第314話 すごいやっつけをかんじる
新たな世界を手に入れた女神は早速とばかりに、自らに都合のよい世界を創り始めました。奪った力で空を創り、海を創り、大地を創り。そうして自らの力で、生命を創りました。今度は最初から、自分だけが信仰される世界を作るために。
そうして長い時を過ごし、やはり生まれた『彼ら』を見守りました。以前と違う点といえば、自らを崇めるように仕向け、積極的に干渉を行ったことです。如何に女神といえど、手を加えられるのは最初のうちだけです。だから少しずつ、少しずつ。慎重に世界を導きました。
また、女神は自らの名前を考えました。
ぼんやりとした超常の存在よりも、名前のある特定の存在の方が、より信仰の対象になりやすいと分かったからです。女神は元いた世界────姉達と共同で見守っていた世界の言葉から、『生命』という意味の名前を自らに付けました。それこそが『リーヴィス』の誕生でした。
そうしてせっせと働くリーヴィスの様子を、しばしば監視している者が居ました。そう、元の世界に残っていたリーヴィスの姉です。三姉妹の長姉である彼女は、殆ど全ての事象に興味がありませんでした。リーヴィスが次女を殺してしまったときでさえ、特に何も感じなかったほどです。良くも悪くも、三姉妹の中では最も『神』らしい存在でした。
そんな彼女が、どうして妹の監視を行っていたのか。それは、妹たちの感情が理解できなかったからです。『彼ら』を愛し子のように見守っていた次女。まるで狂ったかのように『彼ら』からの信仰を欲する三女。およそ神らしからぬ二人の感情が、長姉である彼女には全く共感出来なかったのです。
彼女達のような超常の存在にとって、『彼ら』はただの有象無象に過ぎません。確かに、観察している分にはそこそこ楽しめました。けれど所詮はその程度。そこらの塵芥と、何も変わらない存在であるはずなのに。自分と同じ存在であるはずの妹たちの、その感情は一体どこからやってきたものなのか。長姉はそれが知りたかったのです。
次女がリーヴィスに殺されてしまったこと。それ自体は別にどうだっていい事だと思っていました。けれど────本来は自分と同じく、うつろわざるものである筈の妹たちを、『彼ら』が変えてしまったという事実は揺るぎません。妹たちに変化を齎したものが一体何だったのか。長姉が『感情』というものを知るためには、『彼ら』の観察を続ける必要があったのです。
けれど、『彼ら』であれば何でも良いというわけではありません。
長姉が観察すべきは、次女が愛し、三女が嫉妬した『彼ら』でなければならなかったのです。それこそが、妹たちを変えてしまった『彼ら』なのですから。リーヴィスが都合の良いように作り上げた、新たな世界の『彼ら』では駄目なのです。
だから長姉は、新たな世界を作る際にこう言ったのです。
こちらの世界には干渉しないなら、と。
長姉は注意深く、リーヴィスの様子を監視し続けました。リーヴィスはせっせと理想の世界を構築し、長姉がそれを監視する。そんな不思議な関係が始まってから、やはり気が遠くなるほどの時間が過ぎました。
リーヴィスはより多くの信仰を得るため、度々『彼ら』に試練を与えていました。『彼ら』は危機に陥った時、リーヴィスへと祈りを捧げてくれるのです。自然災害であったり、或いは『魔物』と呼ばれる、『彼ら』にとっての敵対生命を創造したり。試練の種類は多岐にわたりました。『ダンジョン』と呼ばれる危険地域もそのひとつです。そんな数々の試練を通し、リーヴィスは順調に信仰を集めていました。
けれどそんな時、順調だと思われていたリーヴィスの世界に、ある特殊な存在が生まれてしまいました。
殆ど全ての『彼ら』がリーヴィスを信仰する世界で、一際大きな輝きを放つ者達が現れたのです。神の試練を乗り越えた者。突然変異のように現れた者。世界の不条理を嘆いた者。弱きを救う為に立ち上がった者。自らを高め、頂きに手を伸ばした者。魔として生み出された、その意味を問う者。
