第216話 ああいうやつを買うべきですわ
「けっかはっぴょぉーーーッス!!」
「待ってましたわー!!」
「いえーい!!」
「いえーい」
茨城支部に併設された、探索者達が集う食堂で。ダンジョンから戻ってきた一行は、早速とばかりに今回の成果を確かめ合っていた。汀のどなりが恥ずかしかったのか、莉々愛はきょろきょろと周囲の様子を窺っている。
「ちょっとアンタ達! 声デカいわよ! 食堂なんだからココ!」
「気にすることないと思うよ? むしろさっきから目立ちまくってるし、今更だよ」
「すみません。すっかり恒例行事になってまして……」
莉瑠の言う通り、アーデルハイト達はダンジョンから戻って以降、ずっと周囲の目を引いていた。茨城支部のみならず、日本国内でも有数の知名度を誇る『茨の城』。その主要メンバーを二人引き連れているのだから、当然といえば当然だ。それに加えて、『エルフの荷車』の荷台には大量の魔物素材が載せられている。そんなものを食堂まで牽いているのだから、見るなという方が無理な話である。
「えー、まずは収入から発表します! 今回の我々の成果は……なんとゼロです!!」
「な……ッ! タダ働きだったということですの!?」
「まぁ、今回は素材の売却してないんで当たり前ッスけどね。代わりにクロエさんから素材引き渡しの報酬が出るので、厳密には成果無しというわけじゃねーッス」
「あ、そういえばそうでしたわ……それならよくってよ!!」
今回異世界方面軍が莉々愛のオファーを受け、茨城ダンジョンまで遥々出張ってきた理由。月姫の魔法を実戦でテストするというのも目的のひとつではあるが、それはあくまでついでのようなもの。今回の一番の目的は、クロエから依頼された霊亀の素材回収だ。故に協会への素材売却は行っておらず、そもそも道中で倒した諸々の魔物素材は回収すらしていない。莉々愛達が独自で回収した回復薬実験用の素材を除けば、あとは殆ど肉と毒島さんが食べてしまった。
そういった理由から、現時点での収入はゼロということになる。とはいえクロエからは十分な報酬額を提示されているため、さしたる問題はない。つまりはただアーデルハイトが忘れていただけのことである。
「私達も『レーヴァテイン』の実戦テストが出来たし、研究用の素材もバッチリ手に入ったわ。金銭的にはマイナスだけど、お互い目的は達したというところかしら?」
「試射を一発で終われたのが大きいね。正直、僕たちだけならあと数発は撃ってたと思う。アーさん達と、それからぐーやには感謝しなきゃね」
『茨の城』の二人も、収支で言えば激しくマイナスだ。だがこの二人は稼ぎ目的でダンジョンに潜ったわけではない。そもそもからして、資金力には一切の不安がない二人だ。二人にとっては、例の試作武器のテストが出来ただけで御の字だった。露払いを月姫とアーデルハイトが行ってくれた為、想定よりも出費が抑えられた程である。
「そして! ウチらのチャンネル登録者数もバッチリ伸びたッス! 茨の城ファンを取り込めたのは大きいッスね。流石はトップ配信チームッス」
「ま、配信自体はうちでやったけど……あんなの見せられたらそりゃ興味も湧くでしょうよ。正式なコラボってワケじゃないけど、お役に立てたのならそれでいいわ」
オファーを出したのは莉々愛の方だが、今回の探索では『茨の城』側が助けられた面が強い。無論出演料は弾む予定ではいた莉々愛だが、登録者を増やす手助けも出来たのなら、より気後れせずに済むというものだ。だからだろうか、莉々愛はどこか安堵したような表情を浮かべていた。派手な見た目と言動に似合わず、細かい気配りが出来る女である。
「私は登録者とか関係なく、魔法の実践が出来ただけで満足です! 師匠からも及第点をもらいましたし、言う事無しです!」
「アンタのとこはもともと人気チャンネルでしょうが」
ほとんどおまけのようなポジションで、アーデルハイト達について来ただけの月姫だが、どうやら彼女も満足いく結果が得られた様子。軽井沢の一件では随分と割りを食った彼女だが、その引き換えに魔法を習得出来たと考えれば、文句などあろうはずもない。これにより『†漆黒†』の戦力は大幅に強化され、今後の活躍にも益々の期待が出来ることだろう。
