第334話 混沌より出でし魂の咆哮(意味不明)
平均的な人間の倍はあろうかという巨躯に、まるで鉄板のような大剣と強固な鎧。かつ、それでいて機敏。攻撃力と防御力、そして機動力を兼ね備えた難敵。それが階層主『首無し騎士』である。
一般的には不死系のモンスターとして描かれがちだが、現代ダンジョンに於けるデュラハンはそうではない。どちらかといえばゴーレムの一種とされており、頭部が不自然に存在しないことからそう名付けられた。だがいずれにせよ、先日『勇仲』によって討伐されるまで、数多の探索者達を阻んできた階層主だ。強敵には違いない。
そんな強敵に対して、臆することなく月姫が躍りかかる。ほとんどフレーバーとしての意味しか持たない黒炎を、手にした『蛟丸』に纏わせながら。
「ククク、闇の炎に抱かれて――――馬鹿なッ!?」
しかし、振り上げた一撃は空を切る。
月姫の放った攻撃が届くより先に、デュラハンが体勢を崩し、数歩分も後ろに下がっていたからだ。
「あン? 悪ィ、何か言ってたかァ?」
跳躍した月姫とは真逆。
レベッカが地を這うような動きで肉薄し、敵を徐ろに蹴り飛ばしたのだ。まるで獣のような、靭やかで素早い動きであった。元より野性味のある戦い方をするレベッカだが、ウーヴェに師事して以来その切れ味は一層増している。大剣を手にしながらも敵を蹴りつけるあたり、チンピラ具合はまるで変わっていなかったが。
エンタメを忘れない月姫と、ひたすら実戦的なレベッカ。実力面はさておき、志向については師の影響をしっかりと受け継いでいる二人であった。そしてそんな弟子たちの戦いを、師がどう見ているのかと言えば――――
「よし、これで攻略出来る筈だ……おい剣聖、さっきのなんとかいう技をもう一度やってみせろ」
「さっきの技……? なんですのそれ?」
二人は戦闘などまるで見ていなかった。
アーデルハイトに至っては既に満足したのか、シャイニング・ウィザードのことすらすっかり忘れている様子である。教え子への信頼感と言えば聞こえは良いが、それにしても緊張感に欠けるやりとりであった。
:微塵も興味なくて草なんよ
:【悲報】宇部、まだ対策を練っていた
:【朗報】宇部、ついに攻略法を思いつく
:【悲報】アデ公、自分が繰り出した技を既に忘れていた
:アーデル記憶喪失ハイト
:飽きたんやろなぁ……
:だんちょは気分屋なとこあるから……
:戦闘の方が気になる視聴者はアトラクティヴ側の配信を見よう(提案)
:二画面視聴推奨
:右の画面と左の画面、同じフロアとは思えないんだがw
とはいえ、今回の探索は一応『コラボ配信』と銘打たれている。異世界方面軍だけではなく『魅せる者』側でも配信が行われているため、視聴者達は月姫達の戦闘もしっかりと楽しむことが出来ている。よく訓練された団員達は、当然のように二窓同時視聴だ。『魅せる者』目的で視聴している海外勢には、こんな気の抜けた裏側を知られていないことだけが救いだろうか。
しかしその一方で、月姫とレベッカの二人は、自分たちの戦いが見られているものと思い込んでいる。故にいつも以上に張り切り、後のことなど知ったことかと言わんばかりに暴れまわっていた。
鋭く振るわれたデュラハンの大剣を、同じく大剣で真正面から受け止めるレベッカ。傍目に見ても分かる威力の攻撃であったが、しかし彼女はびくともしない。制覇報酬として軽井沢で拾った例の大剣は、それまで彼女が使っていたものよりも、性能面で大きく上回っていた。受け流した訳でもないのにしっかりと防げているあたり、恐るべきは武器の性能とレベッカの身体能力か。
「ハッ! こんなモンかよオイ!」
まるで挑発するように気炎を吐くレベッカ。そんな彼女の陰から、月姫がやかましく飛び出してゆく。
「混沌より出でし魂の咆哮! 受けろ我が一撃、必殺――――”怒りに燃え蹲る者”!!」
黒炎が螺旋を描き、蛟丸の周囲を逆巻く。
レベッカへの攻撃直後であったため、敵は硬直して動けなかった。そうして下方から薙ぎ払われるように放たれた斬り上げは、デュラハンの左腕をばっさりと斬り飛ばしていた。
:アイタタタタぁー!
:は、恥ずかしいいいいいいい!!
:見てらんないよぉ……
:あの師にしてこの弟子よ
:ある意味どっちもセンス抜群ではあるな……
:まさかカグー、お前全部の技にドラゴンの名前を……?
:と思うだろ? 前に使ったバハムートはクジラなんだよなぁ
:もうドラゴンで浸透してるからいいんだよ!
:お前ら技名に気を取られて威力がヤバいことに気づいてないだろw
ぎゃあぎゃあと大量のコメントが流れてゆくが、どれを取っても概ね好評ではあった。実際に得られた成果が、クソみたいな技名のせいで台無しになる点は、まさしく師匠譲りといったところか。もちろん、そんなところまで真似をする必要はないのだが――――しかしファンは喜んでいるのだから、これはこれで良いのだろう。
大きく体勢を崩すデュラハン。
視聴者の誰もが歓喜する中、レベッカはその僅かな隙を見逃さなかった。一流の探索者は、戦闘中の出来事に一喜一憂したりはしない。ただ状況をありのままに受け入れ、その時点での最適解を導き出し、そして考えるよりも先に行動する。
レベッカの最も優れた点。
それは野生の本能とも呼べるほどの、類稀なる状況判断能力であった。無論言うまでもなく、戦闘力はとびきりだ。だが探索者は戦いが得意なだけでは務まらない。トップまでは上り詰められない。彼女を現在の地位にまで押し上げた要因の最たるは、間違いなくこの『本能』にあるだろう。
どこぞの公爵令嬢などは、本当にただの戦闘力だけでダンジョンをのしのしと闊歩していたりするのだが――――あれは例外中の例外だ。ダンジョン探索のいろはを説かれているというのに『全部倒してしまえばよろしくてよ』だの『全部持ち帰ればよろしくてよ』などと宣う輩と比べるのは、まるで意味のないことである。
視界を覆い尽くすように広がった黒炎――何度も言うが、殺傷力はほぼ皆無である――を切り裂きながら、レベッカが飛び出し大剣を振りかぶる。先程までのチンピラムーヴから一転、すぅと細められた瞳は、うっすらと金色の輝きを宿していた。
それは『魔力』と対を成すもうひとつの力。
ウーヴェが編み出し、これまでウーヴェにしか理解出来なかった理。つまりは『闘気』の輝きであった。そうして振るわれたレベッカの一撃は、先の魔力を利用した月姫の一撃に劣らぬものであった。
「ゥオラァァァァ! 死ねや雑魚カスコラァ!!」
その裂帛の残念さ具合も、ベクトルは違えど、やはり先の月姫に勝るとも劣らぬものであった。
あまりにも治安が悪い(再確認
ちなみにウーヴェ以外で闘気を習得したのはレベッカが初です(両世界含めて
ウーヴェに弟子が居なかったので、当たり前といえば当たり前なんですけど




