第327話 ファンタジー染みてきた
大まかな概要については、恐らく会議の参加者全員が既に聞いているのだろう。急遽設置された対策本部には、なんとも重々しい空気が漂っていた。
「一昨日、大阪梅田ダンジョンにて発生した異常事態についての報告が纏まりました」
「……聞こう」
低く唸るような声で話を促したのは、協会長の不二総一朗だ。急遽用意されたが故の簡素なテーブルに肘を突き、瞳を閉じたまま眉を寄せている。
「二日前の17時25分頃、梅田ダンジョン二十階層にて未確認の魔物が出現しました。遭遇したのは『勇者と愉快な仲間たち』、通称『勇仲』のメンバーです。遭遇と同時にすぐ危険性に気づき、すぐさま撤退して情報を持ち戻りました」
「流石だな」
「はい。遭遇したのが彼らだったことは幸いでした。被害状況については後述しますが……もし遭遇したのが他のパーティであったなら、被害が更に大きなものとなっていたことでしょう」
不二が苦い顔を見せる。
彼らは探索者をサポートするための組織である。ダンジョンで活動する全ての探索者が協会のサポート対象であり、殆ど仲間のような関係なのだ。協会職員はいつだって、誰一人死ぬことなく地上へ戻ることを願っている。それは現場と最も距離が近いであろう、支部の受付や職員に限らない。直接関わることがないとしても、協会本部の者達とて同じように思っている。
故に、本当なら『幸いだった』などという言い方はしたくない。誰だって異常事態になど遭遇したくはないだろうし、そんなものはシンプルな不幸でしかないのだから。探索者が不幸に見舞われたことを感謝するなど、協会職員としてあるまじき行為だ。だが事実として、第一発見者が『勇仲』だったからこそ被害を最小限に抑えられていた。
「当該魔物についてですが、見た目は所謂『悪魔』のようであったと報告されています」
「……何?」
「映画やアニメなどでよく見る、あの『悪魔』です。体躯はそれほど大きくはなく、精々が人間より少し大きい程度だそうです。額には大きな巻角が生えており、翼も生えているのだとか」
悪魔というものは、その背景によって大きくあり方を変える。例えば現象であったり、ひとつの要素であったり。或いは、悪を象徴する超自然的な存在であったりだ。だが今回確認されたそれは、そういった抽象的なものではない。『悪魔』と聞いて誰もがイメージするであろう、最もポピュラーなタイプだったという。
さもありなん。
人間が視認して、人間が報告したのだ。実際にその『悪魔』とやらがどういった存在なのか、現時点では分からない。だからこそ、人間が最も都合のいいように解釈するのは当然の事といえる。要するに『見た目が悪魔っぽいから悪魔』といった程度の認識ということだ。
「加えて、武器も所持しているようで。『勇仲』の報告によれば、長剣を二本に長槍を一本、短刀や刀のような武器も複数所持していた、とのことです」
「つまりなんだ……腕が左右三本ずつ生えていたりするのか?」
「いえ、悪魔の背後に浮かんでいたそうです」
「……いよいよファンタジー染みてきたな。今更ではあるが」
続く報告によれば『勇仲』は逃げに徹しており、戦闘を行ったわけではない。その為、実際の戦力値は不明とのこと。ただそのあまりにも禍々しいオーラを見れば、一目で『手に負えない』と分かるらしい。これがそこらの新人の言うことならば、『何がオーラだ馬鹿馬鹿しい』などと一笑に付すところである。だが証言しているのはあの『勇仲』だ。であればこそ、ただの戯言と斬って捨てるのは難しかった。
「悪魔――――便宜的に『イヴリス』と呼称します。イヴリスはその後、ダンジョン内を徘徊しつつ逃げ遅れた探索者を襲撃。数人を殺傷した後に姿を消したそうです。こちらは別のパーティからの報告となります」
「……消滅ではなく、か?」
「はい。その後は別の時間、別の場所でも姿を確認されております。襲われた者もいれば、見向きもされなかった者もいるそうです。ですが襲われた者は皆、高位の探索者でした。このことから、ある一定の強さを持つ者を攻撃しているのではないか、と推測されます」
