第317話 やる気が出ませんわ
一夜明けて。
異世界方面軍と愉快な仲間たち一行は、旅館の部屋で朝食をとっていた。一行が泊まっているのは和風宿だが、朝食は和食と洋食から選べるようになっていた。流石は高級旅館というべきか、そのどちらもが手の込んだ料理となっている。なお、アーデルハイトとクリスは洋食、オルガンと汀は和食を選んでいる。
だがしかし。
アーデルハイト達はこれ以上ないほどにダラダラしていた。
「やる気が出ませんわー……」
「うむり」
眠そうな瞳でパンを齧るアーデルハイトと、味噌汁をぐるぐるとかき混ぜるオルガン。寝起きのためか、二人共ひどい寝癖であった。淑女にあるまじき姿といえる。
「いやいや、ミーちゃんはいつもやる気ないッスよね」
「うむり」
そんな汀のツッコみに、しかしオルガンは定点で味噌汁を混ぜるばかり。あまりにもオルガンが動かない所為か、頭の上では毒島さんがとぐろを巻いていた。
「まぁ、気持ちは分からなくもないですけど」
いつもであればメンバーの引き締め役を担うクリスも、どこか気だるげに同意するばかりである。汀だけは平常運転だが、異世界組は全滅であった。本日の異世界方面軍は総じて覇気のない、腐ったスライムのような集団と化していた。
とはいえ、これもある意味仕方のないことだった。
一行がこのような状態になっているのには、ひとつの理由がある。彼女らとて、最初からこうだったわけではない。先日の『裏ルート』は神器のための脇道であり、まだ出雲ダンジョンを攻略したわけではない。それが分かっていたからこそ、今朝起きたばかりの時はやる気まんまんだったのだ。
では何故、今の彼女らはこんなにもダラけているのか。それは朝食前の打ち合わせ中に運営さんから聞かされた、とある事実のせいであった。
出雲ダンジョンは『裏ルート』の為に作られたダンジョンであり、そちらがメインである。いわゆる『正規ルート』は、『裏ルート』が発見されるまでの時間稼ぎ用に過ぎず、最下層まで到達しても特に何も用意されていない。
神器が発見される前にダンジョンが制覇されてしまっては、元も子もないのだ。ダンジョンの難易度だけが下がり、誰も新ルートの開拓などしなくなってしまう。故に、正規ルートにはクソみたいなギミックを用意した。それこそが『ランダム階層主』システムである。
運営曰く、つまりはこういうことらしい。
クリア目的を掲げて出雲ダンジョンに挑み始めた異世界方面軍であったが、しかし。既に何のイベントも発生しないことが確定しているクソ面倒なダンジョンを、ただ実績解除のためだけに攻略しなければならない。最早ただの作業である。
撮れ高も無ければ収穫もない。厳密に言えば収穫は既にあったのだが、少なくともこれ以降は得るものがない。そんな虚無ダンジョンの攻略など、一体誰がやる気を出すというのか。
「いや……なんかすまぬ……え、いやいや、コレ別にわしの所為じゃないじゃろ」
テーブルの上でもふもふと弾みながら、精一杯の言い訳をする運営。それを聞いたアーデルハイトが、もそもそとパンを齧りつつ『ぱちん』と指を鳴らした。すると隣で待機していた肉が動き出し、運営の顔へと前足をねじ込んだ。
「おぶぇ。ひや、はんでひゃ!」
どうやら肉も気に入っているらしく、まるで猫のように運営の頬をふみふみし続ける。踏み心地が良いのだろうか。
「んぅ……困りましたわ……」
ただ面倒というだけならば、アーデルハイトとてここまでやる気を失ってはいなかっただろう。だが何よりも、『配信のネタにならない』という部分が致命的であった。すっかり撮れ高に取り憑かれたアーデルハイトは、ただのお散歩を配信をする気なれないのだ。
