第321話 どこかに行ってしまいましたわ!(閑話
年が明け、出雲ダンジョンでわちゃわちゃした少しあと。
「うー、さむさむー!」
いつにも増して冷え込むこの日、汀は珍しく一人で買い物に出かけていた。引きこもりというほどではないし、人付き合いが苦手というわけでもない。性格は明るいし、ノリも付き合いも良い。しかしそれはそれ、これはこれだ。根本的にインドア派な彼女は、理由が無ければあまり外出をしない。
そんな彼女がわざわざ外に出ているということは、つまり裏を返せばそれなりの理由があるということ。理由は簡単、異世界方面軍を結成してからこちら、その忙しさからまともにオタ活が出来ていなかったからだ。
もちろん、コミバケには夏と冬合わせて二回も参加したし、コスプレなども楽しんだ。会場ではあちこちでレイヤーの写真を撮ったし、気になっていた同人誌も隙を見て買い漁った。
だがそれはあくまでも特殊なケースに過ぎない。所詮は年に数度しかない、いわば別腹スイーツのようなものだ。参加出来たことは嬉しく思っているし、イベントでの戦果は上々を遥かに上回るものだった。だがそんなデザートだけでは満足出来ないのが、双海汀という女であった。
そんな彼女の右手には、大量の同人誌が入った紙袋。そして左手にはプラモデルの箱が入った袋がいくつか。前者は汀の個人的な買い物で、後者はクリスに頼まれて買ってきたものだ。曰く『次の配信で使おうかと』とのことである。大方、オルガンにでも作らせて遊ぼうというのだろう。
何しろ、モノ作りという分野では右に出るものが居ないエルフだ。ただプラモを作っているだけでも撮れ高になり得る。普段はクソの役にも立たないような、ほとんどマスコット同然の存在ともいえるオルガンだが────働かざる者食うべからず、というわけだ。
せっかくならオルガンの部屋に放置されている怪しい魔道具を、とも汀は思うのだが、あれはあれで、そうおいそれと映すわけにはいかないらしい。
「しかし異世界人のプラモ作りとは……なかなか興味深いじゃないッスか」
機械いじりが好きだということもあって、汀もプラモデルには手を出したことがある。とはいえ玄人のそれとは程遠い、浅めの知識と技術でしかない。なぜ彼女がプラモにのめり込まなかったかといえば、単純に絵を描く方が好きだったからだ。本当にただそれだけの理由である。
そんな汀からみても、なかなか面白そうな企画であった。普段のダンジョン配信と比べれば、どうしても絵面は地味になってしまう。だが彼女ら異世界人は元々、黙って座っているだけでも見ていられる逸材だ。そんな彼女らがチマチマと作業をしている姿というのも、普段の奔放な振る舞いとのギャップで、随分と楽しめそうな気がしたのだ。
「ミーちゃんの技術は言わずもがな、お嬢もセンス面は良いッスからねぇ」
少なくとも、リスナー達は喜ぶだろう。
ほとんど雑談枠に近い配信となるだろうが、つい先日までダンジョン配信ばかりしていたのだ。ここらで息抜き配信というのも悪くない。そもそもの話、ダンジョン配信者と言っても、本当にダンジョン配信だけを行っている者は少ないのだから。
* * *
そうして数時間後。
異世界方面軍の配信部屋では、ぱちんぱちん、というニッパーの音が響いていた。
:思いの外、ふたりとも熱中してて草
:まぁ異世界にはこういうのないやろうしなぁ……
:模型はありそうだけどな
:目的と用途が違うしな。あっちのは娯楽として作るもんじゃなさそう
:戦闘の時より遥かに真面目な顔してて草なんよ
:プラモ作り>魔物討伐
:ワイプラモガチ勢、アデ公と一緒に作りたくてとっておきを出してきた
:ガタッ!!
:その手があったか!!
