第330話 熟練のカリピスト
「お嬢様、チャンスですよ」
「グッドですわクリス! さぁ食らいなさい! 今、必殺の! ノーブル! キャリバーァァァァああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
アーデルハイトが悲鳴を上げていた。
突如として響いた悲痛な叫びに、居眠りをしていた肉と運営さんがびくりと反応する。そうして一瞥をくれた後、鼻を鳴らして再び入眠してゆく。
「ちょっとクリス!? あの猪は一体なんですの!? 卑怯にもわたくしの後ろから、いきなり突進してきましたわよ!?」
「あるあるです」
デスクを両手で叩きながらクレームを付けるアーデルハイト。そんな彼女を見て、向かいの席に座る汀がゲラゲラと笑っていた。否、汀だけではない。後ろで見ていた枢も、汀同様に爆笑していた。
「わははははは! ついにお嬢も洗礼を浴びたッスね!」
「ぶふっ……あははは! 思ってた通りのリアクションで助かりまーす!」
実際は由緒正しき公爵家の娘なのだが、しかしファン達からは『芸人令嬢』などと呼ばれることもあるアーデルハイトだ。こうしてリアクションをいじられるのは、こちらの世界に来てからすっかりお馴染みの光景である。なんでも、怒ったり叫んだりしている彼女からしか得られない栄養があるのだとか。それを証明するかのように、視聴者達も大喜びでコメントを投下していた。
:クッソw
:きったねぇ低音ボイスやめろw
:こうなれとは思ってはいたけど、いざそうなると笑っちまうw
:予測可能、回避不可能
:まぁ誰もが通る道だからね、多少はね
:ノーブルキャリバあ゛あ゛あ゛!
:やめろw 笑い死ぬw
:溜め3のケツしばかれるのあるあるw
そう。
アーデルハイト達は現在、仮の拠点として居座っている魔女と水精ののパーティハウスにて配信を行っていた。魔女と水精はダンジョン専門の配信者というわけではなく、頻度こそ少ないものの通常のゲーム配信なども――主に枢と紫月が――行っている。
故に数ある部屋の一室を、ゲーミングハウスのような環境に整えてあるのだ。それを知ったアーデルハイト達が、風呂上がりに部屋を借りているというわけだ。
ちなみにアーデルハイト達が現在プレイしているのは、つい先日発売された『モンスター娘狩人』という大人気ゲームシリーズの最新作である。多種多様な人外娘を集団でボコボコにし、場合によっては捕獲したりもするちょっぴりエッチなアクションゲームだ。視聴者からの要望が多かったこともあり、いい機会だからと人の家で配信をしている。大阪ダンジョンの件があるというのに、随分とまぁ呑気なことである。とはいえ、これにも一応の理由があるのだが――――
そんな騒がしい一団をソファの上から、スズカと紫月、そしてクオリアが眺めていた。まるで野球観戦よろしく、それぞれ酒を入れながらである。紫月は下戸なため、スズカとクオリアだけではあるが。
「なんで京都まで来てモン狩してんねん」
「明日の昼までは暇だから、だってさ」
「それよりもアナタ達、クリスさんの笛捌き見たかしら? あれは熟練のカリピストよ」
時計は既に二十時を回っており、魔女と水精の面々もすっかりオフモードである。そこでスズカが、異世界方面軍の面子が一人足りないことに気づく。最も大人しそうに見えて、しかし実際には最も謎行動の多いエキセントリックロリエルフのことを。
「……ちゅうか、あのちびっ子は何処いったんや? 姿見えんとめっちゃ不安やねんけど」
「もう寝たってさ」
「あらかわいい。実際は凄い年上だって聞いたけど、そういうところは見た目相応なのねぇ」
泊める分にはなんの反対意見もないスズカだが、パーティリーダーである手前、監督責任は当然彼女に伴う。部屋を破壊でもされれば溜まったものではないと、実は気が気ではなかったのだ。しかしトラブルの元が既に就寝していることを知り、スズカは安堵の息を漏らした。
「ほんならええんやけど……で? 明日の昼になったら何がどうなんねん」
「人と待ち合わせしてるんだってさ。なんか今回は珍しくアーデルハイトさんが怒ってるらしいよ。なんか『ボコボコに攻略してやりますわ』とかなんとか」
