第325話 わたくしだけの特権
Dekee’s渋谷店。
異世界方面軍とは何かと縁のあるこの店で、アーデルハイト達は本日も待ち合わせをしていた。『魅せる者』が溜まり場にしていたことや、例の模擬試合以降、ウーヴェの存在が認知されたこともある。平日の真昼間だというのに、店内はなかなかの賑わいを見せていた。店長である東雲などは、連日の盛況ぶりにホクホク笑顔である。
そして今日もまた、客達の視線は店内のある一角へと向けられていた。
「アーちゃん! あ、あーっ! アデアアーッ、デアーッ!」
店内の最奥、角に位置するテーブルで女が奇声を上げている。眼の前の料理に手もつけず、対面に座るアーデルハイトへ、どデカい大砲のようなカメラを向けながら。様々な角度から凄まじい勢いでシャッターを切るその姿は、どこからどう見てもただの限界オタクであった。
この限界オタクの正体はサブリナ・ウォリナー。
言わずと知れた、あの『魅せる者』の一員である。
「オークロードが現れましたわ、クリス」
「よく見て下さいお嬢様。確かに色々と巨大ですが、どうやら人間のようです」
「初対面でめちゃくちゃ言うッスねアンタら……」
対するはアーデルハイトとクリス、そして汀の三人だ。オルガンは『封印石』の解析があるため、家でお留守番である。肉と毒島さんも同様に待機しており、そんな二匹の代わりに今回は運営さんが同席していた。ちなみに運営さんは先ほどから一心不乱にハンバーグを貪っており、本来は真っ白な筈の毛皮が、跳ねた肉汁と油によってギトギトになっていた。とても神とは思えない、あられもない姿である。閑話休題。
限界オタクと化したリナにドン引きするアーデルハイト達。そんな彼女らへと、米国産ヤンキーがいつも通りのガラの悪さで謝罪する。
「悪ィな姫さん。リナ、異世界方面軍のファンなンだよ。いやアタシもそうなンだけどよ、なんつーか……熱量がちげぇんだよ。あとベクトルも」
「まぁ、構いませんけれど……こちらの世界に来てしばらく、わたくしもそろそろ、こうして写真を撮られる事に慣れてきましたわ」
「そりゃァよかった。まァ姫さんみてェなツラしてりゃァ、写真を撮らしてくれってリクエストも多いだろうさ。つーかチャンネルも好調じゃねェの。三百万突破したって?」
「ありがとう存じますわ! でも、まだまだこれからですわ!」
灰皿に煙草の灰を落としながら、レベッカがニヤリと笑う。ちらりと覗く鋭い犬歯が、まるで魔物のような野蛮さを醸し出す。粗暴でありながら、しかしスタイルは抜群で。どこか野性的でありながら、女性らしさも併せ持つレベッカ。彼女の人気が世界的に高いのも頷けるというものだ。
異世界方面軍同様、『魅せる者』サイドも今日はフルメンバーではなく、レベッカとリナの二人だけである。オルガンが来ないことを知って絶望したレナードと、時差ボケで動けないウィリアム。野郎二人組は今回お留守番らしい。
レベッカ達が今日ここを訪れ、アーデルハイト達を呼び出したのには理由があった。そう、あった筈なのだが――――
「デアアーッ! デァッ! アアーッ!」
「うっせェ!」
「痛っ! ちょっと! 何するんデスか!」
「うるせェっつってンだよ! 話進まねェだろうが!」
ご覧の通り、サブリナがまるで使い物にならない。いや、使い物にならないだけならまだ良かった。推しに出会えた喜びの所為か、興奮しすぎた彼女は話の邪魔でしかなかった。
「団長! これにサインくだサイ!」
そう言ってサブリナが取り出したのは、異世界方面軍が販売しているファンTシャツであった。デフォルメハイトが胸元にデカデカとプリントされた、現在売り切れ中の人気商品である。当然ながらレベッカは『ンなもん後にしろよデブ』などと思っていたのだが――――対するはアーデルハイトである。彼女も彼女で、そう簡単に御せるタイプの人間でもなかった。
