第328話 それはちょっと、どうなんでしょう
「んぅーーーーっ! 薄いですわ!」
国賓の接待にも使われるような高級料亭で、料理を口にしたアーデルハイトの第一声がこれであった。頬に手を当て、幸せそうな笑顔を見せて。となれば次は『おいしいですわー』とでも言うのかと思えば、しかしこれだ。
別にアーデルハイトは馬鹿舌というわけではない。味の細かな違いは分かるし、素材の味を楽しむといった感覚も持っている。ただこちらの世界に来てから口にした数々のジャンク達が、彼女の味覚をそっち方面へと染め上げてしまったのだ。もとより食文化が貧弱であった帝国出身ということもあってか、アーデルハイトの好みは大分と大味な仕上がりになっていた。
「口に合わなかったかね?」
アーデルハイトの向かいに座る不二協会長が、小さく笑いながら問いかける。これから頼み事をしようというのだ。ご機嫌を取りたいホスト側としては、最高級のもてなしを用意したつもりだった。しかし異世界人をもてなす際のマニュアルなど、当然ながら協会には存在しない。
協会長も、アーデルハイトがウインナーや煎餅といった手軽な物を好んで口にしている、という話は一応聞いていた。国広支部長は『そのへんのファミレスが一番喜ぶんじゃないですかね?』などと言っていた。しかしだからといって、本当にそこらのファミレスへ招待するわけにもいかなかったのだ。ある意味、これは協会としての面子問題でもある。
故に招待したこの高級料亭であったが――――
「いいえ、ちゃんと美味しいですわよ?」
「どっちなんㇲか」
「大変美味しいですけれど、好みで言えばもっと濃い味付けの方が、といったところですわね。あ、このお魚はグッドですわ!」
汀のツッコミにそう答えつつ、上品な手つきで料理を口に運ぶアーデルハイト。機嫌がよさそうにしているあたり、どうやら気に入らないわけではないらしい。総じて可もなく不可もなく、といったところだろうか。
「オルガン様……」
「む?」
「それはちょっと、どうなんでしょう……」
「……ふむり」
おいしそうな顔をしながら『薄い』と言うアーデルハイトに、静かに食事をしつつも呆れ顔のクリス。もりもり美味そうに食べる汀に、持参した納豆を全ての料理にかけているオルガン。なんというべきか、酷くもてなすのが難しいパーティであった。タチの悪さで言えばダントツでエルフであろうが。
* * *
「さて……では本題に入ろうか。国広君、頼む」
「はい」
食事を終えた異世界方面軍へと、改まった態度で協会長が話し始める。その隣には、いつになく真剣な顔をした国広燈。仮に説得が失敗すれば、ひとつのダンジョンを封鎖しなければならなくなるのだ。ここから先のプレゼンは、彼ら協会サイドにとって――――否、この国にとって非常に大きな意味を持つ。
ちなみに、国広支部長は会食の時からずっと居たりする。自身が所属する組織のトップに伴を命じられたのだ。流石の燈とて緊張するというものだ。
「アーデルハイトさん達も既に知っているかもしれませんが――――数日前、大阪ダンジョンにて異常事態が発生しました」
「ふぅん……そうなんですの?」
「あれ、まだ聞いてませんか? 今はどこもかしこも、この話題でもちきりですよ」
そう。
件の事件については、既に様々なところで話題となっていた。テレビはもちろんのこと、ネット上の情報サイトや掲示板、或いは情報誌などにも掲載されている。果ては協会支部のボードにも張り出されていたりする。故に普段は界隈の情報に疎い者でも、今回の件については例外的に聞き及んでいたりする。
だからこそ燈は、流石のアーデルハイトでも知っていると踏んでいたのだが――――反応を見るに、どうやら彼女はまだ知らないらしい。
「ホラ、あれですよ。お嬢様がPulunで変なサメ映画を見ようとした時、トップページにたくさん表示されて『邪魔ですわ』と怒っていた、あのニュースです」
「あぁ、あの時の……そういえばネットニュースでもちらりと拝見した気がしますわね」
否。
どうやら知らなかったわけではなく、興味がない為に覚えていなかっただけらしい。ちなみにPulunというのは、アーデルハイトが契約しているサブスクのことである。彼女は他にも、AsszonのプライムビデオやP-NEXTといった複数のサブスクに加入している。アーデルハイト曰く『サブスクによって今でも見られる映画と、もう見られない映画がありますわ』とのことである。
