第234話 今宵、君たちは伝説の目撃者になる
探索者協会伊豆支部、食堂。
そこは探索者達が屯し、ダンジョンに関する様々な情報を交換する場。どこの階層で何が採れただの、どの階層には何の魔物がいただのと。不人気ダンジョンと呼ばれていた頃、つまりは異世界方面軍が伊豆ダンジョンを攻略するまで、終ぞ見ることの出来なかった光景。協会のあるべき姿だ。
しかし今この時、伊豆支部の食堂は情報交換の場ではなくなっていた。時刻は深夜、もうすぐ1時になろうかというところ。いつもは綺麗に並べられているテーブルも、今は配置が変わっている。最前列には巨大なモニターが置かれ、どの席からでも画面が見られるようになっている。まるで会議か、或いはプレゼンテーションでも行われるかのようだ。
如何に協会が24時間営業とは謂え、深夜にまで協会を訪れる探索者は極めて少ない。それこそ、日を跨ぐまでダンジョンに潜っていた者くらいだろう。故に普段、23時以降は食堂も稼働していないのだが───しかし今この時だけは、厨房もフル稼働していた。並べられたテーブルを見てみれば、そこには多くの探索者達の姿があった。恐らくは50人程も居るだろうか。席が足りず、壁際には立ち見の者まで出ている始末である。新米の探索者のみならず、ベテランから一般人まで客層は様々。殆どスポーツバーのワールドカップ観戦状態であった。
普段とは異なる食堂で皆が酒、ドリンクやつまみといった軽食を手に、今か今かとその時を待っていた。
そんな食堂の最前列席にて、配信用カメラに向かって汀が大きく声を張り上げた。カメラの前へ出ることにまだ慣れていない所為か、若干ヤケクソ気味な声ではあったが。
「こんミギー! いえーい!」
「いえーい」
ぬぼっとしていて眠そうな顔と声でそれに続くのは、やはりオルガンだ。汀の座るテーブルには『実況』と書かれた札が、そしてオルガンの前には『解説』の札が立てられている。なおここに居ないクリスはもちろん、現地でのカメラ係である。
「さぁ、遂にやってまいりました! 異世界の強者二人が激突する世紀の一戦! 今夜実況を務めさせて頂きますのはわたくしミギー、そして解説はオルガンさんでお送りさせて頂きます」
「よろー」
まるで年末の格闘技中継のように、如何にもといった様子で配信開始を告げる汀。その宣言に呼応するかのように、観戦席に座る探索者達からは歓声が上がる。彼らの異様な盛り上がりの理由には、レアキャラ集団の異世界方面軍を生で見られた喜びと、それに加えてもうひとつあった。
「そしてゲストに国広燈支部長と、弟子のぐーやと……まぁなんか海外の人がいっぱいッス!」
そういって汀が手を差し向けたのは実況席の隣、二列に並んだテーブル席だ。そこには本イベントの責任者でもある燈と、アーデルハイトの弟子である月姫。そして『魅せる者』、『黄金の力』といった錚々たるメンバーの姿があった。
探索者であれば誰もが知っている二大パーティが、なにやら勢揃いして───それぞれ一名ずつ、本国居残り勢が足りていないが───訳知り顔で座っているのだ。それだけでも、今回の戦いがどれほどの意味を持っているのかが分かるというもの。
「国広支部長、今回はセッティングありがとうございます。はい、みんなもお礼言うんスよ!」
「い、いえ。これも支部の宣伝になるなら……まぁ、ここまで大事になるとは聞いてませんでしたけどね……」
「あはははは!」
「笑って誤魔化そうとしてる! まぁ最初に興行の提案をしたのは私ですから、別に良いんですけどね……」
当初の予定とは随分異なる形で開催された、否、されてしまった本イベント。深夜にこっそりと配信するものだと思っていた燈は、数時間前に食堂へ顔を出した際にひっくり返った。そればかりか、他国の重要人物達までもが雁首揃えて軽食を口にしていたのだ。彼女の胃がダメージを受けたのも仕方ないことだろう。
「では続いて、今回の発端……ごほん。元凶であるヤン……レベッカさんにお話を伺ってみましょう! 私は英語が出来ないんで、ミーちゃんよろしくッス!」
「うむり」
そうしてインタビューは次の人物へと移る。通訳をオルガンに任せるのは若干の不安もあったが、しかしオルガンは自信満々に頷いて見せる。そうして偉そうに腕を組んで座っているレベッカへ、この一戦への所見を尋ねた。