「あら怖い。何が怖いって、あの子達がそう言うと本当に無茶苦茶しそうなところよねぇ……前にコラボしたときも大概だったもの」
そんな雑談をしながら、ぼけっと配信を見学する三人。
そうしてスズカが視線を戻した時、アーデルハイトは虫に刺されて麻痺していた。
* * *
アーデルハイト達が間借り先で配信をした、その翌日。
探索者協会大阪支部のロビーは、ざわめく職員たちの声で満ちていた。
「……マジ? 知ってる探索者しかいないんだけど?」
「いやぁ、ていうかよく許可下りたなぁ……というか国内パーティはともかく、アレはどういうルートで依頼したんだよ」
「それが、どうやら公式の活動じゃないらしい。噂だと、異世界方面軍が『折角だから一緒に行こうぜ』くらいの感じで声かけたんだってよ」
「はー……それでこんだけの面子がホイホイ来てくれるんだから、いよいよ異世界方面軍の影響力も洒落にならねぇよなぁ……」
カウンターの内側であったり、或いはロビーの隅であったり。各所でそう口々に噂する職員たちの前には、豪華過ぎるメンバーが集まっていた。
「ちょっと! この私を呼びつけたんだから、搬入くらい手伝いなさいよ!」
「オルガンさんから多すぎるくらい対価はもらってるんだし、このくらいはこっちでやろうよ……」
大きな荷物の搬入を指揮しているのは、淫乱ピンクこと獅子堂莉々愛と、その弟である獅子堂莉瑠であった。恐らくは急遽呼び出されたのだろう。莉々愛は既に、ぷりぷりと機嫌の悪そうな顔をしている。
今回の莉々愛達は後方支援担当だ。
量産型ポーションの提供に加え、成果物の後送までをも引き受けている。今回はアーデルハイトの宣言通り、ぺんぺん草も生えなくなるほど徹底的に攻略するつもりであった。故にどうしても、支援専門のパーティが必要だったのだ。
続いて、椅子に座りながらギコギコと、えらく機嫌が良さそうに揺らしているガラの悪いチンピラ女。言わずもがな『魅せる者』のレベッカである。もちろんパーティメンバーも揃っており、その隣にはムスっとしたウーヴェの姿もあった。
「よォ旦那、楽しみだなァ?」
「馬鹿を言うな。俺はシフトに穴を空けているんだぞ。この程度のダンジョン、剣聖だけで十分だろうが」
「まァそう言うなって。なんか面白そうな敵が居るらしいぜェ?」
「神獣クラスが出たわけでもあるまいし、下らん」
彼女たちは攻略班であり、アーデルハイト達と共にダンジョンへと潜る予定だ。元よりレベッカからコラボのオファーを受けていたため、丁度いいからという理由で声をかけた次第である。
そしてアーデルハイトの隣、まるで大型犬のようにソワソワしているのは月姫だ。ウーヴェとその弟子であるレベッカが共に潜るのだから、アーデルハイトの弟子である月姫も呼ばないわけにはいかないだろう。ちなみに月姫の父親である東海林にも声をかけたのだが、彼は先日ダンジョンで腰をやったらしく、今回は欠席である。
「というわけで、今回はこのメンバーでダンジョンに潜りますわよ! 後方支援は淫ピーが担当して下さいますわ。ですので物資の運び出し等は気にせず、容赦なくボコボコにして結構でしてよ!」
そう高らかに宣言するアーデルハイト。
しかしその時、異世界方面軍係として帯同していた国広燈から待ったがかかる。
「あのぉ……アーデルハイトさん……攻略しちゃうのはちょっと、マズいんじゃないかなぁって……利用者も多いですし、ここが資源ダンジョンになっちゃうのは、そのぉ……」
そんな燈の懇願は、しかし今のアーデルハイトには届かなかった。
「ダメですわ! 今回は全力でぶっ壊しますわ!」
最近のシリーズは雑魚が少なくて快適な反面、ちょっとさみしい気持ちもあったり
ところで
Xでも少し弁明したのですが、実は私、全治二週間の怪我をしまして……
それもあって、今回の更新が間に合うかどうかが微妙でした
どうにか間に合わせましたが、しかし急ぎで仕上げたこともあり、後から修正を入れるかもしれないということを先にお伝えしておきます
その際は活動報告等でお知らせ致しますので、何卒ご了承下さいますようお願い申し上げます m(_ _)m