「意外というかなんというか……アーデルハイトさんってネットとか見るんですね。配信関係は全部汀さんやクリスさんに任せて、そういうのは一切触らないのかと思ってました。勝手な想像ですけど」
「もちろんですわ。こちらの世界に来て早一年、パソコンの操作にはすっかり慣れましてよ。ブラインドタッチも余裕ですわ」
「そ、そうなんですね……」
見た目から直球ど真ん中のお嬢様であるアーデルハイトが、手元を見ずにカタカタとタイピングしている姿を想像する燈。ファンタジーとは程遠いそのイメージに、抱いていた異世界観が崩壊していく。
「……いや、今更でした」
しかしよくよく考えてみれば、そんなものは初めからであった。蟹を投げたり爆破したり、おっさんを投げたり魔物で遊んだり。剣と魔法のファンタジーなど、最初期のアーデルハイトには殆どなかったのだから。
「では気を取り直して……コホン、それでは軽く説明しますね」
そうして燈から語られる事件の概要。
現在の被害状況や、これから予想される被害。イレギュラーの元凶である魔物についての、今現在分かっている全ての情報。果ては大阪ダンジョンの魔物構成やフロア情報まで、凡そ必要だと思われる全ての情報をざっくりと説明する。
「と、まぁこれが現在の状況です。で、ここからが本題なんですけど……」
「国広君、それは私から伝えよう」
説明を終えた燈が、ちらりと協会長へ目線を送る。
それを受けた協会長は重々しい口調で、アーデルハイトへと指名依頼の件を伝える。
「ここまでの説明で薄々気づいてはいるかもしれないが……今回君達を招待したのは他でもない。件の魔物討伐を依頼したいのだ」
『勇仲』が手も足も出なかった時点で、例の魔物に対抗出来る探索者は居ないだろう。月姫擁する『†漆黒†』でも無理だ。つまり国内には対抗手段がない。そして恐らくだが、国外の探索者でも不可能だ。少なくとも、不二協会長はそう考えていた。
「国広君の説明にもあったように、これはダンジョンがひとつ消えるかどうかの、我が国にとって非常に大きな問題だ。それと同時に、非常に危険な依頼でもある」
普段から威厳に満ちており、常に落ち着きのある不二協会長。
そんな彼が、珍しく熱を込めて頼み込む。ただの指名依頼であればこんなことはしない。そもそも協会長自らが頼み込むなど、それ自体があり得ない。つまりはそれだけ緊急性が高く、危険な依頼だということ。
「命の保証はないし、異世界人である君達には、我々に協力する理由がないことも分かっている。だがそこを曲げて、引き受けて貰えないだろうか。どうか頼――――」
そんな協会長の言葉は、しかし最後まで紡がれることはなかった。
「よろしくてよ」
「頼む――――ん?」
「引き受けますわと、そう申し上げましたの」
静かにお茶を飲みながら、酷くあっさりとした声色でアーデルハイトが答える。それはまるでなんてことのない、ただの薬草採取依頼でも引き受けるかのような気軽さであった。思いがけない快諾に、協会長が目を白黒とさせながら顔を上げる。見れば他の異世界方面軍メンバーもまた、アーデルハイト同様に『何ということもない』といった表情をしていた。
「……引き受けてもらえるのか?」
「ですからそうだと、先程から申し上げておりますわ」
この場へと挑むにあたり、不二協会長は国広支部長より、ひとつの警告をされていた。曰く『あの人達は一筋縄では行きませんよ。絶対に何か訳のわからない一悶着があります。覚悟しておいて下さい』と。
しかし蓋を開けてみれば、予想外に過ぎる二つ返事での依頼承諾であった。
不二協会長が隣を見てみれば、そこには『そんな馬鹿な』といった表情を貼り付けた国広支部長の姿があった。二人は顔を見合わせ、ただただ困惑するばかりであった。
私はついに気づいてしまいました
そう、『味噌』という最強の調味料に。
溶かしてよし、焼いてよし、塗ってよし!
しかも味が濃いから、食材が多少悪くなっていても気づかない……最強です。
私はしばらくコイツとやっていくことにしました。みなさんも是非!