生まれも、時期も、場所も、そのどれもがバラバラでした。発生した理由など、創造主であるリーヴィスにすら分かりませんでした。けれど不思議なことに、まるで示し合わせたかのように突如として現れたのです。それはリーヴィスへの信仰で染まった世界を、一変させるほどの輝きでした。
『彼ら』の中から生まれた輝く星々は、瞬く間に信仰の対象となりました。もちろんこれは、自身のみが信仰の対象になりたいリーヴィスにとって、由々しき事態です。
けれど。
リーヴィスが世界から星を取り除いても、その都度、新たな星は生まれました。人を変え、世代を超え。その輝きが消えることは、終ぞありませんでした。
そんないたちごっこを長い時の中で繰り返しているうちに、新たな世界も成長を続けていました。リーヴィスの干渉力が、いよいよ及ばなくなる程に。リーヴィスは焦りました。折角新しい世界でやり直したのに、これではまた駄目になってしまう、と。けれどこの時点で既に、彼女自身が世界へと手を下すことは出来なくなっていたのです。
けれど、それでもリーヴィスは諦めませんでした。彼女は考えました。自身が直接手を下せないのなら、『彼ら』の中から代行者を見繕えばいいではないか、と。自身に代わり、女神への信仰を集める者。自身に代わり、星々を摘み取る者。神の使徒であり代行者。
すなわち────『聖女』を選ぼう、と。
* * *
「という話をしようかと思ったんじゃが」
目を閉じたウサギが、ゆっくりと再び目を開く。するとそこには、聖刀を地面に突き立て、それを支えに、周囲をぐるぐると回るアーデルハイトの姿があった。所謂『ぐるぐるバット』である。なにやら目隠しを装着したアーデルハイトは、しかしふらつく様子など一切見せずに歩き始める。
「お嬢様、右前方です」
「アーデ、ちょい左」
「ヘイ! アーちゃんこっちこっち!」
「今! そこだよ! そのまま振り下ろして!」
周囲からの声に従い、アーデルハイトが天楼都牟刈を振り下ろす。
「ここですわね!! ふんす!」
一体何処から取り出したのやら。
天楼都牟刈の刃が、地面に置かれたスイカを真っ二つにしていた。スイカのすぐとなりで待機していた肉と毒島さんが、一心不乱にスイカを貪り始める。
「嘘みたいじゃろ? こやつら、わしが話を始めようとした途端にスイカ割りを始めおった」
「申し訳ありません。何やら長話が始まりそうだったので、つい」
ウサギを頭に乗せたまま、悪びれもなくクリスがそう答えた。主従揃って、長話の気配には敏感だったらしい。ウサギの長話などという、撮れ高の欠片もない地獄の気配。そんな気配が漸く霧散したことに気づいたのか、遊んでいたアーデルハイト達が集合し始めた。
アーデルハイトが天楼都牟刈を右手で握り、そのまま軽く振って見せる。風を切る、というものとはまた違う、凛と澄み渡るような高音が響いた。
「終わりまして? それで、この『いもバス』の能力は一体何ですの?」
「……まぁええか。そもそもの話じゃが、それはあやつ────わしの妹を殺す為の武器なんじゃ。女神であるわしらには、普通の攻撃は通用せんのでな。つまりそのいもバス────天楼都牟刈の能力は、『超常の存在への攻撃を許可する』じゃな。もちろんわしには通用せんが」
「はいシケ」
ぺいっ、と天楼都牟刈を投げ捨てるアーデルハイト。地面に落ちた天楼都牟刈は、粒子となって姿を消してしまう。といっても顕現が終わっただけであり、実際に消失した訳では無いのだが。
「な、なにをするんじゃ! わしが頑張って作った神器じゃぞ!」
「興味ありませんもの。女神を殺すですって? 一体何の話をしていますの?」
「ほらー! わしの話ちゃんと聞かんからじゃろー!?」
「はいはい、オフレコオフレコ」
クリスの頭上でぽよぽよと荒ぶるウサギを他所に、アーデルハイト達はいそいそと帰り支度を始める。見たところ、この場ではこれ以上のイベントが無さそうだったから。今回の収穫と言えば、使い道の無さそうな怪しい神器に、ダンジョンを作ったと豪語する怪しいウサギのみ。どう考えても脇道だ。クリア目的でダンジョンに潜っていたアーデルハイト達に言わせれば、空振り以外のなにものでもなかった。
「ここまで来て空振りだなんて、ガッカリにも程がありますわ……」
