第266話 自分の人気が怖いですわ
早朝、まだ日も昇っていない薄闇の中。
すっかり着替えを終えた汀が、荷物を前に最終確認を行っていた。今回は二度目のコミバケということもあってか、その表情には多少の余裕も見られる。
「サーチケヨシ! お釣りヨシ! POPヨシ! 紙とペンヨーシ!」
指差し確認を行いながら、それらをカバンへと詰めてゆく。リビングに並べられたキャリーケースは、確認が済んだものから順次、他の者達によって車へと運び込まれてゆく。朝からドタバタと騒がしくしている割に、ペット枠の二匹が目を覚ます様子はなかった。
年末年始は天音ちゃんが海外へと旅行に行っているため、肉と毒島さんを預けることが出来ない。故に仕方なく、今回は二匹にお留守番を頼むことになってしまったのだ。お目付け役の毒島さんが寒さに弱いということで、若干の不安はあるのだが。そうして最後、今回使用するコスプレ衣装が詰め込まれたカバンを手に、汀が部屋を後にする。
「じゃあお肉ちゃん達、留守番頼むッスよ」
こうして12月も末の朝、異世界方面軍は二度目の参加となるコミックバケーションへと向かうのであった。
* * *
「で、確認なんスけど」
ハンドルを握る汀が、徐ろにそう切り出した。車内がわけのわからない小道具でミチミチなのは以前と変わらないが、現在はどうにか4人が座れるだけのスペースは確保されていた。いつまで経っても片付けない汀にしては、随分な進歩だといえるだろう。
「前にも言った通り、サーチケは三枚しかないッス。つまり四人のうち一人は、あとから一般入場しなきゃいけないッス。んで……お嬢、ホントに大丈夫なんスか?」
「問題ありませんわ! 真打ちは遅れて登場するのがメキシコ式でしてよ!」
コミックバケーションでサークル入場するために必要な『サークルチケット』は、一般的に各サークル三枚づつしか与えられない。昨年は丁度三人だったため問題なかったが、現在の異世界方面軍は四人体制だ。一枚につき一人しか使用できないため、必然的に一人溢れることになってしまうのだ。そうして溢れた一人は、一般参加者と同様の方法でしか入ることが出来ない。
そうなった時、一体誰が後から入るのか。
汀とクリスは駄目だ。設営やその他諸々、先に入っておかなければならない理由が多すぎる。故にアーデルハイトとオルガンのどちらか、という話になる。しかしオルガンはどう考えても無理だ。初めての参加であることに加え、この貧弱エルフが人混みの中を掻き分け、サークルスペースまで無事に辿り着けるとは思えないからだ。結果、後入りするのは消去法でアーデルハイトということになる。
無論、それはそれで非常に不安ではある。
まず何よりも、アーデルハイトはその容姿のせいで非常に人目を引く。そうでなくとも、知名度も注目度も以前とは比べ物にならない程高いのだ。そんな彼女が一般参加者に混じって列に並んでいようものなら、別のトラブルを引き起こしかねない。
「不安ッスね……」
「心配は要らないかと。恐らくですけど、お嬢様達の周りだけぽっかりとスペースが空くと思いますよ」
「うーん、簡単に想像出来るのがなんとも言えないッス」
クリスの言うお嬢様『達』とはもちろん、手伝い要員の莉々愛の事だ。サークルチケットが足りない以上、彼女もまた一般入場となる。故に会場前で莉々愛と合流し、アーデルハイトと共に後入りする。これが今回の予定であった。つまりそれは、知名度も人気も高いビジュアル抜群の二人が、雁首を揃えて正面から会場へと乗り込んでくるという事に他ならない。イベントスタッフからすれば最悪な話である。
なお会場併設の駐車場は、事前に申し込みをしたサークルの者しか利用することが出来ない。一般の参加者は基本的に、公共交通機関を利用しての参加となる。閑話休題。
「今更言っても仕方がありませんわ。淫ピーと共にのんびり向かいますので、精々場を温めておいてくださいまし」
「むしろ温まった場の方から、こっちに来る感じになりそうッスねぇ」
「ああ、自分の人気が怖いですわ……!」
そう言って、わざとらしく蹌踉めいて見せるアーデルハイト。口ではそう言いつつも、どうやらまんざらでもない様子であった。
* * *
そうして車を走らせること暫く。
会場まであと十数分といったところで、窓から外を眺めていたアーデルハイトが何かを見つけた。恐らくはイベント参加者であろうと思われる者達に紛れ、歩道の脇で桃色の髪がモサモサと揺れている。足を組んで座るその姿は、知っているものが見れば一目で『彼女』だと分かるだろう。ついでにその隣には、行儀よく足を揃えて座る男の姿もあった。
「ミギー! 淫ピーが居ましたわ! わたくしもここで降りますわ!」
「んぇ、マジっスか? 全然気づかなかったッス」
「では、また後ほど合流しますわよ! 行ってきますわー!」
「え、ちょ、待───」
そう言うやいなや、アーデルハイトが車の窓から勢いよく飛び出してゆく。もちろん車は走行中である。アーデルハイトはそのまま莉々愛達の目前まで跳躍し、見事な着地を決めていた。何やら莉々愛に文句を言われているのが、遠目に見てもよく分かる。
「怒られてますね」
「当たり前ッス」
どう考えても常軌を逸した行動だが、しかしダンジョン内でのあれやこれやに比べれば些細な事か。汀とクリスはそう考えつつも、しかし呆れるような表情を浮かべながら会場へと向かうのであった。なおこの間、オルガンはずっと眠っていた。
一つ前の話に若干の修正をしてあります
ええ、コタツ回を既にやっていた事を忘れていたのです
どんだけコタツ好きなんだ……




