第316話 良い名前を思いつきましたわ
地上へと戻るなり、色々と話を聞きたがる神代支部長を全力で無視し、アーデルハイト達は早々に出雲支部から立ち去った。脱兎の如く去ってゆく異世界方面軍一行に、出待ちをしていたファンたちは声をかける暇もなかったほど。その様子はまるで、一昔前のコメディ映画のようであった。
そうして旅館へと戻った一行は、その足で温泉へと直行。
想定外の激しい戦闘に、彼女達の身体はすっかり汚れており、このまま夕食をとる気にはなれなかったのだ。
そのついで、クリスは旅館の女将へと頼み込み、洗濯機を使わせてもらえないかと相談をしていた。そうして無事に快諾を得られたところで、肉を洗濯機に放り込む。自動投入口に洗剤をぶち込み、おまけとばかりに柔軟剤も投入口へと流し込む。あとはスイッチを入れて十数分もすれば、肉の丸洗いは完了である。余談だが、毒島さんは肉とは違い、水さえ用意しておけば勝手に自分で水浴びを行う賢い子である。わざわざ手動で洗う必要がないのだ。
洗濯機の中を肉がぐるぐると回っている間に、一行はのんびりと温泉を堪能した。不思議なもので、温泉に浸かれば疲労感は一気に霧散してゆく。それは日本人である汀や枢、茉日だけに限った話ではない。比較的温泉に馴染みのない異世界勢ですら、一日の疲れが溶け出していくような気持ちであった。といっても、アーデルハイト達は既に何度か温泉を経験しているのだが。
勿論汀のセクハラや、胸囲の格差社会に対する枢の嫉妬など、温泉にありがちなイベントは一通りあったのだが────それはまた別の話。
そうして全ての雑事を終えたあと、一行は旅館の部屋に集合していた。同じ宿に泊まっていた枢と茉日も、アーデルハイト達の部屋に集まっている。理由は勿論、後回しにしていたウサギの話を聞くためである。
テーブルの中央にウサギを座らせ、その周囲を取り囲む。その光景はまるで尋問か、はたまた裁判のようであった。
「さぁ、洗いざらい喋ってもらいますわよ!! もう一度!!」
「め、めんどくさいんじゃが……」
「しゃらっぷですわ!! あんな、ダンジョンの攻略中に語り始める方が悪いんですのよ!」
「ぐ、それはたしかにそうかもしれん……」
ずい、と詰め寄るアーデルハイト。真剣な顔でウサギを問い詰めるその姿は、傍から見れば相当な混沌具合であろう。もしも配信をしていたならば、視聴者達から総ツッコミを受けることは間違いなしである。
そうして再び語られる、ふたつの世界と女神にまつわる話。与太話、或いはよく出来た作り話。そう切って捨ててもいいような、殆どウサギの身の上話と言ってもいい内容だったが、やはりところどころには気になる部分もあった。特に最後の『聖女』のくだりには、然しものアーデルハイト達も食いつかずにはいられない。
「と、まぁそんな感じじゃ」
「聖女……聖女ですって? つまりあのドぐされビッチは、女神リーヴィスの手先ということですの? わたくし達がこちらの世界に飛ばされたのは、女神の意思だということですの?」
「厳密には少し違うがの。わしがそうであるように、愚妹──リーヴィスもまた、世界への干渉力は殆ど無いはずじゃ。聖女に選んだ者を、唆すくらいが精々じゃろ。つまり、女神の言いなりというわけではない」
六聖。
それは女神リーヴィスにとって邪魔な存在。人の身でありながら信仰を受ける者達。それらを排除するため、女神リーヴィスは代行者として聖女を選んだ。しかし干渉力を失った女神は、神託という形で指示を出すことしか出来ない。故に強制力はなく、聖女本人の意思を捻じ曲げることは出来ない。ウサギ曰く、そういうことらしい。
にも関わらず、今の聖女はアーデルハイト達に牙を向いた。
むっつりとした顔で梅昆布茶を啜っていたオルガンが、ぽつりと呟く。
「ふむり……つまり利害の一致」
「そういうことじゃな。つまりお主らがこちらの世界に飛ばされた理由は、女神と聖女の双方にあるということじゃ。聖女とやらの思惑はわしにも分からんがの」
