第222話 お嬢とミギーの暇つぶし(後編
ハッキリ言ってしまえば、彼らは新たな『画伯』の誕生を期待していたのだ。V系然り、ゲーム配信者然り。どの界隈に於いても、なんというべきか───そう、前衛的な絵を書く者は一定数居るものだ。そうした者らは皆、愛されキャラとしてイジられるのが定番となっている。その証こそが『画伯』の称号だ。アーデルハイトもそんな愛すべき『画伯』の一人として界隈に名を刻むのだと、視聴者の大半がそう思っていた。
基本的に何をやらせても人並み以上───いや、殆ど最高のレベルでこなしてしまうアーデルハイトだ。見た目良し、運動良し。ゲームも出来るしトークも軽妙。戦闘に至っては言わずもがな。そんな彼女にも何かしらの弱点はある筈だと。
而して今、コメント欄は困惑で埋め尽くされていた。
:ファーーーーwwww
:クッソ上手くて草
:てめぇ、騙したなァ!!
:知らなかったのオレだけか? オレだけか! なんで隠してたんだよ!
:アタリも取らず適当に描いてコレってマジ?
:キャライラスト風に寄せてるっぽいけど、多分美術寄りな書き方だな
:俺は分かってたよ。アデ公が下手なワケないって
:めっちゃ馬鹿にしようと思ってたのに!!
:この女、弱点ねぇぞオイ!
ネット上でよく見るデフォルメを前提とした二次元イラストと比べれば、アーデルハイトの描く絵はその所以の所為か、どうしても写実的になってしまう。だが以前に汀とクリスのサークル活動を手伝ったおかげか、彼女はオタク向けイラストへと寄せて描けるようにもなっていた。その塩梅がなんとも丁度良く、目の肥えた視聴者達へとガッツリ突き刺さったらしい。
喜んでいるのやら、悲しんでいるのやら。予想だにしていなかったアーデルハイトの画力に、視聴者達は大騒ぎであった。アーデルハイトに出されたお題は『知り合いの探索者』だったのだが、視聴者達はもはや回答することすら忘れている。見事な画力で描かれた枢のイラストだけが、配信画面上で宙ぶらりんとなっていた。余談だが、配信の裏ではすぐさまアーデルハイトの絵が拡散され、Sixを見た仕事中の団員達が怨嗟の声を上げていたとか。
「あなた方、一体わたくしを何だと思っておりますの? 貴族子女たるもの、芸術方面の知識は必須でしてよ?」
「ネタを明かすと、実は新刊───コミバケで頒布する予定だったやつッスね。まぁ今回は落ちたんスけど……その作業も手伝ってもらってたッス」
「わたくしに弱点などなくってよー!!」
ものの数分で書き上げたイラストの隣に、帝国語で自らのサインを添えるアーデルハイト。所詮はラフ画であり、しっかりとした一枚絵に比べれば当然質は劣る。だがそれは、クイズ企画で描くにしてはあまりにも高い完成度であった。ちなみにだが、『お絵かきの大森林』には自動でお題を出してくれるモードと、フリーで好きなように描くモードがある。今回は後者を利用し、汀がお題を出すスタイルで進行している。異世界人であるアーデルハイトの知らないお題が出てしまうと、流石に描き様がないからだ。
「我ながら、なかなか良く出来ましたわね」
「というわけで、正解は『魔女と水精の枢ちゃん』ッス!」
:見りゃ分かるよチクショウ!!
:なんかわかんないけど凄い悔しい
:感動したんで、コレ保存していいですか?
