第232話 またウチなんですかぁ
「と、いうワケでして……なんとかなりませんか?」
申し訳無さそうな顔をしたクリスが、カウンター越しにそう言った。
「えぇ……またウチなんですかぁ……?」
対するは童顔の協会支部長、国広燈。本音を言えば断りたい。しかしグッズ制作のオファーを出した直後ということもあって、どうにも断りづらい。そんな複雑な心境も手伝ってか、彼女の顔にはとても味のある表情が浮かんでいる。
今回クリスがわざわざ伊豆支部までやってきた理由は他でもない、二人の六聖による模擬試合の件についてだ。脳みそまでヤンキーなアメリカ人の粋───余計ともいう───な計らいによって実現した、迷惑極まりない催し。二人の実力を知るクリスからしてみれば、よくまぁ簡単に言ってくれたものだ、というところである。
二人の対決を実現するためには、まず周辺への被害をどうにかする必要があった。そこらの探索者同士が腕を競い合う程度なら、協会に併設された訓練場を使えば事足りるだろう。だが今回の試合は、謂わば二人のドラゴンが暴れまわるようなもの。広いことで有名な茨城支部の訓練場を利用したとしても、暫くの間利用停止になるのが目に見えている。
そうして相談した結果、白羽の矢が立ったのがここ、伊豆であった。
無論、伊豆支部の訓練場を使うという話ではない。茨城支部ですら駄目なのだ。それよりも狭いここで試合を行えば、最悪支部ごと吹っ飛ぶ可能性すらある。故に選んだのは支部の地下。つまりはダンジョン内部である。
ダンジョンの基礎情報には、壁や床の破壊が困難だというものがある。隠し通路など特定の場所を除き、ダンジョン内部の破壊は殆ど不可能だと言われている。これはこちらの世界のみならず、異世界でも同じこと。仕組みや理屈は不明だが、壊れた端から高速で修復されてしまうのだ。少なくとも、六聖の力を以てしても壊せない事だけは確かだ。何しろ、あちらの世界でアーデルハイトがダンジョンに挑戦した際、実際に試しているのだから。
加えてダンジョン内であれば、騒音や振動といった諸問題に気を使う必要もない。伊豆の低層は広大な砂浜状になっており、魔物に関しても、そこそこ素早い蟹が現れるのみ。若干の足場の悪さにさえ目をつぶれば、二人が戦っても一切の問題がない場所だ。逸脱者である二人にとっては、まさにうってつけの試合会場と言えるだろう。
問題があるとすれば、ひとつだけ。
それが当日の人払いであった。
如何にダンジョン内が壊れないとはいえ、周囲の人間はそうもいかない。もしも二人の戦いに巻き込まれでもしたら、そのままあっさりとお亡くなりになってしまうことだろう。そういった別角度からの炎上案件を避けるためには、どうしても協会の力添えが必要だった。故に、クリスはこうして『お願い』に来ているのだ。
「当日の1~2時間程、他の探索者の立ち入りを防いで欲しいのです」
「うぅーん……正直、私も元探索者として試合には興味があるし、協力したいのは山々なんですけど……」
「やはり難しいですか?」
「いやまぁ、出来なくはないですよ? ただ最近は、新規で訪れる探索者さんも増えてますから……」
そう、伊豆ダンジョンは既に採取用ダンジョンと化している。他でもない、異世界方面軍の手によって。そんなプチ人気ダンジョンと化した今の伊豆で、数時間にも渡って探索者の立ち入りを禁止すればどうなるか。簡単に言えば、伊豆支部の収支に悪影響を及ぼすのだ。
ほんの数時間、されど数時間だ。
それだけあれば、多くの探索者が成果物を持ち戻る事が出来る。短時間とはいえそれを禁じるとなると、どうしても買取収支の面でマイナスになってしまう。更に言えば、異世界人の個人的な理由でダンジョンを封鎖などすれば、クレームに発展する恐れもあった。異世界方面軍の聖地としてしられる伊豆だけに、後者の問題に関しては案外簡単に受け入れられるような気もするが。
「もういっそ観客を入れて、興行的にやるのはどうですか? それならウチも儲けが出せますし」
「巻き込まれても責任は取れませんが……」
「……やっぱり危ないです?」
「最悪、死人が出る可能性もあります」
「死人」
ちょっとした異世界ジョークかと思いきや、クリスの表情はごく真面目であった。どうやら本当に危ないらしい。
「うーん……あ! それじゃあ試合時間に応じて、なんらかの形で損失を補填するのはどうです? 例えば希少な魔物素材が手に入った場合、ウチに回してくれるとか。それが駄目なら、私に借りひとつということで───」
暫く悩んだ燈が、『いいことを思いついた』とばかりに代案を二つ追加する。といっても彼女の本命は後者、つまりは貸しを作る方だ。数時間とはいえ、その間の損失額はそれなりにいい金額になることだろう。希少素材を例に挙げることで、そちらのほうが損をしているのではないかという錯覚効果を狙ったのだ。
要するにドア・イン・ザ・フェイスだ。燈に言わせれば、ひとつだけと謂えど、異世界方面軍に貸しを作れるほうが明らかに価値が高い。話題性や実力を鑑みれば、それは火を見るより明らかだ。
が、燈が言葉を言い終える前に、クリスは食い気味にこう答えた。
「では損失の補填でお願いします」
「え……でもホラ、最近はウチも結構調子いいですし。高いですよ!?」
「お金持ちの外国人に払わせるので、何も問題ありません」
そもそもの発端は、あのヤンキー女の余計な企みの所為なのだ。当然、異世界方面軍は一銭たりとも出すつもりはない。係る経費は、全て押し付けるつもりであった。そして伊豆支部が如何に登り調子といえど、その稼ぎはトップ探索者からすればどうということもない。そんなある意味無敵のカードを切られた結果、燈の企ては水泡に帰した。
「……はい」
「では、そのように。詳細は追ってご連絡差し上げますので、連絡先を教えて頂けますか?」
「……はい」
目論見が失敗に終わった燈はひどくしょんぼりとしていたが、ともあれこうして試合会場は確保された。突如決まった六聖同士の戦いは、思いの外早くに実現しそうであった。
祝、一周年です!