如何に神を自称するウサギとて、全てを知っているわけではないらしい。あくまでも、妹女神を観測することで得た情報を繋ぎ合わせ、補完し、推測しているに過ぎないのだそうだ。だが、聖女には聖女の思惑があるというのは、どうやら間違いなさそうだった。
ウサギの話が一段落し、一行はそれぞれが思案に耽る。思うところが各々あるのだろう。アーデルハイトやクリス、オルガンにしても同じことだ。分からないことはまだまだ多い。女神の目的こそ判明したものの、しかし実行犯である聖女の目的は未だ不明のままなのだから。
総じて、異世界方面軍としての主目的はスローライフのままだが、副目的である仕返しに関してだけは、大きく前進したと言えるだろう。
「それで、じゃ。何故わしがあのような場所で、あのような神器と試練を用意していたのか。ここまで話せば、もうある程度は伝わっとるかの?」
「貴女との約束を破り、こちらの世界に干渉を始めた女神を止めること────ですの?」
ウサギの話をきちんと聞けば、それは自ずと分かること。出来る出来ないはともかくとして、このウサギは女神リーヴィスを止めるための手段、選択肢を用意していたということだ。そのための『神器』と『試練』であった。
「然り。本来ならば、『いもバス』が必要になるのはもっと先の事になる筈じゃった。そう思うたからこそ、試練の難易度も高めに設定しておった。じゃがお主らというイレギュラーが現れおった。それも、あちらの世界と深い関わりのあるお主らが、じゃ。ま、これも何かの縁じゃろ」
「……利害は一致している、と?」
「それも然り。あちらは女神と聖女のタッグなんじゃ。こちらもタッグを組んだとて、文句は言われまいよ。それにこれは、今すぐという話ではない。お主らは謂わば保険じゃ。リーヴィスはこれからも干渉を続けるかもしれん。そうなった時、『それ』を振るう者が必要なんじゃ」
クリスの問いに答えると、ウサギはそのまま『ぽてり』と机の上に座り込んだ。伝えるべきことは伝えた、ということなのだろう。長々と語ったウサギではあるが、話を纏めればそう難しい内容でもない。
女神リーヴィスと、その代行者である聖女。それに対抗するため、ウサギ女神も代行者を立てるというだけの話だ。選ばれたのが異世界出身であるアーデルハイトというのは、なんとも皮肉な話ではあったが。
とはいえ確かに、利害は一致していた。
異世界方面軍にとっての主目的ではないが、しかし一方では聖女への仕返しを企んでいる彼女たちからすれば、デメリットは特にないのだから。
「いいでしょう。わたくしが神を殺して差し上げますわ。もしもその時が来れば、の話ですけれど」
「それでよい。わしも出来る限りの協力してやろう。まぁ、大したことは出来んがの」
そうして全ての話が終わり、室内には弛緩した空気が流れる。そこでふと、思い出したかのように汀が問いかける。
「ところで結局、ウサギ神さんの名前はなんなんスか?」
「む? わしの名前か?」
「ッス。いやだって、ぱっと見普通のウサギに向かって神様神様言うの、流石にヤバくないッスか? 主に頭が」
そんな汀の言葉に、枢と茉日が激しく首肯し賛同する。想像してみれば成程確かに、絵面はそうとうアレである。
「良くぞ聞いてくれた! じつはわしもリーヴィスに倣って、自分で付けた名前があるんじゃ。信仰とかどうでもよかったもんじゃから、誰も知らんじゃろうけど」
「おっ、これは大喜利かな?」
「やめい」
実は、ウサギは恐れていた。
アーデルハイト達が連れている生き物が、あちらの世界の神獣と、そしてこちらの世界の高位魔物であることは見て取れる。従えている事自体、殆ど信じられないことであった。だがしかし、それ以上に。付けられている名が、『肉』と『毒島さん』なのだ。自身もそんな怪しい名前で呼ばれては堪らないと、実は戦々恐々としていたのだ。
「はい! はい! わたくし良い名前を思いつきましたわ! 今からこのウサギは『運営』と呼び────」
「わしはオルヴィス、女神オルヴィスじゃー!」
アーデルハイトが言い終える前に、どうにか言葉をねじ込むことに成功する。こうして異世界方面軍に、新たな怪しいペットが加わったのであった。
「ふむり…紛らわしいので却下。運営で」
ヒュー、危なかったぜ!