普段とはまた違った雰囲気ではあったが、リスナー達の反応は概ね好評であった。そればかりか、視聴しながら自分たちも作ることで、共に作っている気分を味わおうとする始末である。感覚的には、ディスプレイに推しキャラを表示し、一人でクリスマスケーキを食べるアレに近いだろう。
「……チマチマしてやりづらい。魔法使っていい?」
「駄目です」
「おぉん……」
意外にも、オルガンは苦戦していた。
『創聖』などと呼ばれ、数多くの魔道具を開発、設計し、錬金術師の頂点に立つ彼女ではあるが────どうやらその小さな手では、プラモデル用のニッパーが扱いにくいらしい。そもそも彼女が魔道具を作る時、実はその作業の大半は魔法によって行われている。故にか、こうした物理的な作業となると、ヘタレフィジカルエルフには少々堪える様子である。
とはいえ流石というべきか、苦戦している割にちゃんと制作は進んでいた。魔法を使えば一瞬で終わるものが、手作業によって数倍、数十倍の時間を要しているといったところか。そうして更に数時間の後────
「みたまへ。わたしの『出家ボインMkⅢ』を。もうすぐ完成する」
「はえー、流石『創聖』ッスねぇ……あれ、ていうかそれ、そんなトゲトゲした機体だったスか?」
「じつはさっき、こっそり追加パーツを錬成した。こっちのほうがかっこいい」
「え、いやどうだろ……微妙ッス」
パッケージの箱に描かれている機体とはかけ離れた、怪しいプラモデルが完成しようとしていた。クリスに禁止されていた筈の錬金魔法を使ったおかげか、装甲部分が淡く点滅していたりする。
「わたくしの『ブルンバスト参式』も、もう少しで完成ですわ! あとはこの巨大な剣を装備させるだけでしてよ!」
「おや……初めてにしては、お嬢様もなかなか手際が良いですね。ところで、パッケージ絵には立派なツノが生えている様に見えるのですが……」
「ええ、どこかに行ってしまいましたわ!」
:草
:大草原不可避
:どうりでなんか情けない頭してると思ったわ
:どっか行ったじゃねぇんだよ!
:いやまぁ、気持ちは分かるよw
:アデ公らしくてむしろこっちのほうが良い
:よくみろ、なんか右腕の向き変だぞ
:逆だったかもしれねェ……
「初心者あるあるッスねぇ……」
どうにも頭部が物足りないプラモを、アーデルハイトが誇らしげに見せつける。方や、アレンジのしすぎで原型を留めていない発光体。方や、忠実に作られてはいるがパーツの足りない悲しき機体。『らしい』といえば『らしい』だろうか。
「んぅー……ふぅ。ずっと座っていたから疲れましたわ。騎士団での書類仕事を思い出しますわね……」
「ふぅ……まぁ、なかなかにおもしろかった」
どうやら二人とも、初めてのプラモ作りはそれなりに楽しめた様子である。そうしてここで、汀を含めた三人はクリスの方へと視線を送る。
「で、先程から気になっていたのですけど」
「うむり……これで魔法ナシとは」
「普段は常識人の皮を被ってるッスけど、やっぱクリスも異世界人なんスよねぇ」
そこには1メートルを越えようかという巨大プラモと、一心不乱に手を動かすクリスの姿があった。アーデルハイトとオルガンがちまちまとプラモを作っている間、クリスもまた隣でプラモ制作を行っていたのだ。それも雑談を交わしながら、凄まじいスピードで。現時点で既に、ほとんど完成間近であった。
:草
:デカすぎんだろ……
:プラモガチ系異世界メイド、クリス
:早すぎて草
:いくら素組みといっても、これは……
:クリスの手が見えんのだが??
:魔法ナシ環境ならオルたそを超えられる唯一の女
:これって普通だとどんくらいかかるの?
:いろいろやって数週間ってとこちゃうかな……
「私の事はお気になさらず、エンディングどうぞ」
そう言いながらも、作業の手を止めないクリス。
アーデルハイト達がエンディングトークを行っている最中も、その背後で着々と完成に近づいていた。凄まじい速度で動く彼女の両腕は、そこらの探索者ではとても真似できないほどのものだったという。
余談だが、クリスの作っていたプラモは配信終了後の十数分後に見事完成した。そしてその直後、肉と毒島さん、そして運営さんの追いかけっこに巻き込まれ、無惨に大破した。
その日、三匹の夕食は抜きになったのだとか。
魔法ありなら、オルガンが秒で完成させて終わりです
なおここまでが出雲編で、次からはまた新しい章になる予定です
それで次回も、ノーブルノーブル!




