バレンタインSS スーパー刃物タイム
アーデルハイトといえば芋ジャージ。
異世界方面軍のリスナーからすれば、もはやそれは常識だ。Luminousと関係を築いてからはスタイリッシュジャージを愛用しているが、兎にも角にもジャージだ。あるいは異世界方面軍を知らずとも、ジャージ姿のクソデカ美女の話は聞いたことくらいはあるかもしれない。そのくらい、ほとんどトレードマークと言ってもいいのがアーデルハイトのジャージだった。しかしこの日のアーデルハイトはジャージ姿ではなかった。
「みなさん、ごきデルハイト! 今日はもちろんアレですわよ!」
黄金の髪を包み込むのは、肉のイラストがプリントされた三角巾。偉そうな乳を覆い隠しているのは、可愛らしいロングソードのイラストが描かれたエプロン。
そう、今回のアーデルハイトは、誰がどう見ても料理スタイルであった。
:ごきアデ!
:!!?
:ゴキ出る……何ィ!?
:かわいいいいいい!
:何やってんだよ団長ォ!!
:めっちゃ新鮮で、当然の様に似合うなぁ
:貴様ジャージはどうしたァ!
:いや良く見ろ、エプロンの下はジャージだ
:危ない危ない
いつものアーデルハイトを見に来たリスナー達は、やはり困惑していた。それによくよく見てみれば、背景もいつもとは違う。死神の大鎌が飾られた怪しい配信部屋ではなく、汚れひとつ見当たらない整頓されたキッチンだ。クリスの単発料理動画ではお馴染みの、クリスにとっての城である。
「みなさん、今日は何の日かお分かりですわね!」
:あーさん、まさかアンタ……
:はい! バレンタインデーです!
:やめろ! その名を出すな!
:あーね? つまりそういうことね?
:おいおいおいおい、販売サイト早く貼ってどうぞ
:ナマモンだぞw 売りはしねぇだろw
ここまでくれば誰にだって分かる。
つまり今回の配信は、アーデルハイトによるチョコ作り配信なのだと。
それを証明するかのように、アーデルハイトの前には大量の材料達。そして彼女の隣には、監督役でもあるクリスの姿が。いつものメイド服に上からエプロンを装備した、これまた料理動画ではお馴染みのスタイルである。余談だが、クリスの料理動画は世のお姉様方に大変人気が高かったりする。
「そう、バレンタインデーですわ! 異世界出身のわたくしには全く馴染みのない、この世界特有の怪しいイベントの日だそうですわ! ミギー曰く『お嬢がエプロン着てチョコ作れば、それだけで数字回るから、やれ』とのことですわ!」
:ミギーナイスゥ!
:さすミギ
:回せ回せ! お前ら拡散しろ!
:俺達の欲しいモンを完全に理解してやがる
:ミギーならやってくれると信じてた
:ただ一抹の不安もある
:然り
:左様
「確かに、わたくしはあまり料理をしたことがありませんわ。ですが心配ご無用でしてよ! 刃物であれば大抵のものは扱えますわ!」
:あっ……
:あ、ダメか……?
:アカン、刃物はほとんど出番あらへん
:チョコ砕くのだけは早そう
:草
包丁片手に、ふんすふんすと鼻息荒く意気込みを語るアーデルハイト。しかしリスナーの言う通り、チョコ作りに包丁を使う場面はほとんどない。アーデルハイトがそれを知らない時点で、なんとなく怪しい雰囲気が漂っていた。
「ではお嬢様、早速始めましょうか」
「よくってよ!」
オープニングトークもそこそこに、クリスに促されるまま作業に取り掛かるアーデルハイト。まずは大量に積み上げられた板チョコからだ。
「では最初に、その板チョコを小さく割って頂けますか?」
「お任せですわ! ふんぬふんぬ!」
:憤怒!憤怒!
