無縁の様子である。
「適当にそのあたりへ置いておいて下さい。三匹とも、お腹が空いたら勝手に出てくると思いますので」
そんなクリスの指示に従い、積み上げられた物資の隣へとバッグを置く莉瑠。『本当にいいの?』といった考えが僅かに頭を過るも、しかし普段のアーデルハイト達の配信を思い出し、すぐに考えることを止めた。
今回、肉達がこうして運搬されているのには理由がある。といっても、特に複雑なものではない。この三匹――特に肉だ――は、好きにさせるとすぐに魔物へ向かって突進してしまう。しかし今回は現場まで急ぐ必要があった為、こうしてカバンに詰め込んでいるというわけだ。
「さて……それではこれより、例のなんとか言う敵を探しますわよ!」
これまでも中々の強行軍――戦闘面は非常にイージーだったが――であったというのに、元気いっぱいにそう宣言するアーデルハイト。しかしそんなやる気満々の彼女へと、意外な人物から『待った』がかかる。
「待て。先に役割を決めろ。貴様も理解っているだろうが、相手は恐らく『魔族』だ。俺か貴様、あるいはそこのメイド。三人のうち、誰かはここに残るべきだ」
そう、まさかのウーヴェである。アーデルハイトと並ぶ『ぶっ壊れ戦力』の片割れが、意外にもまともな事を言いだしたのだ。当然ながら、これには誰もが驚いた。以前より彼を知る異世界組はもちろんのこと、レベッカですら目を丸くしている。ここに居る全員が、ウーヴェを猪か何かだと思っていたことの証左であった。
「ちょっと貴方、本当にあのウーヴェですの? もしやわたくしにボコられすぎて、遂におかしくなりましたの?」
「ボコられてはいない」
腕を組んだまま、むすりとした顔でそう言い返すウーヴェ。
これはアーデルハイトでさえ知らなかったことだが、そもそもウーヴェは態度にこそ出さないものの、実は面倒見が良い方だったりするのだ。
基本的には戦うことしか考えていないウーヴェだが、しかし偶然立ち寄った村や街、集落などが魔物被害で困っていた場合、優先してその原因となる魔物を処理してきた。故に周囲は彼を讃え、聖人のように呼んだ。彼のこうした部分こそが、修行バカでありながらも『六聖』と呼ばれる、その理由である。なんだかんだとレベッカを見てやっているのも、彼のこうした性格に起因している。
ちなみにアーデルハイトも同様に、本当に困っている相手はちゃんと助けるタイプである。しかしウーヴェと比べて、アーデルハイトの方はその基準が少々ガバい。なまじ実力が高いだけに、『このくらいなら大丈夫ですわよね?』を地でやりがちなのだ。とはいえ、それがかつての精強な騎士団や、今の月姫を作り上げたというのもまた事実。
要するにタイプの問題だ。『見かけによらずスパルタのアーデルハイト』と『見かけによらず甘めなウーヴェ』といったところか。一長一短、どちらが正しいとは一概には言えないだろう。
「んぅ……確かに、ウーヴェの意見にも一理ありますわね」
「そうだろう」
「では、索敵チームと防衛チームのふたつを作りますわ。索敵チームは件の魔族(仮)を探しつつ、周囲の魔物を見敵必殺。防衛チームはキャンプと物資を守りつつ、魔族が現れれば迎え撃つ。これで如何ですの?」
流石は騎士団長と言うべきか、こうした割り振りには迷いがない。そんなアーデルハイトの提案に対して、これといった反対意見は出なかった。敵は神出鬼没であり、かつ人間を狙っているかのような動きを見せるらしい。故に二手に分かれ、どちらかで交戦が始まれば現場に集合・挟撃を行う。いわば敵の性質を逆手に取る策であった。
無論通常であれば、強力な敵を前にして隊を分けるなどただの愚行でしかない。敵の位置が分からない以上、戦力を分散させる意味がない。結果として各個撃破のリスクだけが残る、そういう策だ。しかし、どれだけ強力な敵が相手だったとしても、単騎で対抗し得る存在が三人いる。だからこそ取れる策であり、だからこそ有効な策だった。
方針が決まったとなれば、あとは組分けだ。
そもそもの話、このキャンプ地はそう長くは保たない。一定以上の時間が経過すると物資が黒霧へと変換され、ダンジョンへと吸収されてしまうからだ。その目安は大凡七時間前後と言われており、これは探索者にとっての常識でもある。
一応、今回運び込んだ物資には、オルガンの怪しい技術による延長処理――曰く、魔力で物資をコーティングすることにより云々――が行われている。とはいえそれでも、消滅までの時間をどうにか数時間伸ばせるかどうか、といったところなのだ。故に、こんなところで時間を無駄には出来ない。
「では、わたくし率いる貴族チームが捜索に出ますわよ!」
もちろん、アーデルハイトはこう宣う。
しかし久しく魔物と戦っていないウーヴェも、ここは譲れとばかりに対抗を始める。
「待て。ここは俺が出る」
何度も言うが、こんなことで揉めている時間はない。それをちゃんと理解しているからこそ、アーデルハイトはウーヴェの出陣を認めるわけにはいかなかった。
「ダメですわ! ウーヴェ率いる山賊チームはお留守番ですわ! 理由はもちろん、お分かりですわよね?」
「む……?」
「だって貴方、方向音痴でありませんの。わたくしの領地に迷い込んだ件、忘れたとは言わせませんわよ?」
「くっ……」
身に覚えのあり過ぎるウーヴェは、一瞬で苦虫を噛み潰したような顔に変わっていた。そう、それはまだ異世界に居た頃のこと。ウーヴェは旅の途中で公爵領へ無断で侵入し、そこでアーデルハイトと初めて戦うこととなった。そんな方向音痴に捜索チームを任せれば、早晩迷子になるのが目に見えている。更にそこへ追い打ちをかけるように、チンピラチームの副リーダーが言葉を付け加えた。
「アタシも、旦那は待機の方がいいと思うぜ。もう今更だし言っちまうけどよォ……軽井沢ダンジョンだっけか? あン時も、そりゃあ酷いモンだったからなァ」
「ヌッ……」
「迷って姫さんらと逸れた挙げ句、落とし穴に落ちて最下層直行だぜ? アタシ的には攻略出来てラッキーだったけどよォ……ぶっちゃけ、探索者としてのセンスはねェわな」
レベッカが語ったのは、軽井沢攻略事件の真相であった。誰が攻略したのか未だに判明していない、例の事件である。そんな未解決事件の真相が、ここにきて唐突に明らかとなったのだ。それを聞いた視聴者達は、当然のように大騒ぎを始めて――――否、意外にも彼らは落ち着いていた。高速で流れるコメントを拾い上げれば、その理由はすぐに分かった。
それら視聴者のコメントを纏めて曰く。
:どうせそんなことだろうと思ってたよ!
とのことである。
お待たせ致しました!
活動報告でもお知らせしました通り、一周お休みを頂きました。
これもすべてGWなどというそびえ立つクソの塊イベントのせいです!