「成程……」
淀む気持ちを乗せ、不二が大きく息を吐く。
現時点では情報が足りず、わからないことばかりだ。神出鬼没でありながら、行動目的も不明。どんな能力を持っているのか、どんな戦い方をするのかすらも不明。ただ、この上なく厄介な相手ということだけは間違いなかった。
まずその強さ。
『勇仲』が撤退することしか出来なかったという時点で、そこらの魔物などでは比較にもならない強さだろう。聞けば階層主直後の、何も無い部屋での遭遇だったという。つまり環境や状況などに一切のマイナスファクターがなかったということ。
例えば、開けた場所を飛び回るグリフォンは凄まじく強い。雑魚魔物として有名なゴブリンでさえも、群れで多角的に襲撃されれば相当に厄介だ。だがイヴリスは違う。『ダンジョン』という特殊な環境を利用することなく、ただただ個としての強さが抜きん出ているということだ。それは『対策がしづらい』ということに他ならない。
加えて、その移動力。
気配もなく急に現れては、まるで霞のように消えてゆく。通常の階層主とは異なり、一処に留まることがない。集団での待ち伏せは疎か、奇襲による一撃すら難しい。神出鬼没なその移動法が、やはり対策を難しいものにしていた。
だからといって放置も出来ない。
放置するということは、すなわちダンジョンを閉鎖するということだ。ダンジョン大国とも呼ばれるほどダンジョンが多く存在している日本だが、中でも梅田ダンジョンは規模が大きい。閉鎖することで発生する被害は、あらゆる面で非常に大きい。とても許容出来るものではなかった。
つまるところ、協会に出来ることはたったひとつだけ。
「討伐隊を結成するしかあるまい」
精鋭を集めての討伐しかなかった。
こうした魔物討伐は、過去にも何度か行われたことがある。いつぞや伊豆ダンジョンに発生した変異種ローパーのように、異常に強力な魔物が発生することはままある。協会はその度、各地のトップ探索者に依頼を出すことで素早く処理してきた。
だが今回は、過去のどんな討伐よりも条件が厳しかった。
先ず以て『勇仲』のフルメンバーが尻尾を巻いて逃げなければならない程に戦力が高い。しかし、その戦力の実態は不明。加えて所在が不明、かつ突如現れたりもする。マップ上を自在に転移するボスモンスターなど、はっきり言ってクソ以外の何物でもなかった。
当然、討伐隊のメンバーは慎重に選ばなければならない。
仮に魔物を討伐出来たとして、探索者側の被害が大きくなってしまえば元も子もない。優れた探索者を失うという事はこの国、ひいては世界の損失でもある。優れた鉱夫が居なければ、金脈を掘る事など出来ないのだから。
「急ぎ候補をリストアップしてくれ」
「承知しました。ですが――――今回ばかりは、どの程度集まってくれるかが予想できません。何しろ、あの勇仲が逃げ帰るほどの魔物ですから……」
「……仕方あるまい。自ら進んで死地に飛び込むような真似、誰もしたくはないだろう」
そんな不二の呟きにも似た発言に、会議室内は暗く重苦しい空気で埋め尽くされてしまう。『勇仲』は紛れもなく、国内トップの探索者パーティだ。先日ダンジョン制覇を成し遂げた『†漆黒†』でさえも、総合力で言えばまだ僅かに劣ると考えられていた。
彼らで駄目なら、一体誰が。
会議室内の誰もがそう思い、しかし同時にこう思った。
そんなもの、彼女たちしか居ないではないか、と。
「……国広支部長に連絡を。説得には私も同行すると伝えてくれ」
「承知しました」
大変お待たせいたしました!!
Xでも軽く言い訳はしていたのですが、実はPCが寿命を迎えまして……
新調したはいいのですが、初期設定やその他諸々で時間がかかってしまいました
あとは協会長の名前をマジで忘れており、かつサブタイトルが意味不明すぎてサルベージに手こずった、という真っ当な理由もあります(真顔