「どう?」
「あン? 端的過ぎて何聞かれてンのか分かんねぇよ」
あまりにも言葉足らずなオルガンの質問に、当然ながらレベッカは答えられない。とはいえ彼女も、この納豆エルフがこういった質なのは既に理解している。恐らくはこういう意図だろう、という殆どエスパーじみた予測で以て、どうにか解答をしようとする。しかしそんなレベッカの言葉を遮るように、隣に座っていたレナードが流暢な日本語で突如捲し立て始めた。
「まぁ多分───」
「俺はアーデルハイト嬢が勝つと予想している。理由はいくつかあるが、その最たるもので言えばやはり『エルフが仲間に居る』という点だろうか。エルフはいいぞ。現代に生きる者であれば、誰もが一度は憧れる存在だ。ウーヴェ氏の実力も凄まじいが、しかし彼の仲間にはエルフがいない。これは非常に大きなディスアドバンテージと言えるだろう。あぁいや、君たちの疑問は尤もだ。本人の実力と関係ない、と言いたいのだろう。だがそれは違う。大きな誤りだ。『浅い』と言う他ないだろう。なにしろエルフは───」
そんな長尺でキモいレナードのコメントは、ウィリアムと汀の即席チームプレイによって阻止される。元よりインテリな一面を持つウィリアムだ。どうやら日本に来て暫く、彼もすっかりと日本語を覚えてしまったらしい。
「アーデルハイト氏が有利だろう、とのことだ」
「なるほど! ありがとうございました!」
普段配信では見せることのないレナードのキモい一面に、周囲の探索者は二の句が継げないでいた。裏では『魅せる者』のチャンネル登録者数が3000人ほど減っていたりもするのだが、彼らがそれを知ることはなかった。そもそも、彼らレベルの配信者になればそれほど大したダメージでもないのだが。
その後、汀は『黄金の力』の面々にも質問を行った。初対面ではないとは謂え、異世界方面軍にとってはそれほど接点のない相手だ。コメントに関しては特に弄るようなこともなく、当たり障りのない質問でその場を濁す。
月姫に関しては、何を聞いたところで返ってくる答えが分かりきっている為にスルーだ。有名配信者に対する扱いではないが、しかし月姫はモニターに映るアーデルハイトに釘付けとなっていた為、彼女が不満を漏らすようなことは特になかった。
「では続いて、お待ちかねの選手紹介に移るッスよ! まずはもちろんこの人! 撮れ高と迷言の安打製造機! 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はカリフラワー! 異世界方面軍の騎士団長こと、剣聖アーデルハイト選手だッ!」
汀の紹介と共に、クリスカメラがアーデルハイトをアップで捉える。流石にいつものジャージ姿ではなく、既にアンキレーを装備した剣聖スタイルだ。いつになく真剣な顔をして佇む彼女の姿は、普段から生活をともにしている汀ですらも溜め息が出そうなほど。当然、それは観客たちにとっても同様だ。彼女の姿が映ると同時、大きな大きな歓声が上がった。
「対するはこの人! その実力はまさかのお嬢級! 彼をよく知るものは皆、口を揃えてこう言った! 異世界から来た動けるバカ! スライム退治にも参戦したことでお馴染み、モザイク系男子こと拳聖ウーヴェ選手ッス!」
汀の説明によればお馴染みとのことだが、しかし彼の素性を詳しく知る者など、この場にはごく僅かしか居ない。だがそれでも、汀の煽りによって観客たちは歓声を上げる。気持ち程度だが、黄色い歓声が多かったような気もする。黙っていれば寡黙な美少年といったその風貌も、もしかすると作用したのかも知れない。
「さぁさぁ、時刻は1時になろうとしてるッスよ! いよいよ戦いの火蓋が切られるッス! 刮目せよ! 今宵、君たちは伝説の目撃者になるッスよ!」
とても真剣な戦いが始まるとは思えないセリフだが、しかし食堂内の熱気は最高潮へ。モニター内では、ゆっくりとウーヴェが砂浜を歩いていた。その姿に気負った様子はなく、むしろ今回の戦いを待ち望んでいたと言わんばかりの雰囲気。
そうしてアーデルハイトの方へと向かうウーヴェが、砂煙を巻き上げながら突如として姿を消した。
「あーーーっとォ! これは落とし穴だァーッ!」
どうやら、待ち時間の間に手早く掘っていたらしい。
冗談と言ったな
あれは嘘だ




