第309話 ネタのチョイスが古い
「こんなこともあろうかと」
そう言ってオルガンが懐から取り出したもの。それはオルガンの小さな手にぴったりフィットする、小さな銃であった。医療用の銃か、或いは獣医が使用する注射銃に似ている。上部には注射器が、そして前部にはリボルバー銃のような、回転式のシリンダーが備わっていた。
「なにそれ?」
「これは――――作った」
「説明がメンドーで端折ったでしょ」
「うむり……」
これはオルガンが莉々愛の手伝いでラボに行った際、彼女の対魔物専用狙撃銃を参考にして勝手に作った、試作用の異世界式拳銃である。異世界式拳銃といっても、所詮は莉々愛の銃を見様見真似で作っただけの代物である。オルガン好みの小賢しい技術が盛り込まれてはいるが、色々と荒削りであり、まだまだ実用には程遠い。
オルガンがこの試作銃を作った理由は、彼女が唱える、ある説を立証するためであった。そしてその結果は、概ね正しかった。
ダンジョン内に於ける近代兵器の弱体化。
長らく不明とされていたその理由に、オルガンは大凡の予想が付いていた。曰く、『魔力が直接作用していないのが原因ではないか』とのことである。
現代に於いても『魔力』自体は存在する。現代人はただ魔力という存在を認識出来ておらず、かつ使い方を知らないだけであり、その体内には異世界人と同じく魔力を保有している。これはオルガンがこちらの世界に来る以前より、アーデルハイト達が辿り着いていた答えだ。例えば汀や月姫がそうであったように。
銃が威力を発揮出来ず、しかし剣や槍、そして同じ飛び道具である弓や投槍が、通常通りの威力を発揮出来るのは何故なのか。その違いこそが人体────つまりは『魔力』に触れているか、否か。極端な話、発射される弾丸が魔力に触れてさえいれば、銃も本来の威力を発揮出来るのではないか。これがオルガンの唱える仮説であった。
剣も槍も、そして矢も、必ず人体に触れている。魔力の使い方を知らずとも、触れることで体内魔力の影響は出る。しかし銃本体はともかくとして、放たれる弾丸は一度も人体に触れていない。仮に製造段階で触れていたとして、そんな微弱な魔力が、ただの金属に長時間宿るはずもない。衣服程度であればいざ知らず、金属部品の壁など突破できるワケがない。オルガン級の高密度魔力に触れているならばともかく、現代人の保有する微弱な魔力程度では。
それを確かめる為に作られたこの銃には、一般的な銃器とは違う部分がいくつかある。まず、弾丸を発射する仕組みが異なる。この銃を使用するには、ある程度の魔力が必要となる。火薬の代わりに魔力を使用する、といえば分かりやすいだろうか。故に現段階では異世界人と、現代人では汀と月姫くらいしか使えない。
加えて、使用される弾丸は魔物素材を使用した、オルガンの特別製だ。
そんな怪しい銃ではあるが────しかし実験の結果、一定の成果を見せたのだ。このような説明を、面倒くさがりのオルガンが懇切丁寧にする筈もなく。
「まぁよかろ」
「いや、うんまぁ、別にいいけどさ……」
どうみても詳しい説明など望めなそうなオルガンの様子に、枢はあっさりと引き下がる。そんな枢などお構いなしに、オルガンがシリンジ部分へと、なにやら怪しい液体を流し込んでゆく。
「そしてここに、そこの酒から錬成したこれを注入する。あとこれも」
「それは?」
「……毒?」
「端折った?」
「……うむり。とにかく、これをぶちこめば瞬殺まちがいなし」
酒を利用して弱らせ、その隙に首を切り落とす。
そんな悠長なことをするつもりは、オルガンには毛ほどもなかった。このダンジョンを作ったであろう何者かの思惑に従うなど、まっぴら御免だ、と。
続いてオルガンは、懐からいくつかの魔物素材を取り出した。小さな小瓶に入った白い粉末と、小さく砕かれた何かの欠片。そしてなんだかよく分からない、皮のようなもの。最後に、透明な液体の入った小瓶。
「一応聞くけど、それは?」
「毒島の鱗を粉末にしたもの。肉の角の欠片。あとついでに、莉々愛のラボから盗────もらった、よくわからん魔物のよくわからん部分。そんで毒島製の毒」
「怪しさしかないね……」
オルガンはそれらを、錬金魔法であっという間に弾丸へと加工してしまう。そうして完成した三つの弾丸を、シリンダー部分へとゆっくり詰めてゆく。
「蛇が生命の螺旋、『エンドレスホワイト』」
中二感たっぷりの言葉と共に、純白に輝く弾丸を込める。
「生み出す事を許さない、『ヴァージンホワイト』」
続いてシリンダーを回し、真っ白な弾丸を込める。