まして、階層主に指定される魔物はランダムである。お散歩配信どころか、最早MMORPGのレベル上げ配信に近いだろう。あるいは耐久配信だろうか。ただ黙々と、同じ作業を数時間繰り返す。一般的なゲーム配信ですら敬遠されがちなジャンルだった。スリルと興奮がウリのダンジョン配信でやっていいハズがなかった。少なくとも、彼女達はそう考えていた。
余談だが、こういった虚無配信をする者が居ない訳では無い。ひたすらゴブリンを狩り続ける怪しい配信も、あるにはある。だがやはり、ついてきてくれる視聴者など一握りなのだ。それも怖いもの見たさ、あるいは話のネタに、といった程度のもの。
如何にダンジョン配信が人気コンテンツであるといっても、その根底はエンタメだ。需要が無ければ伸びはしない。当然のことである。とはいえ実際にアーデルハイト達が行えば、ビジュアルの面だけでも伸びそうな気はするが。閑話休題。
とにかく、何かしらネタになるようなモノがなければ食指が動かない。ダンジョンに潜る理由がない。現在の異世界方面軍はそんな状況に陥ってしまっていた。
そうして、酷くどんよりとした朝食タイムを過ごしていた時のこと。
「あー、味噌汁がうまい……やっぱり日本の朝は米ッスね。パンじゃ力が出ないッスよ」
「うむり」
「欲を言えば、納豆が欲しかったッスねぇ。関西とか中国地方では納豆食べないって人が多いらしいし、仕方ないんスかねー」
「うむり……」
汀はオルガンほどの納豆好きというわけでもないが、あったらあったで喜ぶタイプだ。今朝は納豆の気分だったのか、旅館の朝食に納豆が付いていなかったことを嘆いていた。汀ですらそうなのだから、オルガンの落胆ぶりと言ったらもう、世界の終わりのような顔をしていた。つまりオルガンの元気が無かったのは、アーデルハイト達のそれとはまた別の理由だった。
「む……? そういえば」
しかし、そこでオルガンに電流が走る。そうして何やらゴソゴソと、自分のカバンを漁り始めた。そう、納豆ならあるではないか。つい先日手に入れた、まさに神の納豆とでも呼ぶべき代物が。
「あ、それ昨日のヤツっスか? 改めて見るとマジで適当なパッケージッスね。これ運営さんの手書きでしょ、絶対」
「あぶない……貰っておいてよかった」
「いいなー。はんぶんこしようぜー」
「ふむり……まぁよかろ」
妙に達筆な字で『ギャル』とだけ描かれたパッケージ。それ以外は全くの無地。そんな怪しすぎる納豆を、仲良く分けることにした二人。趣味の系統が似ているおかげか、なんだかんだと仲の良い二人である。
パックの蓋を開けてみれば、そこには見れば見るほど普通の納豆が入っていた。運営からのプレゼントであるが故か、付属のタレすらなかった。
とはいえ、ないよりはマシである。オルガンが少しだけ醤油を垂らし、箸でしゃこしゃこと混ぜ始める。そうして綺麗に半分ずつ、自分と汀の茶碗へと投下してゆく。
「うーん……見た目はマジで普通の納豆ッスね……普通すぎて今どき売れねーよ、みたいな感じの」
「なるほど、素材の味を楽しめるというわけか」
「だいぶ前向きィ!! そんじゃまぁ、いただきます」
「いただきます」
汀とオルガンが、運営からもらった怪しい納豆を口に運ぶ。
「……あれ?」
「む……」
二人が浮かべるのは怪訝な表情。
不味くはない、不味くはないが────美味しくもない。なんというか、味がしないのだ。納豆特有の匂いもなければ、粘りも少ない。だが最も気になった点は味ではなかった。
そうしてしばらく咀嚼したのち、二人は顔を見合わせた。
「……ミーちゃん、これ……」
「うむり……」
納豆ご飯を片手に黙り込む二人。
そんな彼女達の様子に、一体どうしたのかとクリスが問う。
「どうしました? やはり傷んでいましたか?」
しかし二人の返答は、そんなクリスの予想を大きく裏切るものであった。
「魔力が増えてる」
お昼に投稿予約をしていたのですが、諸事情によりこの時間に変更されました