「失礼なやつらじゃの……」
そこでふと、アーデルハイトが何かに気づく。
「……そういえばあなた、確か神様だとか言ってましたわね?」
「うむ、いかにも」
「んっ」
短い問答のあと、アーデルハイトがずい、と手を差し出した。さも当然だと言わんばかりに、腰に手を当てたまま。
「……なんじゃその手は?」
「折角ですから、何か下さってもよいのではなくて?」
「……何が折角なのかわからんが……というか神器あげたじゃろ?」
「あんなもの、別に要りませんもの。信賞必罰。あなたが本当に神だというのなら、功労者には恩賞を与えるべきですわ」
「ぐぬぬ……」
なんともひどい物言いではあったが、しかしアーデルハイトがあまりにも堂々としている所為か、なんとなく正論を言っているような気がしないでもない。その圧に負けたのか、ウサギは渋々といった様子で口を開いた。
「……よかろう。じゃがわしも、干渉出来る力はそれほど無い。ゆえに、ひとつだけ願いを叶えてやろう。よいな、ひとつだけじゃぞ!」
「やりましたわ! チョロウサギですわ! 言ってみるものですわー!!」
ウサギからの言質をとったアーデルハイトは、叶えてもらう願い事を決める為、すぐさま全員へと招集をかけた。とはいえアーデルハイトも、別にウサギの言葉を全て信じているわけではない。おまけに重要そうな話は、その一切を聞き流している。謂わば冗談半分、『とりあえず試しに言ってみた』程度の要求であった。
そうしてアーデルハイトとクリス、そして枢と茉日が集合し、円陣を組んで相談を開始する。会話内容を聞かれぬよう、ウサギはぺいっと投げ捨てて。
「ここへは神様パワーをもらい来ただけなのに、思わぬ拾い物ですわ」
「とはいえ、どこまでが真実なのやら……願い事を叶えるというのも、かなり怪しい話ですよ」
やはりクリスも懐疑的な様子。
だが、ウサギが異世界の神を知っていたのは紛れもない事実である。存外、本当に神なのでは、という考えも僅かにあった。
「ぶっちゃけ、あんまよくわかんないんだけどさ……言うだけタダなんじゃない? とりあえず吹っ掛けてみて、それから徐々に要求下げていけば?」
「あ、それ知ってる。ドア・イン・ザ・フェイスってやつだよね!」
異世界の神がどうだのと、現地人である枢達にはまるで理解出来ない話である。故に彼女らは当たり障りのない、一先ずの案を提案する。そうして四人がぐだぐだと会議を行っている時だった。
これは油断といってもいいだろう。アーデルハイト達は気づかなかった。あのポンコツ駄エルフが、円陣の中にいないことに。そうして要求を待っていたウサギへと、オルガンがむっつりとした顔で声をかけた。
「ギャルの納豆おくれ」
「よかろう」
瞬間、オルガンの頭上に光が集まり始めた。
「よかろう、ではありませんわよー!?」
アーデルハイトが慌てて制止するが、時既に遅し。
ほんの一秒程度のうちに、オルガンの手にはパック入りの納豆が鎮座していた。パックの蓋にはでかでかと、『ギャル』とだけ描かれていた。
「おぉ……すごいやっつけをかんじる」
「願いは叶えた。では行くかの」
ウサギはそう言うと、いそいそとクリスの頭の上へ移動。そうして身を丸めたまま、すぴすぴと寝息を立て始めた。神としての力を使った反動か、どうやら休眠状態に入ったらしい。こうなってしまっては最早どうすることも出来ない。アーデルハイト達は肩を落とし、そのまま帰路につくことしか出来なかった。
こうして、アーデルハイト達のクリ目探索は幕を下ろした。別段必要のない聖刀と、怪しいウサギだけを手にして。
というわけで、本日1月10日は!!
いよいよ本作『剣聖悪役令嬢』こと『アデ公』書籍版の発売日です!!
ついに、ですね!
書籍巻末でも書かせて頂いておりますが、ここまで漕ぎ着けることが出来たのは、皆様の応援あってのことだと思っております。この場を借りて、お礼申し上げます。
本当に、いつもありがとうございます。
これからも応援頂けますと幸いです。
何卒、書籍版のほうも宜しくお願い致します!!
もちろん私も買いましたよ! デッッッッ!!