:粉々で草
:いやあの、絵面がさぁ……
:その顔で軽々握りつぶすの草
:剣聖だし、異世界人だし、そりゃそうなんだろうけどさ……
:もうちょっとこう、『固くて割れませんわ』みたいなの頂戴よ
:握力しゅんごいのよ
言うが早いか、板チョコを素手で豪快に握り潰してゆくアーデルハイト。まるでスナック菓子でも破砕するのように、まるで苦労する様子も見せずにバリバリと。本来であればこのあと、包丁を使って更に細かく砕く予定であったのだが――――どうやら、その必要はなさそうだった。
「良いですね。いい感じに砕けているので、もう包丁はしまって下さい」
「!?」
「では次に進みましょうか」
明らかな動揺を顔に浮かべながら、クリスの方へと首をぐりんと向けるアーデルハイト。剣聖としての唯一の見せ場は、アーデルハイトの自滅によって失われた。
「こちらで生クリームを温めておいたので、チョコに投入して下さい」
「わかりましたわ……」
「今回は生チョコなので、このあとはペーストになるまで混ぜて、冷蔵庫で冷やせばおしまいです」
「もうおしまいですの!? わたくしチョコを握り潰しただけですわよ!?」
「はい、おしまいです」
ねちねちとボウルの中身を混ぜながら、アーデルハイトが絶望に顔を歪める。そんなアーデルハイトの間隙をついて、どこからともなくやってきたオルガンが、ボウルの中へと怪しい液体を投入した。
「はっ! わたくしのチョコに一体何を入れましたの!?」
「まいどおなじみ、エルフ汁」
「ああ、エルフ汁ですの……わたくしはてっきり、また変な物を入れられたのかと――――変な物を入れられましたわよ!?」
企みが成功したせいか、『むふー』と満足そうな表情を浮かべて去ってゆくオルガン。見た目は変化がないように見えるが、果たして。
:草
:エルフ汁w
:見事なノリツッコミだと感心はするがどこもおかしくはない(ブ並感
:流石にいかがわしいでしょ
:そういやいつぞやも入れてたなw
:アレなんの時だっけ……
:ポトフかなんか作った時じゃねーか?
「ああ、ご心配なさらず。今回は配信ですので、完成を待つつもりはありません。こちらに完成品を用意しておりますので、その怪しい汁の入ったチョコはあとで肉にでも与えましょう」
リスナーの心配を他所に、クリスは極めて冷静な態度で別のバットを取り出した。そこにはまるで宝石のように輝く、綺麗な生チョコの完成品があった。あとはココアパウダーをまぶし、切り分けるだけでいい状態のものだ。
:エルフ対策されてて草
:さすがクリス、抜かりがない
:さすクリ
:アサクリみたいにいうな
:まぁ実際、これ動画じゃなくて配信だしな……
:数時間待たなきゃならんし、完成品の用意は順当
:肉に与えましょうは草
:サンキューニック
そうして取り出された生チョコ(クリス製)へと、包丁を握ったアーデルハイトがじりじりとにじり寄る。ここを逃せば刃物チャンスは二度とないだろうという、決意と覚悟に満ち溢れた鬼気迫る表情であった。凡そ料理の際に見せる顔ではない。
「怖いですお嬢様。別に警戒しなくても取りませんよ……切り分けちゃって大丈夫ですから」
「やりましたわー! では……ふんす!」
包丁一閃。
テーブル上にあった長方形のチョコ塊は、いつのまにか綺麗な一口サイズに等分されていた。みればアーデルハイトの握る包丁には、ほんの僅かなチョコすら付いていない。無駄に洗練された無駄のない無駄な剣聖の技量であった。
ともあれ、こうしてチョコは完成した。
そこでちょうど、カメラチェックをしていた汀の声が配信に乗る。
「いや、撮れ高もへったくれもないんスけど。確かに『お嬢がチョコ作るだけで』とは言ったッスけど、こんな何も起きないことある?」
:草
:目論見外れてて草
:いや、なんかわからんけど実際に楽しかったよw
:撮れ高の化身にしては確かに珍しい……か?
:料理配信で撮れ高もクソもねぇだろ! いい加減にしろ!!
:いや、これそういう目的じゃねーから!!
:刃物チャンス失ってしょぼくれたアデ公が見れたから爆アド
:背景でめっちゃダカダカ聞こえてるんだけど、これ絶対肉だろw
:いや、毒島さんと運営さんかもしれんぞw
こうして、異世界方面軍にしては比較的平和だった配信が終わりを告げた。撮れ高がなかったと汀が文句を言っていたが、しかしそれでも、なんだかんだと同接数はしっかり稼げていた。なおアーデルハイトの作ったチョコ(エルフ汁入)は、このあとスタッフ(ペット)が美味しく頂いたという。
これを書くためだけにチョコの作り方調べてるの草ですよ