総じて今回の合同探索では、それぞれが望む形の成果を得られた。まさに大成功と言える結果だろう。複数パーティによる合同探索は、大抵の場合どこかが美味しくない目に逢うことが多いのだが、彼女達程にもなればそんなセオリーはどうやら関係ないらしい。
「さて、それじゃあ今回はこれでお開きかしら?」
結果発表などと銘打ってはいるものの、素材の売却をしていないが故に大した時間もかからなかった。そうして莉々愛が解散の音頭を取ろうとしたところで、優雅に緑茶を啜っていたアーデルハイトが、突然元気よく挙手した。
「それならわたくし、実はやってみたいことがありましてよ!」
「え、な、なによ急に……アンタがそういうこと言うと、なんだか嫌な予感がするわ」
「地味に失礼ですわね……折角ですし、皆でロイバに行くというのは如何でして? そう、これは所謂、打ち上げというやつですわ!」
アーデルハイトの提案。それはこういった集まりにありがちな、打ち上げの提案であった。一体何処でそんな風習を仕入れてきたのか分からないが、アーデルハイトは妙に興奮した様子である。
「淫ピーもオルガンにいろいろ聞きたいことがあるのではなくて? 優しく慈愛に満ちたこのわたくしがその機会を用意して差し上げると、そう申しておりますの」
「誰が淫乱ピンクよ!! ……でもまぁ確かに、色々と話を聞かせてもらえるなら、その……ありがたいけど」
或いは打ち上げというのは方便で、実際にはただファミレスに行きたいだけなのかもしれないが。ともあれアーデルハイトの提案は、莉々愛にとっては非常に有り難い話であった。何しろオルガンは例の回復薬の制作者なのだ。聞けば武具やアイテム等の製作にも明るいとのことで、初めて出会ったあの時から、莉々愛は一度話を聞きたいと思っていた。
それにダンジョン内でアーデルハイトが話していたことが真実ならば、『レーヴァテイン』の改良についても何かヒントが貰えるかもしれない。それを思えば、この打ち上げの提案には乗る以外の選択肢がなかった。
「む? まぁよかろ。何の話かよくわからんけども」
水を向けられたオルガンにも、特に拒絶する素振りは見られない。語尾に不穏な一言がついていることを除けば、概ね承諾と取っても問題なさそうだった。
「決まりですわ! クリス、早速近くのふぁみれす?を予約して下さいまし!! わたくしの名前を出しても構いませんわよ!」
「お嬢様の名前を出す意味が分かりませんし、そもそもファミレスに予約など必要ないと思いますが……畏まりました」
アーデルハイトに命じられるまま、クリスがスマホを操作して近くのファミレスを検索する。どうやら近場にアーデルハイトご希望のロイバがあったようで、そのまま駐車場へと向かいつつ予約の電話を入れる。その間に汀と月姫が素材を車へと積み込み、アーデルハイトは肉と毒島さんを装備していた。
「わたくしたちはこのレンタカー? で移動するつもりですけど、淫ピー達はどうしますの?」
「私達も車で来てるから。現地で落ち合いましょ」
「では、また後でお会いしましょう」
そんなアーデルハイトの問いかけに、ひらひらと後ろ手を振りながら答える莉々愛。莉瑠がアーデルハイトに向けて一礼したあと、それに続く。そうして二人が向かった先には、国賓や要人が乗るような、やたらと長い高級車が停まっていた。探索者協会の駐車場にあって、場違いとも思えるようなその車へと、莉々愛と莉瑠が当然の様に乗り込んでゆく。無論、自分たちでドアを開けるようなことなどしない。専属の運転手が、ドアを開けて待っていたからだ。
静かなエンジン音と共にその場を去ってゆく高級車を、アーデルハイト達が唖然とした表情で見送る。莉々愛の見せる気安い態度のせいか、彼女達はすっかり忘れていたのだ。あの二人が超のつくお金持ちだということを。
「……ミギー。わたくしたちもお金を溜めて、ああいうやつを買うべきですわ」
「あんな長い車、運転出来る気がしないッスけど……まぁ、一度は乗ってみたい車ではあるッスよね。憧れるというか」
「ですわよね!? では次の目標は───」
「だが断る」
「アレを買い───どうしてですの!?」
「荷物でギチギチじゃないと嫌ッス」
そんなアーデルハイトの提案は、汀の謎のこだわりによって却下されたのであった。
や、夜勤明けは辛いっピ……




