第318話 視聴者プレゼントですわ
「ごきデルハイトー!」
この日の配信は、随分機嫌の良さそうなドアップハイトから始まった。
:ごき!!
:こん!
:すっかり定着してきたな?
:例の黒いやつ思い出すからそれやめろw
:あっ、どアップたすかる
:はいすき
:貴重なアデ公のアップだぞ! 切り抜け切り抜け!
:まつ毛長ぁい!
仕方ない事ではあるが、ダンジョン配信中は遠目の画角になることが多い。加えて近頃は、小癪にもオープニングに変化をつけがちなアーデルハイトだ。こういったシンプルなパターンは随分と久しぶりに感じられる。
そんな無難(?)なオープニングで始まった本日の配信だが、しかし視聴者達は何かがおかしいことに気づく。
:あれ? これいつもの部屋じゃね?
:親の顔より見た配信部屋
:配信部屋(死神大鎌デコレーション
:ほんまや、ダンジョンちゃうやんけ!
:帰ってきとるやないかいワレェ!!
:あれ、出雲ダンジョンは?
:いつの間にか撤収してて草
カメラに映っていたのは見慣れた配信部屋の壁であった。アーデルハイトの背後には、ソファの上ですぴすぴと眠る肉の姿が。その上には毒島さんがとぐろを巻き、更にその上には運営さんが乗っかっていた。いわゆる鏡餅状態である。
「よくぞお気づきになりましたわね! そう、わたくし達は既に帰宅しておりましてよ! 駅弁が美味しかったですわー! そうそう、これはみなさまへのお土産ですわ」
そう言ってアーデルハイトが取り出したのは、手のひらサイズのキーホルダーであった。やたらと鋭く尖った長剣に、ドラゴンが巻き付いているデザインだ。かつて神戸ダンジョンへと向かっている途中、サービスエリアで購入したものと同じキーホルダーである。
「こちらは視聴者プレゼントですわ。欲しい方は配信中にお伝えするキーワードを添えて、異世界方面軍チャンネルへとDMを送って下さいな。色は三種類から選べますわよ」
:いらねーよw
:どこにでも売ってんだよソレ!!
:木刀とあわせて、要らない観光地お土産の二大巨頭だろw
:まぁ買っちゃうんですけどね
:むしろ観光に行ったなら買わないと失礼でしょ
:剣聖だしな
:このドラゴンキーホルダーを集める剣聖がいまだかつて居ただろうか
:いや、ない(反語
:アデ公が一回触ったってだけでアドでしょ
視聴者プレゼントなどと銘打ってはいるが、視聴者達の言うとおり、どこでも売っているアイテムである。買ったところで、五百円を少し超える程度である。しかし異世界方面軍のファンである彼らに言わせれば、『アーデルハイトが所持していた』というだけで一気に価値が跳ね上がる。まして、仮にも剣型のキーホルダーなのだ。見様によっては、剣聖から剣を授けられた────という風に見えなくもない、のかもしれない。
余談だが、アーデルハイトは既にこのキーホルダーを、自分のバッグにジャラ付けしている。ドラゴンタイプのものを始めとし、ドクロバージョンや日本刀バージョンまで、その種類は様々だ。傍から見れば非常にダサい──実際、汀からはひとしきり笑われた──のだが、本人はたいへん気に入っているらしい。閑話休題。
「さて、実は今日はみなさまにお知らせがありますわ。ですがその前に、先ほどからみなさまも気になさっている、出雲ダンジョンでのその後をお伝えしておきますわ」
そうしてキーホルダーを脇へと片付け、出雲での活動内容を報告し始めるアーデルハイト。視聴者達が知っているのは、ダンジョン奥地で八岐大蛇を退治し、こちらの世界では初出であろう神器を持ち帰ったところまでだ。何故もう家に帰っているのか、そして出雲ダンジョンの攻略はどうなったのか。視聴者達に知らせておかなければならない事は多かった。
とはいえ、運営さんの話を彼らに伝えるつもりはない。いろいろと新事実は発覚したが、だからといって異世界方面軍の方針が変わるわけではないのだ。あちらの世界がどうだの、女神がどうだのと、視聴者達に伝えたところで意味はないだろう。話のネタとしては面白いかもしれないが、ほとんど与太話の類であるし、むしろ余計な混乱を与えることになりかねない。
「結論から言いますと、わたくし達の目標は達成されましたわ。ですが詳しく話すのは面倒────長くなりますので、ざっくりと簡単にお伝えいたしますわね」
:今面倒って言ったよね?
