第302話 とあるニキの話(閑話)
普段、ワタシは探索者をしています。
昔から探索者になりたかった、というワケではありません。ただ小さな頃からマンガが大好きで、お気に入りのキャラクターの真似ばかりしていました。そうしていつの間にか────本当にいつの間にか、ワタシは探索者としての道を歩んでいました。漫画の世界の登場人物によく似た『探索者』という仕事に、もしかすると無意識の内に憧れていたのかもしれません。自分でもよく分かりませんが。
その影響もあって、ワタシはオフの期間を利用し、日本へと旅行に行ったこともあります。コミバケにも参加したことがありますし、その際は大量の戦利品をゲットして持ち帰りました。つまりワタシは、何処にでもいるオタク探索者のひとり、というわけですね。
そんなワタシの趣味、それはダンジョン配信を見ることです。
探索者が他の探索者の配信を見ることは、珍しくもなんともないことです。ダンジョン配信を見るということは、それだけで得られるモノが多い。むしろ同業者の方が、より熱心に見るのではないでしょうか。戦い方や探索に際してのアレコレ、そしてダンジョンの情報なんかもそうですね。
ですがワタシの場合、そういった観点で見ているのではありません。同業者の情報収集などといった野暮な理由ではなく、ただ単純に、いち視聴者として楽しんでいるのです。
ダンジョン配信はとてもエキサイティングです。実際にダンジョンへ潜る事と、ダンジョン配信を視聴する事は全くの別物です。配信者達が戦う様は、まるでアニメの主人公達が、物語内の強敵へと立ち向かっていく姿のようで。
アニメのようでありながら、けれどアニメではない。そんな探索者達の活躍を見守るのが、ワタシの楽しみなんです。
もちろん、お気に入りの配信者も沢山います。
ですが、一般的には名前の知られていない探索者が多いです。基本的にはあまり知名度が高くない、伸びしろのある配信者を応援するのが好きだからです。なんと言いますか、あまりにも有名過ぎるモノは逆にのめり込みづらい、みたいな事ってありますよね。応援していたモノが徐々に有名になるのなら良いのですが、最初から知名度があるモノだと、なんだか有利JOINみたいでヤなんですよね。
単推しが偉いとか一途だとか、そういう考えもありますが。推しがひとりじゃなきゃ駄目だなんて、そんな決まりはありません。好きなものは好きなんだから、ひとつに絞るなんて勿体ない。少なくともワタシは、そう思っていました。
そんなワタシには、現在激推ししている配信者がいます。いえ、配信チームというべきでしょうか。とにかく、追いかけているパーティがあるんです。偶然から始まったファン活動とはいえ、最初期から追いかけていることもあって、その思い入れも一入です。
そんなワタシにとって彼女は────いえ、彼女たちは。アニメの世界が大好きなワタシにとって、まさに理想の存在でした。推しは何人いてもいい、なんて言っていたワタシですが、気づけば他の配信になど目もくれず、彼女たちの配信ばかりを見るようになっていました。
幸いにもワタシは探索者で、知名度もそこそこあるパーティに所属しています。コラボのオファーでもすれば、もしかすると直接会って話が出来るかもしれません。
でも、そうじゃないんですよね。そういうのじゃないんです。
ワタシは彼女達と仲良くなりたいわけじゃなくて、ただのいちファンとして応援したいんです。勿論、彼女たちがイベントに参加したとして、そういった場で一言二言話す機会があったなら、ワタシは喜んで飛びつくでしょう。でも、探索者として会うのは何かが違う。それはなんだかズルくて、もし叶ったとしても多分、嬉しくはなくて。
分かってもらえるでしょうか、この複雑なオタクの心理が。
つまりファン活動を続けることで、偶然たまたま、ちょっとしたキッカケとなにかの間違いで、ワタシは彼女たちとお近づきになりたいのです。その後も影から応援出来れば、それで世は事もなし。
だからワタシは、彼女たちと一緒には行きませんでした。推しの魅力に気づいてくれたことは嬉しいですが、ワタシにはオタクとしての矜持があるのです。ソロで探索活動をしているとでも思われていそうですが、それも違います。なにせ、ワタシは彼女たちの配信をチェックするのに忙しい。いつ何を聞かれてもすぐにコメントが出来るよう、常に張り付いておかなければならないのです。
おっと、どうやらまたワタシの出番のようです。
今ではすっかり人気となったこのチャンネルに於いて、これは最古参であるワタシのアイデンティティです。高レベル探索者としての能力は、この一瞬のために。誰にも真似出来ない、無駄に洗練された無駄のない無駄な動き。それらを全て、指先に込める。
部屋の中に響き渡る、ともすれば喧しいほどの打鍵音。頭の中に収納していた情報を、一言一句違えることなく送り出す。一般人は疎か、そこらの探索者でも真似出来ないでしょう。下手をすれば、ワタシの指の動きすら見えないかもしれません。ワタシが打つ一文字一文字が、推しのチャンネルに活気を与える。どれほど僅かだとしても、彼女たちが人気となるその一助になっている。
ただそれが嬉しくて、今日もワタシはキーを叩く。
と、そんな時。
部屋の扉が勢いよく開け放たれた。外から声をかけるわけでもなく、当然のようにノックもない。こんなデリカシーのない入り方をする人物には、一人しか心当たりがなかった。
「オラァ! 帰ったぞリナ! テメェ、まァーた部屋でオタクしてンのかァ?」
「うっさ……もう少し静かに帰ってこれないんですカ? レベッカ」
「あァ? ていうか部屋きったねぇなァ! ちょくちょく様子みるようにって、マネに言っといた筈なンだがなァ……」
「ていうか、何しに帰って来たですカ?」
「あァ? ンな態度でいいのかよ? 土産やんねーぞ」
パーティメンバーのレベッカはそう言うと、遠慮もなしにソファの上の荷物を蹴り飛ばします。そうしてどかりと大股で座り込み、手に持っていた荷物を放り投げてきました。ヤンキーの彼女が持ってきた土産です、どうせろくなものではないでしょう。
「……何デス?」
「姫さんのサイン入りグッズだ」
「ベッキーしゅきぃ」
いつの間にか顔が緩んでいたようです。チンピラの癖に気が利くところが、彼女の美点のひとつといえるでしょう。これほどの一品、こんな汚い部屋には置いておけません。あとで家に帰ってから、じっくりと開封させてもらいます。
「あとよォ、こっちにゃ一月ほどいるつもりだが、その後はまた日本に戻るぜ。今度はリナも来ンだろ?」
「え、行きませんケド。ワタシはただのファンとして────」
「姫さんも会いたがってたぜ?」
「行くでござる! 絶対に行くでござる!」
ワタシは知ってしまいました。
矜持がなんだと、偉そうなことを言っていましたが────目の前に人参がぶら下げられた瞬間、人は結局こうなってしまうということを。
つまり、実はネキだったって事だよ!!




