第329話 花粉みたいなものです
探索者協会大阪支部。
都市部のど真ん中に位置しているそこは、立地としては渋谷支部に近い。すぐ側にはスカイビルがあり、少し歩けば大きな公園も。利便性も高く、また支部を一目見ようと観光気分で訪れる者も多い。支部のすぐ隣には、一般人向けのグッズ売り場まで設置されているほどだ。協会支部の規模としては、国内でも一、二を争う支部であろう。
そんな大阪支部ではあるが、現在は一時的に閉鎖されていた。またもしもの事態を想定し、隣接する施設等にも入場制限がかかっていたりする。おかげで支部の周りは、普段と比べ物にならないほど閑散としていた。
これはもちろん、例のイレギュラーに起因するものだ。立入禁止の衝立やテープなどで周囲を囲まれており、どこぞの事件現場を思わせる様相であった。とはいえ職員は普通に出勤しているし、関係者であれば普通に出入りは出来る。つまりは野次馬避けというわけだ。
そして今、大阪支部の前で金髪のジャージ女が仁王立ちしていた。
「むっすー」
機嫌が悪そうに、頬をぷぅと膨らませて。
「……あの、アーデルハイトさん?」
一体何事かと、国広燈が機嫌を伺うように尋ねてみる。
彼女は伊豆支部の支部長であり、本来であればこんなところまで付き添う理由などない。大阪で発生した問題なのだから、当然大阪支部の管轄である。だが何かと扱いづらい異世界方面軍への指名依頼ということで、今回は特別に、異世界方面軍係として帯同しているのだ。協会長より直々に命じられれば、いち支部長に過ぎない燈に断れるはずもなかった。ちなみにちゃんと出張扱いである。
そんな燈の問いかけは、アーデルハイトの鼻息によって吹き飛ばされてしまった。
「むっすー!!」
まるで肉のように、ふすふすと鼻を鳴らすアーデルハイト。一体何がそんなに気に入らないのやら、燈にはまるで想像がつかなかった。ここにやってくるまでは、特別そんな素振りは見せていなかったのに。或いは気が変わり、ここまできて依頼を断るつもりであろうか。そんな不安すら覚えていた。しかしどうやら、そういったものではないらしい。不安そうな表情の燈へと、見かねたクリスが声を掛ける。
「国広支部長、どうかお気になさらず。アレは一種のアレルギーみたいなものですから」
「え、あ、そうなんですか? なら良いんですけど……アレルギー?」
「はい。お嬢様にとって、アレは花粉みたいなものです。私やオルガン様にとっても、ですが」
お気になさらずと言われても、だ。
クリスの話は到底、燈に理解出来るものでなかった。それもその筈。今の話が理解できる者など、この世界には四人(と一匹)しか居ないであろうから。
「くっさ」
それを証明するかのように、燈の隣でオルガンが鼻を摘んでいた。その頭の上にはペットの三匹が、まるで鏡餅のように乗っかっている。その一番上に鎮座している白ウサギが、器用に鼻を押さえながら『きゅう』と鳴いてみせた。
「おうおう、これは凄いのぉ。馬鹿妹の気配がムンムンするわい」
「なるほど……イカレサイコビッチと女神の合せ技というわけ。道理でくさいわけ」
運営さんの言葉を受け、得心がいったような表情でオルガンが頷く。頭を動かしたせいか、頭上のアニマルタワーは崩壊した。
ともあれこれが、アーデルハイトが不機嫌なその理由であった。大阪支部――――厳密には、地下に存在する梅田ダンジョンから漂う異様な気配。こちらの世界の人間には分からないであろうが、しかし異世界出身、かつあの女を知るものならば瞬時に気づくであろうその匂い。
周囲に漂う法力の残滓。
それはかつて巨獣が現れた際、アーデルハイトが感じた匂いと同じもの。その上で、あの時よりもずっと色濃く感じられる。つまり、またなのだ。またあの女の仕業である。それに一目で気づいたからこそ、アーデルハイトはぷぅぷぅと膨らんでいたのだ。
「ぐぬぬ……一旦撤収しますわ!」
「おや……お嬢様のことですから、すぐに突撃するかと思ったのですが」
「今度という今度は許しませんわ! 何度も何度も邪魔をして……完膚なきまでに叩き潰して差し上げなければ、わたくしの気が済みませんわ! というわけで準備に戻りますわよ」
アーデルハイトはそう言うと、大股で元来た道を戻ってゆく。その優雅さもへったくれもない足取りからは、珍しくも彼女の苛立ちが伝わってくるようであった。
* * *
大阪支部を後にしたアーデルハイト一行は、小一時間程をかけて、京都のとあるマンションにやって来ていた。
「というわけで、暫く泊めて下さいまし」
「どういうワケやねん」
ドアを開いて姿を見せたのは、魔女と水精のリーダーであるスズカであった。どうやら現在はオフらしく、スウェットパンツにTシャツというラフな格好をしている。部屋の奥からは『え!? あーちゃん来てんの!? なんで!?』などという枢の声も聞こえる。そう、アーデルハイト達が大阪遠征の拠点として選んだのは、魔女と水精のパーティハウスであった。
「折角知り合いが近くにいるのですもの。ホテル代がもったいないですし、利用しない手はありませんわ」
「あんたら金持っとるやろ……いや、泊めるんは別にかまへんねんけど」
「オッケーですってよー!」
アーデルハイトが後方に向かって叫べば、宿泊希望者達がぞろぞろと姿を見せる。ドサクサに紛れ、燈まで付いてきている始末であった。
「いやー、助かるッスー! 手持ちの機材だと通常配信が出来ないもんで、どうしようかと思ってたんスよねー。あ、パソコン借りていいッスか? あざーっす!」
「まだ何も言うてへんけど!?」
汀が遠慮なく、まるで自分の家であるかのように部屋へと入ってゆく。次いで部屋に入ったクリスが、酷く慇懃な態度でスズカへ手土産を渡す。
「泊めていただくお礼……というわけではないですが、よければ皆さんでお召し上がり下さい。八ツ橋です」
「京都の人間に八ツ橋渡すヤツがおるか!!」
キレのあるツッコミを放ったスズカの脇を、のそのそとオルガンが通り過ぎていく。そうして入室のついでに、スズカの乳を突付いて一言。
「ふむり……なかなかでかい」
「初対面なんやけどなぁ!?」
最後に、申し訳無さそうな顔をした燈が部屋へと入る。
「あははー……す、すいませんお邪魔しまーす……」
「アンタは支部の仮眠室でええやろ!!」
ツッコミ疲れたのか、スズカがぜぇぜぇと肩で息をしながらドアを閉じる。部屋の中では既に、アーデルハイト達がやいのやいのと大騒ぎを始めている。一体いつまで滞在するつもりなのやら、スズカはこれから訪れるであろう苦労を思い、大きなため息を吐き出す。
ともあれこうして、異世界方面軍は当面の拠点を手に入れたのであった。
DDoS攻撃だと……
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