「よくってよー!」
ジャージの胸元からサインペンを取り出し、慣れた様子でサインを書いてゆくアーデルハイト。ついでにサインの脇へ、肉のイラストを添えるサービス具合であった。これにはリナも大層喜び、限界オタク具合がより一層加速する。
「アデアァーッ! あっ、そうだチェキ! チェキもいいデスか!?」
「大変気分がよろしいですわ! よくってよ、よくってよー!」
おだてられたアーデルハイトもまた、リナに合わせて徐々にテンションを上げてゆく。木に登りまくるアーデルハイトと、限界を超え続けるサブリナ。我関せずといった様子でメニューを眺める汀に、一心不乱にハンバーグを貪る運営さん。それぞれの要らぬ相乗効果により、場はすっかりと荒れていた。
「……なんというか、すみません」
「いや……こっちこそ悪ィな。ぶっちゃけ、こうなるような気はしてたンだよ」
「話はまた後にして、とりあえず食事を済ませましょうか」
「だな……」
本来であればトラブルメーカーの筈のレベッカでさえも、限界オタクの前では型無しであった。そうしてクリスの提案に従い、レベッカもまた料理を注文しようとする。しかしそこでふと、テーブルに備え付けられている筈の注文用ボタンが無いことに気づいた。
「あァ? オイ、例のボタンはどこいったンだよ?」
レベッカがキョロキョロとテーブル上を見渡すが、やはりボタンは見当たらない。そんなレベッカの様子に気づいたアーデルハイトが、腹立たしいドヤ顔で再び胸元を探る。
「甘いですわねベッキー! ボタンは既にわたくしが確保しておりましてよ! 店員を呼ぶのは、わたくしだけの特権ですわ!」
そうして取り出されたのは、レベッカが探していた注文用ボタンであった。いつの間に隠していたのやら、既にアーデルハイトによって確保されていたらしい。
「ンでだよ!?」
「だって楽しいんですもの。たまにウーヴェが出てくるのが最高ですわ。あの男の嫌そうな顔ときたら、大変気分がよろしくてよ!」
そう言いながら、アーデルハイトが自慢をするようにボタンを一押し。するとほんの十秒ほどで、うんざりした顔の拳聖がテーブルまでやってきた。『自身が勤めている職場に知り合いがくる』というよくあるシチュエーションではあるが、これが意外と面倒臭いのだ。こめかみをヒクつかせているあたり、どうやらウーヴェもそう思っているらしい。
「……」
「アタリですわー!! さぁベッキー、注文をするといいですわ! あっ、わたくしはこの『あまおうとピスタチオのパフェ』なる、ちょっと卑猥な響きのヤツをいただきますわ! 可及的速やかに!」
「ぶっ殺す」
ウーヴェが制服の腕を捲り、一歩前に出る。すると、恐らくはずっと観察していたのだろう店長が素早く現れ、ウーヴェを羽交い締めにして連れ去ってゆく。入れ替わりに別の店員が現れ、改めて注文を取る。ボタンを押してからウーヴェが連れ去られるまで、凄まじい展開の速さであった。
アーデルハイトとウーヴェの関係は周囲にも知られているためか、他の客達からはほとんど、ファンサービスのようなものとして受け入れられていた。ある意味プロレスのようなものだろうか。果たして、本人たちにその意識があるかどうかは不明だが。
そんなやり取りに周囲は湧き、リナが興奮して写真を撮り、クリスとレベッカがため息を吐く。アーデルハイトが胸元に隠し持つボタンを、服の上から乳ごと汀が押す。運営さんが腹を膨らまして寝る、などなど。結局その後も、しばらくは似たような騒ぎが続いたという。
「鶏唐揚げをひとつお願いするッス。あとビール――――あ、車かぁ……じゃあこっちのノンアルで」
妙だな……思ったより話が進まなかったぞ……?
でも仕方ないんです! アーさんのウーヴェ煽りが書きたかったんです!




