第324話 確定的に明らか
アーデルハイト達が呑気にコタツ穴争奪戦を繰り広げている、ちょうどその頃。東京国際空港――所謂羽田空港では、小さな騒ぎが起きていた。最初に気づいたのは、旅行から帰って来たばかりの探索者カップルだった。
「んん……? なぁ、もしかしてアレ……」
「なぁに? また他の女に色目使ってんの? 私の方が強いの分かってる? ぶっ飛ばすよ?」
「いやいや、違うって! そうじゃなくて! ほら、アレ……」
慌てて弁解しつつ、男が指を差す。
釣られるように女が視線を送れば、そこには妙に存在感のある一団が居た。ここは国際線の到着ロビーであり、海外からの旅行客なども大勢いる。しかしそんな中でも、その一団はひと目で『違う』と分かるだけの、別格のオーラを纏っていた。
見るからに日本人ではない、サングラスをかけたガタイの良すぎる男が先頭だった。身長は2メートルを超えるだろうか。真冬だというのに薄着で、盛り上がった各所の筋肉がシャツをぱつぱつに押し上げている。はちきれんばかりの大胸筋など、見事な雄っぱいだと言えるだろう。そのくせ不思議と、どこか知的な雰囲気すら感じられる。そんなちぐはぐな印象を受ける男であった。
そんな厳つい男――ウィリアム・A・ギアハートが俄に立ち止まり、ロビーを見渡して一言。
「不思議だな……以前に来たときと比べて、随分とこの国が輝いて見える」
感慨に耽るようにしみじみと、通路のド真ん中で。
だが次の瞬間、ウィリアムの巨体が大きく前方へとよろめいた。どうやら背後から、何者かに尻を蹴飛ばされたらしい。しかしそこは流石の探索者というべきか。衝撃を受けた尻を押さえつつ、地面に膝を付く形でどうにか転倒は免れていた。
ウィリアムほどの探索者ともなれば本来、背後から押された程度で体勢を崩すことなど有り得ない。仮に彼の不意をついたとしてもだ。ウィリアムのバランスを崩そうと思えば、彼と同レベルか、あるいはそれ以上の実力が必要になる。
突如として膝をついたウィリアムへと、注目の目が集まる。そうして彼の背後から、烈火の如き罵声が容赦なく降り注ぐ。彼の背後に立っていたのは長身の女性だった。派手な長い金髪に、モデルと言われてもまるで違和感を感じない見事なスタイル。黙っていれば誰もが見惚れるような美貌を、しかし今はどこぞのチンピラのように歪めていた。
「『不思議だ……』じゃねーンだよボケ! ンなとこで止まンじゃねェよ! ただでさえ無駄にデケェんだぞテメェは! 他の客の邪魔になンだろーがコラ! あァ!?」
上着のポケットに手を突っ込み、前蹴りを放った体勢のままで口汚く罵る女。その正体はもちろん、探索者であれば国内外問わず誰もが知っているであろうトップ探索者、『暴君』レベッカであった。普段からラフで露出度の高い服を着ているレベッカだが、彼女にしては珍しく、今回はちゃんとした冬服を着ていた。
「むぅ……スマン」
「まぁまぁ、落ち着けレベッカ。キミの罵声も大概迷惑だ。見たまえ、既に注目を浴びてしまっているぞ」
ウィリアムとレベッカ、二人の兄妹喧嘩に割って入ったのはレナードだ。彼は貴公子然とした振る舞いとクールな言動から、やはり高い人気を誇る『魅せる者』のリーダーでありバランサーだ。実際にはただのエルフ大好き変態野郎なのだが、幸いなことにまだ周囲にはバレていない。
そんな三人が姿を見せたことで、ロビー内はあっという間に騒ぎとなった。それもその筈で、ダンジョン時代とも呼ばれているこの探索者全盛期に於いて、『魅せる者』の名は非常に大きな意味を持つ。押しも押されぬトップの来日は、それこそハリウッドスターが来日するようなものなのだ。
「すげぇ、初めて生で見た……」
「去年も日本で活動してたんだよな……ってことは、今年もか!?」
「マジかよ、大ニュースじゃねぇか!」
どこからともなく、そんな声が聞こえてくる。とはいえこれは、昨年に『魅せる者』が訪れた時と殆ど同様の光景だった。何しろ当時は『日米のトップ探索者による共同探索』という名目があり、探索者協会が絡んだ公式の来日だったのだ。当然ながら出待ちも多数存在したし、前回のほうがむしろ、騒ぎの規模は大きかった程である。
が、しかし。
今回は違う点がひとつあった。それは彼らが前回のように三人ではなく、四人でやって来たという点。
「不思議デス……昔コミバケに参戦する為に来た時より、輝いて見えマス……」
先ほど蹴り飛ばされたウィリアムと同様のセリフを吐きながら、本当に眩しいかのように手で目元を隠す女。彼女こそが『魅せる者』に所属する最後の一人、サブリナ・ウォリナーであった。ファンからはその外見と名前から『リナリナ』などと呼ばれており、レベッカと人気を二分する、歴とした『魅せる者』の一員である。
まるでどこぞの魔女のように、ゆったりとウェーブする長いダークブラウンの髪。どこか鬱々とした陰のオーラを纏いつつも、しかし僅かに見えるブロンドのインナーカラーが、ただ伸ばしっぱなしにしているというわけではないことを証明している。
体つきは豊満の一言で、胸部や尻などはレベッカ以上。だが決して太っているというわけではなく、腰などは健康的な範囲でしっかりと細い。身長も高めで、見たところ170センチはあるだろうか。スタイルはいいが、肉付きもいい。なんというか、要するに――――彼女はむちむち系であった。シンプルめなニットを着ているせいか、その姿はアーデルハイトに負けず劣らずの『歩くエロ』だと言えるだろう。無論、本人にそのような意図はないのだが。
「うっせェデブリナ、いいからとっとと歩け! ゴリラと同じ事言ってンじゃねェよ」
昨今の情勢など知ったことかと言わんばかりに暴言を吐きつつ、やはりゲシゲシとリナの尻を蹴り飛ばすレベッカ。とはいえリナもまた高位の探索者だ。不意を突かれたわけではない以上、この程度の蹴りではびくともしない。
「なッ……! ワタシは太ってまセン! 知らないんデスカ? 今はレベッカのようなタイプより、ワタシのような体型の方が人気なんデスよ?」
「知らねェよ、誰からの人気だよバカが。そんなデカい乳と尻、戦闘の邪魔にしかならねェだろ」
「おまいうデース。というより、それを言ったらアデ公サンだってそうデス。戦闘に胸のサイズが関係ないのは確定的に明らかデース」
「分かったから歩けって! テメェのケツで後ろの客がつっかえてンだよ!」
リナが若干マニアックなネタを話中にぶっ込むが、ヤンキーであるレベッカには当然通じるはずもない。ロビーの通路は広く、別に立ち止まっていたところで後ろがつっかえるようなことはないのだが――――確かに、邪魔には違いなかった。最終的にはウィリアムと同様、レベッカのケンカキックによって強制的に移動させられていた。
そんな騒がしくもコミカルな『魅せる者』の来日は、あっという間にSNS上で拡散される。渋谷ダンジョン制覇というニュースで盛り上がっていた国内の探索者界隈は、これによって更に勢いを増してゆくのであった。
ククク、投稿は週一だと油断していたな? 不意打ちだよ!!(Xでは告知していましたが
その尻で槍使いは無理でしょ(偏見




