第333話 オルたそが見ている
質と数、両方を備えたダンジョン攻略は順調の一言であった。
鬼に遭っては鬼を斬り、というわけではないが――――その見敵必殺具合ときたら、視聴者達がこれまでに見たこともないような、まるでゲームのような爽快感を提供していた。
そんな順調な探索を支えている、大きな要因。
ぶっ壊れが二人居ることももちろんそうだが、何よりも。
「その先、右方向から魔物が一体向かってるッス」
耳元から聞こえる指示に、アーデルハイトが意気揚々と躍り出る。またぞろ、どこかで覚えたらしい怪しげな言葉を発しながら。
「ノーブル・ジャンプスケアですわー!」
通路の角から飛び出すや否や、先程拾った棍棒を一閃。角の先に居たオーガがあっさりと両断――振るっているのは鈍器の筈だが、今更である――される。崩れ落ちたオーガは、驚きと恐怖、困惑を綯い交ぜにしたような表情を浮かべていた。
そう。攻略部隊へと的確な指示を飛ばす汀の存在こそが、このダンジョン探索を円滑にしている最大の要因といえるだろう。元々『チート過ぎる』などと言われていた『魔力振伝播』と『地図生成』は、今回の探索では容赦なく使用されている。
この馬鹿げたふたつの魔法によって、ダンジョン内では頻繁に起こる筈の不意遭遇が一切発生しないのだ。そればかりか、わざわざ魔物を追い回したり待ち伏せしたりと、殆どやりたい放題となっていた。
なおジャンプスケアとは、ホラー映画などでよく見られる演出上のテクニックのことである。大きな音や映像と共に、出来事を突如変化させる『例のアレ』のことだ。凡そノーブルとは程遠いやり口と言えるだろう。閑話休題。
:草
:何でもノーブルつければいいと思ってない?
:どこで覚えて来たんだよw
:そっちが驚かす側かぁ……
:もうこれどっちが魔物かわかんねぇな
:オーガさんが可哀想に見えてきた
:楽しそうだからヨシ!
:久しぶりに見たけどさすがミギー汚い
これには視聴者達も大喜び。
しかし異世界方面軍をまだよく知らない海外勢などは、その意味不明な光景に困惑しきりであった。国内では随分と有名になった異世界方面軍ではあるが、汀がこれらの魔法をフル活用するのは、異世界方面軍の配信でも中々に珍しい事だからだ。
アーデルハイトとクリスの二人をサポートするため、汀が習得したふたつの魔法。しかしその効果は、ダンジョン探索に於いてあまりに強力過ぎた。元より強力なアーデルハイトの突破力と合わさり、ダンジョン配信特有のスリルや緊張感といったものが消滅してしまうのだ。故に縛りプレイというわけではないが、本当に必要な場面以外では使わないようにしていた。サポートするために習得した魔法が使えないのだから、まさしく本末転倒である。
だが今回は伊豆ダンジョン攻略時と同様、蹂躙が目的である。
故に、汀が自重する必要もないというわけだ。
「いつ見てもえげつないわね……」
メンバーの中では恐らく最も常識人――――もとい、良識があるであろう莉々愛は、棍棒を振り回すアーデルハイトを見ながらそう呟いた。
* * *
梅田ダンジョン十五階層。
件の悪魔――『イヴリス』とやらが出現した地点まで残り五階層。
一度倒してしまえば階層主は暫くは現れないため、一行はこの階層主フロアを仮の拠点とするつもりであった。しかしダンジョンの特性上、長時間の滞在が出来ない。故に、可能な限り手早く階層主を処理する必要がある。ある筈なのだが――――
「じゃーんけーん!」
「ポンですわ!」
一行は階層主と戦う者を、じゃんけんで決めていた。
「それ何ですか師匠!?」
「これは聖剣ですわ。グーの100倍の強さを誇りますのよ?」
「お嬢様……その手がありましたか」
「いや、ないからそんなの! 最低限のルールは守りなさいよ!」
アーデルハイトが出した怪しげな手の形に、月姫と莉々愛が素早く突っ込んだ。圧倒的な強さを誇る今回のメンバーではあるが、強いて言えばツッコミ要員の少なさが弱点だろうか。ちなみにウーヴェはひとつ前の階層主と戦っているので、今回は参加権利ナシとなっている。
とはいえ、二人を不参加としてもかなりの人数だ。一度のじゃんけんで決着をつけるのは相当に難しいだろう。そこで見かねたレナードにより勝ち抜き戦が提案され、二組に分かれての大じゃんけん大会が開催されることとなったのだ。
組分けとルールは単純。
それぞれの組から勝ち上がった二人が、共に階層主と戦う権利を得るというもの。
組分けはアーデルハイト、クリス、月姫、莉々愛の国内組。そしてもう一方は『魅せる者』の海外組であった。なおコメント欄では『いやもう、四人一組にして代表者じゃんけんしろよ』などと言われていた。まったくもってその通りである。
しかし曲者揃いのこの面々で、そんな常識的な案が採用されるはずもなく。
「オイ、リナ! ふざけンなよテメェ! 後出しだろうが今の!」
「ハー? 目ぇ腐ってんデスかー? ちゃんと出しましたケドー?」
「待て、ここは俺に譲ってくれ。オルたそが見ている」
「二人共揉めるな。あとレナードはキモ過ぎる。配信中だぞ」
海外組にしてもこの通り、すんなりとはいかない様子であった。
そうして、階層主の目の前で揉めること十五分。
「よォ、アンタと一緒に戦うのはあン時以来だなァ」
「ですね! 師匠の弟子として、レベッカさんには負けられません!」
互いに言葉を交わしつつ、意気軒昂な様子でフロアへと歩み出る二人。漸く決まった各組の代表者は、奇しくもいつぞやの再現となっていた。互いに国を代表するトップ探索者であり、かつ双方ともに『六聖』の弟子。一時的なものとはいえ、視聴者垂涎のコンビが誕生した瞬間であった。
:これは激アツですよ!
:まさかこの二人が共闘するとはなぁ……
:なんか前にも共闘したことある口ぶりじゃね?
:多分あれだ、コミバケのスライム事件
:そういやネットニュースに画像上がってた気がする
:めっちゃ遠距離から撮られたやつな
:モザイク系男子ことウーヴェ氏がデビューしたやつか
しかし、そんな盛り上がりを見せる視聴者達を他所に、酷く消沈した様子の者がふたり。アーデルハイトとサブリナが共に地面に膝をつき、最後方で己の弱さを嘆いていた。
「わ、わたくしの聖剣が……ルール違反……?」
「そんな……アーさんと共闘する夢が……!」
なおアーデルハイトは『聖剣』なる怪しい技により。リナはあの手この手で繰り出した反則行為により。二人共、ルール違反による失格だった。
まさか、超高速破壊拳……!?
いや、アレはチョキの百億倍でしたかね?