:推しが画伯じゃなくてガチ画伯だった……
:予想して然るべきだったな……こっち方面にも明るいと
:ただの巨乳ジャージマンと見せかけて、大貴族の娘だもんな……
:そりゃ教育受けてるわな
:よく考えたら歌も死ぬほど上手かったんだよな……
:何でテンション下がってんだよお前らw
「商用利用しないなら保存は自由にしてもらって構わないッスよ。まぁ無いとは思うッスけど、一応ね」
異世界方面軍による初の視聴者参加型企画。その記念すべき一問目で、アーデルハイトは見事に団員達を返り討ちにしてみせた。普段から山賊かチンピラのような態度の団員たちだが、これにはぐうの音も出ない様子。
その後、汀へと手番が回る。代わってアーデルハイトが選んだお題は『魔物』であった。昔であれば考えられない事だが、探索者にとっては身近な存在になって久しい。お題としてはそう難しい部類とは言えないだろう。案の定というべきか、或いは流石というべきか。汀は鼻歌交じりで不細工なゴブリンの絵を描き、見事に正答を獲得してしまう。
そこでふと、汀は疑問を覚えた。このゲームの存在自体は以前から知っていた彼女だが、しかし実際に行うのは初めてだ。そうして自分でプレイした今、どうにも気がかりな点があったのだ。
「っていうかコレ、当てられた方が勝ちなんスかね?」
「それはそうですわ。だってそうでないと、当てられないよう敢えて下手に描く輩も出てくるのではなくって?」
「ん、まぁそうッスね……いやでも当てたほうが勝ちだと、今度はワザと間違える輩が出てくるのではなくって?」
「確かにそうですわね……コレ、勝負としてはルールが破綻しておりますわね?」
日頃からFPSであったり格ゲーであったりと、基本的には対人ゲームをプレイすることが多い二人。それ故か、このゲームは勝敗の付け方があやふやだと指摘した。そんな二人が抱いた疑問は、視聴者からのコメントによって氷解することとなる。
:勝ち負けのゲームじゃねーんだよ!
:遊ぶのが目的だから細かい事はいいの!!
:この対戦脳どもが!
:戦闘民族だからね、仕方ないね
:団長はともかくミギーは違うだろw
:すーぐ勝ち負け決めたがるんだから
:探索者らしいっちゃらしいけどw
:だからアデ公はともかくミギーは違うだろw
そう、このゲームの本質はチャットを踏まえた交流にある。どちらかといえば、参加者全員での協力プレイとでも言うべきだろうか。勝敗をつけるためのものではなく、描かれた絵を褒めたりイジったり、そうやって楽しむゲームなのだ。
「あぁ、そういう……」
「あーね、そういうヤツね」
本質を理解していないのに何故このゲームを選んだのかと言われれば、ただなんとなく『配信界隈でウケていたから』としか言えない。このことからも、本当に何も考えず、ただの暇つぶしで配信を始めたことが良く分かるというものだ。ともあれ、そうして漸くゲームの本質を理解した二人がいよいよ回答者へと回る。
「では、次からはリスナーの番ですわね! さぁ、順番に描いて御覧なさいな! 普段わたくしをイジってくれている分、盛大にイジって差し上げますわー!」
「クク……普段アホだと思っていた二人が、実はお絵描きつよつよ勢だったことに気づいた気分はどうだ! 怯えろ! 竦め!」
:やべぇ! 最悪だコイツら!!
:オイどうすんだよ! 軽い気持ちで参加しちゃったよ!
:今だから言うけど、オレ絵心皆無なんだよね。てへぺろ
:やべーよ次オレだよ
:全員の力を結集しろ! 一瞬で答えを当てれば傷は浅く済むぞ!!
:今こそ我ら団員の結束力を見せる時!
:俺達は絶対に屈しない!!
こうしてお絵かきつよつよな二人と、それに立ち向かう視聴者達の図が出来上がる。数々の困難を乗り越え、いよいよ魔王との最終決戦に望む勇者一行。あちらの世界に於いて、アーデルハイトが終ぞ見ることのなかった───そもそも最後まで勇者パーティーに居るつもりはなかったが───その光景は、存外このような感じなのかもしれない。
アーデルハイトと汀の暇つぶしで始まったこの企画は、当初の予定どおりにクリスとオルガンが帰ってくるまで続いた。口ではなんだかんだといいつつも、二人はリスナー達の絵を馬鹿にするようなことは当然無かった。真面目に回答しつつも適度に小ボケを挟み、終始盛り上がったままで今回の配信は終了した。
その様子はアーカイブにもしっかりと残っており、参加することの出来なかった社畜団員達は血の涙を流したとか。
「これは今話題の温泉ザメに違いありませんわ!」
「いや、聞いたことねーんスよ」




