第204話 大穴で大和
配信チャンネルの雰囲気というものは、それぞれに違いがあるものだ。初心者の配信ページであれば、素直に心配する声が多い様に。経験豊富なベテラン探索者の配信ページであれば、雑談を交わす余裕がある様に。そういった演者とリスナーとのやり取りが、やがてチャンネル毎の特色となってゆく。それがダンジョン配信の特徴だ。
:こん!!
:もう始まってたァ!!
:今回はお待ちかねのダンジョン配信だぁい!
:最近は実験配信多かったもんね
:魔物の毛皮を薬剤に浸けたら発光したのはもはや伝説
:あれ、今回はフルメンバーじゃないんか?
:ゲストが居るからって告知出てたよ
確認用の配信画面には、異世界方面軍の配信と比べ、幾分秩序立っているようにも見えるコメント欄が表示されていた。少なくとも、初手から山賊のような発言をする荒くれ者は見当たらなかった。
「はいはい、うっさいうっさい! そろそろ始めるわよ!!」
「莉々愛、もう始まってるよ」
「分かってるわよ! いちいち細かいわね!」
大半の配信者にとってはお決まりとも言える、配信開始の挨拶等は特にない。それが彼女達のいつものスタイルだった。いつもと違うところがあるとすれば、それは莉々愛の態度だろうか。
見た目の派手さとは裏腹に、ストイックにダンジョンに挑戦し続けていた彼女は普段、どこか肩に力が入っているような目をしていた。目的の為、余裕がなかったと言い換えてもいいだろう。だが今はどうだ。普段の強張った顔はそこに無く、ともすれば機嫌が良さそうな笑顔さえ浮かべているではないか。
「事前にSixで告知はしておいたけど、念の為にもう一度説明するわよ! 今回参加するのは、『茨の城』からは私と莉瑠の二人。それに特別ゲストを加えた、臨時パーティでのダンジョン配信よ!」
「ある意味ではコラボみたいなものかな? ウチがやるのは久しぶりだよね」
「どちらかといえば海外方式ね。ウチの残りメンバーがちょっと予定が合わなかったから、仕方なく別で招集したのよ!」
莉々愛がカメラに向かってそう宣言するが、しかし実際には『仕方なく』ではない。彼女がとある探索者にオファーを出し、それに応えてもらった形である。彼女の性格上、それを素直に明かすことはなかったが。
:あぁ、アメリカとかではよくあるらしいよね
:不足メンバーをその場で募集するやつね
:むしろ毎回固定メンバーで潜るほうが珍しいとかなんとか
:でもまぁ、良し悪しだよね
:新記録狙いとかでもないなら全然アリだと思っちゃうなぁ
:でもどうせ嘘なんでしょ?
:莉々愛は典型的なツンデレだしな……
:仕方なくとかいって、ホントはオファー出したんじゃないのぉ?
そんな莉々愛の心情は、しかし彼女のことをよく知るリスナー達には、すっかりお見通しであった。『茨の城』リーダー、獅子堂莉々愛はテンプレのツンデレ女。これはファン全員が認識するところであり、それどころか、探索者用の総合情報サイトにすら記載されていたりする。
「は? 違うから! 別に私が誘ったとかじゃないわよ!?」
「はいはい。もういいからさっさと紹介しちゃってよ。巻いて巻いて」
「ぐうっ……」
弟である莉瑠に急かされ、反論しようとした言葉を飲み込む莉々愛。リスナー達には看破され、当然ながら莉瑠には最初からバレている。これ以上反論したところで、莉々愛の敗色は濃厚であった。
「まぁいいわ……といっても、今回呼んだのは皆もよく知ってる子よ。うちのチャンネルに出るのも、これで何回目かしらね?」
「まだ三回目だけどね。というわけで、ゲストは『†漆黒†』の月姫さんでーす」
この期に及んでまだ勿体をつけようとした莉々愛であったが、見かねた莉瑠によってゲスト紹介の役目を奪われてしまう。莉々愛が何か言いたそうな顔をしていたが、莉瑠はまるで知らぬふりであった。
「ククク……約定の刻は来た……!! 愚民共、我が前にひれ伏せ!!」
ファー付きの外套を靡かせながら、街灯の上に佇む影。なんとかと煙は高いところが好き、等というが、どうやら中二病患者も高所を好むらしい。とはいえ、彼女のそれがファッション中二だと言うことは、既に広く知られてしまっているのだが。
無駄に高い身体能力を存分に発揮し、カメラの前に颯爽と躍り出る月姫。その手には、純白の大太刀が握られていた。
:知 っ て た
:まぁそうだよね
:ビッグネーム同士のコラボなのに、何故か実家のような安心感がある
:莉々愛の数少ない友達だもんな……
:っていうか、過去に茨の城がコラボしたのって……
:そう、二組だけなのである!!