:ん? 嫌な予感がするぞ?
:なんか前にも似たような事があった気が……
:っていうかシレっとウサギ連れ帰ってるの草
:そういやそうだなw
:オラっ! 端折らずちゃんと説明しろ!
:そういうとこやぞ
:どしたん? 話聞こか?
「簡単に説明しますと、あのウサギの正体は神様だそうですわ。それでちょっとゴネてみたら、頑張って魔物を倒したご褒美にとギャルの納豆を下さいましたの。そして翌朝、その納豆をオルガンとミギーが食べてみたところ、不思議なパワーで魔力が増えましたわ」
:ちょっと何言ってるかわかんない
:一言も理解できなくて草
:まてまてまてww
:すぐそれ
:なんて?? ……なんて!?
:あかん(アカン
:必殺! ノーブル情報大洪水ですわー!
:突っ込みどころしかなくて逆に突っ込めないやつじゃん
アーデルハイトの口から語られる、ほとんど怪文書のような言葉達。確かに事実を言っているのだろうが、何も知らない視聴者達が理解できるはずもない。案の定というべきか、困惑のコメントを投げつける視聴者達。しかし、早口気味に報告をするアーデルハイトの口は止まらない。
「なんでもあのウサギ、出雲ダンジョンを作った張本人だそうですのよ。それならばと情報を聞き出したところ、『クリアしても特には何もない』などとふざけたことを言い出しましたの。というわけで帰ってきましたわ。ちなみにあのウサギの名前は『運営さん』に決定しましたわ。神様っぽくて良い名前ですわよね?」
これで説明は終わりだとばかりに、アーデルハイトが傍に用意していた水を一口。ほぅ、と一息ついたところで改めて、『何か質問はございまして?』とでも言いたげな表情でカメラを見つめていた。
:ざわ……ざわ……
:──審議中──
:審議するまでもなくない??
:誰か理解出来たヤツいるのか……?
:おいゴラァ! 全然意味わかんねーぞ、おぉん!?
:パワーワードが飛び交っていたことだけは分かる
:ギャルの納豆w
:神様の名前が運営は草
:オラっ、さっさと詫び石よこせコラッ!!
「はいっ、それでは説明終わりですわっ! 続いてお知らせのコーナーに───」
話を締め括るかのように両手を叩くアーデルハイト。どうやら質問コーナーはこれで終わりのつもりらしい。しかし相手はここまで異世界方面軍についてきたコアなファンたちだ。アーデルハイトのやり口などすっかりお見通しである。
:いかせねーよ!?
:何終わろうとしてんだコラァ!
:毎回それで逃げられると思うなよ! おぉん!?
:いやまぁ、ちゃんと聞いても分からん気がするけどな……
:聞かないほうが幸せまである
:答えのない迷宮に放り込まれそうな気配をムンムン感じる
:頼むからギャルの納豆だけ説明してくれw 気になりすぎる
:くさそう
:情報量で押し流そうとしてるのバレバレで草
:ゴブリンサッカーを経験したヤツらだ。面構えが違う
その後、山賊と化した視聴者達の追求は、当然のように止まることがなかった。しかしその一切を涼しい顔で受け流し、まるでコメントなど見えていないかのように次のコーナーへと進んでゆくアーデルハイト。異世界沼で鍛えられた視聴者達同様、アーデルハイトもまた、配信者として順調に成長(?)していたのであった。
早いもので、書籍の発売から一週間が経ちましたね!
買ったよー!といった報告も沢山頂きまして、とてもとても嬉しく思っております。皆さん本当にありがとうございます!
なかなかコメントを返す時間もとれず恐縮ですが、みなさまのお言葉は全て拝読させて頂いております。これからもぜひ、応援いただければ幸いです。
ところで、ふと気づいたんですよ。
もしも続刊させてもらえるとしたら、ですよ?
順当に考えれば次はもしかして、パンツ事件が絵付きで見られるということになるのでは……?
これってトリビアになりませんか?