「そして……審判の果ての希望『ジャッジメントホワイト』」
最後に、やたらと光り輝く白色の弾丸を込める。
「なんかどっかで聞いたことあるフレーズだなぁ……っていうかアーちゃんもそうだけど、どこからそんなネタ仕入れてんの? ネタのチョイスが古いし、しかも適当過ぎて全部白色だったし」
「汀さんの影響じゃない? どう考えても」
魔物素材から生成された弾丸と、毒島さんから採取した毒液。更に、酒の泉から作られた毒。合わせて都合五種。全ての準備を終えたオルガンは、ゆっくりとその場で立ち上がる。漸く出発かと、枢と茉日もそれに合わせて立ち上がる。
「そういえばこの銃、欠点がひとつある」
「……怖いけど、一応聞いておこうか?」
「射程がカス」
* * *
八岐大蛇と思しき魔物は、未だ健在であった。
ある首は焼け爛れ、またある首は切り落とされ、中には無理やり捩じ切られたかのような、痛々しい傷跡を持つ首もあった。しかしそのどれもが、既に再生を始めていた。
【うーん、やっぱりお酒っスかねぇ? となると、一度退却するしかないッスかねぇ……】
「動きさえ止められれば、ゴリ押し出来なくもなさそうなんですけどね……」
イヤホンを通じて、クリスと汀が攻略法を模索する。
初撃から既に十数分。敵が弱るような気配は微塵もなく、今なお元気に暴れまわっていた。クリスによる魔法攻撃、アーデルハイトと肉による物理攻撃。そのどちらもが一定の威力を発揮しつつ、しかしどうにも決め手とはならない。そんななんとも歯がゆい状況であった。
「ちょっとー!? そろそろ障壁が保ちませんわよー!?」
前線では、今もアーデルハイトが八岐大蛇を抑え込んでいる。敵の動き自体はそれほどでもないが、しかしパワーは大したものである。具体的には、かつての肉よりも少し劣る程度だろうか。しかし、尾を縫い留めていたローエングランツはとうの昔に抜けている。自由に走り回る八岐大蛇は非常に面倒で、如何に鉄壁の防御を誇る無垢の庭園といえども、流石に耐久の限界であった。
:一番身分が高い筈のアデ公が、一番下っ端みたいなポジやってて草
:というか、シンプルに敵強すぎない?
:これ、遭遇したのがアデ公達だったからよかったけどさぁ……
:一般通過探索者なら秒殺されるよね
:さっきから『動きは大した事ない』みたいに言ってるの草枯れる
:大した事ない(異世界基準
:尻尾とかの振り始めは見えるよ、うん
:途中で視界から消えるけどな……
「あーっ! もう無理、もう無理ですわーっ!」
アーデルハイトが叫ぶと同時、光の壁は粉々に砕け散った。邪魔な障壁がなくなった所為か、八岐大蛇の勢いは更に増してゆく。八つの首と尾を使った、まるで暴風のような乱打。対するはローエングランツを操るアーデルハイト。頭上から叩きつけられる尾を回避し、横薙ぎに襲いかかる首を切り飛ばし。一人と一体の戦いは、既に余人が入り込む余地もなくなっていた。
と、そこでクリスが何かに気づく。
「漸く戻って来ましたね」
広い花畑にあって、遠目にも目立つ三つの人影。しかしどうにも様子がおかしい。
枢がオルガンの右足と尻を、茉日が左足と尻を、それぞれが支えている。そしてオルガンはどっかりと、まるで玉座にでも腰掛けるかのように偉そうなポーズで、二人の腕が作る椅子へと座っている。右手には見慣れない武器を持ち、しかし本人は眠そうな顔のまま。
銃の射程は足りないが、しかしオルガンの運動能力では有効射程まで辿り着けない。しかし使用には魔力が必要であるが故に、射撃役はオルガンにしか出来ない。これは、そんなどうしようもない状況を打破するべく、枢と茉日が考えた苦肉の策であった。
その姿をカメラ越しに見た汀が叫ぶ。
そう、その姿はまるで────
【まさかあれは────騎馬戦ッスか!?】
「……はぁ」
成程確かに、そう言われてみれば騎馬のように見えなくもない。だがどうみても通常の騎馬戦と比べ、騎手の位置が前後逆であった。通常の騎馬は三人で形成するものだが、今は枢と茉日の二人しか居ない。それ故の前騎乗スタイルなのだろうが────そんな、どこからどうみてもギャグでやっているとしか思えない光景に、クリスは大きなため息を吐き出した。とはいえ、本人達は至って真面目にやっているのだが。
ネタのチョイスが古すぎる
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WEB版では描かれていないシーンですわよー!
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