:そのうちの一組が、何を隠そう漆黒である!!
:以上、説明終わりッ!!
莉々愛達が所属している『茨の城』は、他の配信者と絡む事が少ないことで有名だ。その理由は莉々愛達の目的───回復薬の複製の事だ───に起因している。故に、過去を遡ればゲストの正体など自ずと知れるのだ。当然ながらリスナー達も、告知を見た時点で『あ、月姫だろうな』と察していた。
「ちょっと!! 何か思ってた反応と違うんだけど!?」
「我が闇の威光を前にして、自我を失いつつあるらしい……クク」
「まぁ僕も、多分バレてるだろうなぁとは思ってたよ」
莉々愛にとってはサプライズのつもりであったが、分かり易過ぎてまるでサプライズの体を成していない。無論リスナー達も月姫の参加を喜んでいるのだが、莉々愛からすればもっと大きなリアクションが欲しかった。だからこそ、もう一組のゲストについてはもう少し引っ張ってやろうと考えていた。
「でもあんた達、勘違いしないでよね!! 今回のゲストは月姫だけじゃないんだから!! 本当はすぐに紹介しようと思ってたけど、そんな態度じゃ教えられないわね」
:なんか勿体付け始めた
:どうせ蔵人か合歓だろ
:まだ居たのか……道理で自信あり気だと思った
:でも漆黒のメンバーならさっさと出してそうじゃない?
:大穴で大和と予想
:あいつさっきアクスタいっぱい並べて喜んでる写真上げてたぞw
:ちゃんと探索活動してw
そんな莉々愛の言葉を聞いても、リスナー達の反応は変わることがなかった。友人が少ない莉々愛の事だ、どうせ過去に出演したことのある誰かだろう、と。そんな彼等の反応を見て、莉々愛は内心で笑みを浮かべていた。初手で月姫を紹介することにより、リスナー達の意識を逸らすことに成功している。策はここに成就せり、と。
「ふん! 良いの? 今のうちに謝れば、特別に教えて上げても───」
リスナー達を煽りに煽り、可能な限り引っ張ってやろうと考えている莉々愛。引っ張れば引っ張るほど、いざゲストの正体を知った時の驚きが増すだろう、と。しかし莉々愛は大事なことを失念していた。そんな思い描いた通りに動いてくれるほど、扱いやすい者達ではないということを。
莉々愛がカメラに向かって話をしていた、まさにその時だった。彼女の背後から、酷くやかましい音が聞こえて来た。例えるなら法螺貝の音色だ。支部の駐車場内にぶおぶおと響く騒音は、少なくとも演奏と呼べる程秩序あるものではなかった。
そうして数秒後、騒音の主が漸く姿を見せた。それは荷車を牽く怪しい生き物と、荷台の上で角笛を吹く一人の少女。少女の頭上では真っ白な蛇がとぐろを巻いており、にょきにょきと伸びたり縮んだりを繰り返している。その姿はさながら、ハーメルンの笛吹き男の様であった。
「おいす」
段取りを無視してカメラの前を、そして莉々愛の背後を横切りながら、荷台の少女がむっつりとした顔で一言呟く。その瞬間、コメント欄は歓喜の声で埋め尽くされた。
大穴は所詮大穴。
アイツは今頃、異世界方面軍のグッズ並べてキャッキャしてますよ
ところで、ですよ。
先日炊いて冷凍したご飯を、レンジで温めて食べてみたんですよ。
……イケるやん!!
炊飯器で作れる料理も沢山あるみたいですし、これからちょっと色々試してみようかなと思いました!




